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総長告辞
入 学 式
総長 丹保憲仁
ここに,晴れて北海道大学に入学された,2,388名の諸君に心からお慶びを申し上げます。中に9人の留学生諸君が含まれています。宿願を果たし,希望にあふれる諸君を迎え,名誉教授の諸先生はじめ,多くの関係者のご列席を得て,ここに平成11年度の入学式を挙行できますことは,誠に喜ばしい限りです。諸君の周辺にあって,今日の喜びに至る過程を支え励まし,教え導いてこられた方々のお慶びもいかばかりでしょうか。誠に,ご同慶の至りに存じます。
諸君は1900年代の最後の年に北海道大学に入学してきました。諸君が活動すべき時は21世紀です。この大学は,クラーク先生とその弟子達によって,123年前の明治9年(1876年)札幌農学校として大学の歴史を始めました。「札幌農学校」Sapporo Agricultural Collegeは日本で最初の学士号を与える国立大学でありました。クラーク先生が札幌を去るにあたって遺された言葉「Be ambitious」をモットーとしてこの大学は一世紀余にわたり10万人の学士と15,000人の博士を世に送り,多くの創造的な研究成果を世に顕わし,近代日本の発展に大きな力を致してきました。
20世紀の末に至り,近代の成長の果てに地球環境が飽和してしまったことを我々は知りました。近代文明による人類社会の成長が終わろうとしているこの時代,新しい持続可能な文明を求めて世界は苦悶しています。北海道大学はいま,明日に迫った21世紀の最大の課題である,近代の次の時代の持続可能な新文明の創造に大きな力を致したいと志しています。現代の混乱と困難の殆どは,この地球に溢れつつある60億人の人間を次の時代に生き続けさせることが,近代文明のやり方では上手にできなくなってきたことに源を発していると思います。成長を駆動力とする近代文明の考え方と,その成長を支えてきた多くの機構が次々と機能を失い続けるであろう21世紀の前半に,諸君はそれに替わる持続可能な文明とそれを導く志を自らの手で作り続けなければならない人々です。近代の成長の果てにある安逸に,ぬくぬくと日を過ごしていくわけにはいかないと思います。
この大学に入ってきた諸君に学んでほしい第一のことは,「事に当たって知らないということを知る」ことの大切さです。「自分は何者であるか」「生きるということの意味は何か」など,人類が始まって以来ずっと考え続けて,未だに良く判らないような深淵なことについていっているのではありません。日常対象としているような普通のことについても,本当に考えたり学んだりすれば知らないことが次々と表れてくることを知ってほしいのです。学べば学ぶほど知らないことが増えてくると思います。そうして,自分は本当のことを殆ど知っていないことが段々と分かってくるようになります。大学で学ぶことを始める本当の価値であろうと思います。人がその専門について謙虚であり続けることが,社会の宝であると思います。その為に人は学ばなければならないのだと思います。
それでは今諸君が大学で学ぶことの中心となるべき事柄はどういうものなのでしょうか。諸君は,今までずっと,ある課題が提示された際に,その課題を正しく解くことを目標として,勉強してきたと思います。そこには常に答えがありました。しかしながら,これから大学や大学院で学んでいく事柄は,既知の答えのない場合が殆どです。正しいとは何かという判定の基準さえ無いことが大半です。社会にある実際のことは,判らないことが殆どで,課題が何であるか知ることすら難しいものが数多くあります。判らないことが何か知ることが最も難しい事です。自分が持っている全ての能力,手段を総動員して,自分が何をすべきかを探り,どこへ向かうつもりかの見当をつけなければなりません。「学べば学ぶほど自分の無知を知る」ことになりますが,その中で「僅かでもなにかを知ることができれば,心が喜びで満ちる幸い」を知ることができるでしょう。少ししか学ばずに,結果のみを求めたり,声高に信念を掲げたりして,事柄を断行するぐらい世の迷惑となることはありません。
もっと実用的なことをいうならば,皆さんがこれから一人前の社会人となっていくために,この大学で最初に身につけねばならないのが,しっかりとした読み書きの能力です。日本語を正しく使えることが第一であり,ついで外国語とコンピュータによる表現能力の獲得です。人と丁寧に交流し支え合うための基本的な道具であり,様々な学問・技術を学んでいくための出発点です。ある種のテレビの影響もあってか,早口で粗野な会話を耳にすることが多くなりました。諸君は,日本の基幹総合大学に学び,将来のネットワーク社会の要となり,情報の発信者となることを期待されている人々です。崩れない言葉を,内外ともに修得してください。そして,社会がよりよく展開するために,自己の意見をきちっと人に書いて伝えられるように,修練してください。
その上で初めて,何らかの専門分野の学問を学び,特定の研鑽を積んだ専門家として,あなたでなければできない貢献を社会のためにすることができるようになるでしょう。他人と競合するよりも,人と別な方法で世の役に立つことを学ぶことの方がより大きな生き方と思います。
この大学は,大学院の博士課程を最終修業レベルとして持つ大学院大学です。皆さんが今いる位置から,学び続ける先は遙かに奥にあります。これから学び始めてください。多くの研究活動はそのまた奥で活発に進んでいます。
歴史の成功例の多くは大きな困難を克服した次に来ています。地球環境の制約をどうにもならない絶対的なものと見るか,挑戦すべき絶好の機会と見るかで大きな違いがあります。近代文明の構造上で思考するならば,世界は終焉に至りつつあるように見えます。この環境制約を,人智が越えようとする壁と見れば,新たな文明と文化への戦いの戸口に我々は立っていると見るべきでしょう。量を指標とする成長型の近代社会を卒業し,質を評価の中心に捉え,「新しい価値の創造を価値とする近代の次に来る文明」を創造する,千載一遇の機会に諸君は立っているのだと思います。
国を開いて西欧近代を明治の日本が求めた,札幌農学校のクラーク先生の時代から百年の時を経て,北海道大学のモットーである「Be ambitious」を本当に必要とする,近代の次の時代を作る,手本なき大仕事が,今始まっていると考えてほしいのです。諸君達は,百年後の世界を創るパイオニアとなりうる得難い機会である大世紀末にいます。この北の大地に大きな新しい夢を描いて,近代後の新文明を創る先達となるべく努力してほしいと思います。混沌とした時代にこそ,大いなる志,北大のモットー「Be ambitious」が本当に価値を示すことになります。
健康と実りある学生生活を祈ります。
(平成11年4月8日厚生年金会館)
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