北海道新聞社勤務 坂本 和之
前略
北の大地にも光あふれる季節がやってきました。短い夏を,みなさんはどのようにお過ごしでしょうか。卒業を控えた4年生は,就職活動もほぼ終わり,残るは公務員試験くらいでしょうか。
私が大学(文学部史学科日本史学専攻)を卒業したのは1988年。バブルの真っただ中で,就職は「超売り手市場」でした。今より就職活動ものんびりしていて,夏休みはみんな,東京で行われる各社の面接をはしごしては旅費や宿泊費をため込んだり,内定後に有名観光地での「研修」に参加するなど,バブルの「恩恵」を享受していました。
私はと言えば,卒論の勉強も中途半端,部活動も中途半端。「教師になろう」と思って受けた北海道と故郷・栃木県の教員採用試験に,あたりまえのようにことごとく振られ,同級生の中では唯一の就職浪人。非常勤の高校教師で食いつなぎながら,教授に「受けるだけ受けろ」と言われた北海道新聞社の中途採用試験に何とか引っ掛かり,半年遅れでやっと社会人の仲間入りをした次第です。
あれから15年。バブルも文字通りはかなく消えて,現在は「就職氷河期」などと言われるご時世。きっと,みなさんの就職活動も悪戦苦闘の連続だったことでしょう。希望の会社から内定をもらえましたか。「やりたいことを見つけろ」「もっと夢を持て」。言うだけなら簡単です。でも,そんなにたやすく理想の職にありつけるなら苦労はしませんよね。「少年よ,大志を抱け」って? クラーク先生,「大志」の前に就職ですって。
同級生の中には,いったん就職したものの,今は転職して別の会社でいきいきと仕事をしている人も少なくありません。そういう私も教師になれず,考えてもいなかった新聞記者になってしまったわけですが,それなりに楽しく,毎日やりがいを感じて働いています。自分に適した仕事かどうかなんて,一朝一夕に判断できるものではないんですね。寄り道をしながら,いろいろなことを経験しながら,理想の仕事を見つけていくものなのでしょう。第一希望の仕事ではなかったけれど,今は良かったと思っています。
今,勤務している美幌支局のある網走管内美幌町は,人口2万3千。東京や札幌とは,比べ物にならない田舎町です。でも,だからこそ,隣近所のおじさんやおばさんは「あの記事,良かったね」と言ってくれます。そして,その一言が,日々の仕事の中で生きがいになっています。「ああ,この仕事をやっていて良かった」と思 える瞬間です。どんな仕事でも,こうしたささやかな喜びを積み重ねていくことで,本当に自分のやりたいことが見えてくるのではないでしょうか。
社会に出て行かれるみなさんが,新しい世界で実力を十分に発揮できますよう,陰ながら,心よりお祈りしております。
草々
平成15年 夏
坂本和之
北大生のみなさま
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