Academia Populi
●研究紹介
ピコ秒超音波と
超音波力顕微鏡
〜こうもり・金魚・
きつつきを真似る〜
オリバー・ライト
音は動物が生存するのに常に必要なものです。たとえば、こうもりの声域と耳は二百キロヘルツの音まで対応しています。
こうもりは自ら音を出して餌となる昆虫や木などから反射された音を聞くことにより、周囲の状況を探っています。人間は、医学で用いられる超音波断層写真や潜水艦を探知するのに用いられるソナーシステムと同じように、人工的につくった音波発生器と受信器を使ってこうもりを真似ることができます。しかも、はるかに高い音、一テラ(兆)ヘルツ以上の周波数の音を使うのです。
音を使って識別できる物の細かさは、使用する音の波長、すなわち隣り合った波の頂きの間隔によって決まります。音の周波数が高くなると、その波長は短くなります。こうもりの場合、波長は二ミリメートル程度で、昆虫の居場所を知るには十分です。
ところが、一ピコ(一兆分の一)秒以下の非常に短いレーザーパルスを使えば、波長が数ナノ(十億分の一)メートルしかない音、テラヘルツ超音波パルスを発生・検出することができます。小型のソナーシステムのように、この「ウルトラこうもり」の技術を利用して、原子の大きさのひび割れや超薄膜そしてナノ・スケール構造を通り抜けてくる音を聞くことができます。すべての測定にはわずか数十ピコ秒しかかからないので、ピコ秒超音波法と呼ばれています。
ウルトラこうもりのすることは、周期的な超短光パルス列から成るレーザービームを不透明な試料に照射することです。試料にあたった光は破裂音に変ります。これは、一八八一年にグレアム・ベルが太陽光に低周波の変調をかけてセレンに照射したときに初めて気づいた効果です。固体表面に光が照射されると、瞬間的な温度変化によって、その表面があたかもピストンのように膨張(または収縮)し、表面近くの領域が試料中に直接音波を発生させます。この音波は、固体内部の欠陥や界面によって反射され、再び固体表面に達したときにエコーとして検出されるのです。ソナーや超音波診断器と同様に、検出されたエコーから固体内部の様子を評価することができます。また、エコー音の周波数、すなわち「ウルトラこうもりの声域」を調べることによって、電子が、極めて短い時間領域においてどのように振るまうかということがわかります。
図1
図2
図3
このような小さな超音波を表面で検出するには、超音波パルスを励起した超短光パルスの時間幅と同程度の分解能で高感度な検出器が必要です。それには励起につかった光パルスよりも試料表面に遅れて到着する光パルスを用います。この測定光は超音波パルスが物質の表面に戻って来たときにできるわずかな隆起を感知することができます。ちょうど、ゼリーをスプーンでたたくと反対側が膨らむのと同じです。このようにして、ナノメートル以下の振動を検出することができます。これは、オーストラリア大陸を照射スポットに例えると、その中心で一メートル程度の隆起を検出するのに対応します。光パルス強度の百万分の一程度の変化を監視することによって超音波を感知できるのです。
試料に発生した超音波パルスは、また、まるで金魚が水面で波をたてるように、これらの小さな振動も試料の表面で広がり、ギガ(十億)ヘルツ周波数の表面波として伝搬します。これらの波を測定する装置と、一五〇ミクロン四方の金の膜の試料で測定された表面波とを示しました(図1、2)。波が広がっていくとともにその形が変わります。この変化を解析することにより、試料の弾性的な性質と音速が超音波の周波数によってどう変わるかを調べることができます。
私たちは、同じ方法で人工的に作ったナノメートルの構造を見ることもできます。光パルスでがたがたゆすってやると、この構造は形状と弾性的な性質によって決定される離散的な周波数で振動します。周期的に半導体をサンドイッチした構造(超格子として知られています)においてそれぞれの層の厚さを薄くしていって原子の大きさに近付けていった系の内部における共振が私たちの研究しているテーマの一つです。もう一つの例は、金の微小な球を鳴らすことです。ナノ・ボール(愛称リトルベンで、ロンドンにある有名な鐘の名前から付けられました)ですから、とっても高い音で、とっても小さい王国の素晴らしさを告げることができるでしょう。
他の測定法で私たちはきつつきの真似をしています。きつつきはくちばしで木を叩き、木の皮の弾性的な性質の違いを感じながら虫をさがします。しかし、私たちはナノメートルの大きさの小さなくちばしを使っています。片側を支えた棒(カンチレバー)の先に顕微鏡でしか見えない小さな針をとりつけ、その針を超音波でゆさぶり、試料を叩きます。そして、振動振幅がどう変わるかをしらべます。私たちの「ナノきつつき」で針を一億ヘルツで振動させ、数ナノメートルの大きさの基板上の半導体島(量子ドット)や超格子の内部構造をしらべています。この周波数では超音波の波長は比較的長く、〇・一ミリメートルにもなるのですが、針先の大きさがそれよりずっと小さいので空間的な分解能は一ナノメートルにも達します。図3ではこの手法によりシリコン基板上の直径二〇〇ナノメートルのゲルマニウム量子ドットの弾性性質の違いを画像にしました。ドットの成長中に生じるドット内部のひずみも画像では区別できます。
私たちの「ナノきつつき」のつっつく速さをもっともっと速くして、ウルトラこうもりと同じくらいにしたいと考えています。ウルトラこうもりとナノきつつきをくっつけてピコ秒以下の周期を持つ原子および分子振動の運動を映画のように視覚化にすることが私たちの夢です。現在、走査する小さな針をもつカンチレバーとピコ秒以下の光パルスとを組み合わせてその夢に挑戦しています。私たちの研究室のメンバーはこの目標に向かう間、いっしょうけんめいトントンたたいたりキーキー鳴いたりしています。
サハリン大陸棚石油・
天然ガスの「開発と環境」
村 上 隆
私は現在、サハリン大陸棚の石油・天然ガス開発にともなう持続的な経済発展と環境保全という二律背反の問題を、チームを組んで研究しています。この研究は二つの特徴をもっています。
その第一は、石油・天然ガスの開発現場に焦点を当てて、学際的な研究を目指していることです。つまり、自然科学、社会科学、人文科学の見地から経済成長と環境保全の問題を科学的に分析しようということです。主に北大を中心に十六名の先生が担当していますが、実際に組織してみて、北大には驚くほど「北」のことを研究している専門家がいることに圧倒されます。チームの先生方は、海洋構造物の強度、海象条件、流氷流動、氷塊下の流出油除去、水産資源・漁業への影響、法的な諸問題、地方政治との関係、開発への市民意識、開発による経済的インパクト、流出油による補償問題等を扱っています。私の所属するスラブ研究センターは十一人の教授陣を抱える小規模な組織ですが、全国共同利用研究施設として、北方に位置するスラブの地域、簡単に言えば旧ソ連・東欧諸国を対象に、社会科学および自然科学の立場から研究している全国で唯一の研究所です。このようなテーマの研究は、北大にとって最もふさわしいと自負しています。
サハリン石油・ガス開発プロジェクト
「サハリン・シェリフ」プレゼンテーション
資料(1998.7)から
第二の特徴は、研究テーマと社会との接点が非常に深いということにあります。この七月には、サハリン州北東部の大陸棚でサハリンUと呼ばれるプロジェクトによって、本格的な石油開発が開始されました。当面、オホーツクの海が氷に覆われない六カ月だけ生産を行いますが、二十一世紀に入ると、順調に計画が実現されればこの海域に幾つもの開発プロジェクトが動き出すことになります(図参照)。そうなれば、この地域は北東アジアの一大エネルギー供給源となり、中東依存から脱却してエネルギー供給源の分散化を図れるばかりか、隣接する北海道にとっても、経済効果を期待できます。その反面、オホーツク海を定期的に原油タンカーが航行することになるわけですから、環境面での悪影響が心配されます。ナホトカ号のような事故が起これば、北海道の漁業や観光に大きな被害を及ぼすことになるでしょう。我々は、この研究を通じて潜在的な原油流出可能性に対して、どのように対応すべきか学問的・客観的立場から提言できるでしょう。このことは、研究成果が、すぐさま社会に役立てることを意味しています。
オホーツクの海といえば流氷を思い起こすほど、我々は慣れ親しんでいますが、実際には自然のままで残されているこの海の海象条件はほとんど知られていません。ソ連邦が崩壊し、ロシアが市場経済に歩み始めて、外国からの研究者を受け入れるようになってから八年しか経っていないのですから、無理もないことです。とかく、人材不足ですので、今後、若い人達が未知の世界に挑み、現地調査を積極的に進めて、オホーツク海の自然界解明に貢献することを期待しています。
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