学生時代の北大
司会 今日はお二人に、21世紀北大の大志というテーマで、歯に衣着せぬお話をうかがいたいと思います。最初の質問ですが、お二人ともほぼ同時代に学生生活を過ごされていますが、当時の北大はどのような雰囲気でしたか。
丹保 私は松田さんより五年ほど早く、当時は旧制の学校から続いていたので、予科から本科へという、高等学校を内蔵していた北大独特の雰囲気が残っていました。
松田 私がいた当時の法学部はおもしろかったですよ。先生が多くて学生が少なかった。確か法学部では一学年でゼミを一つ二つ取ればいいはずなのに、それが十いくつ取らされていた。それは先生から、是非あのゼミを聞いてやってくれといわれたからです。学生が少なかったから、ゼミが成り立たないわけですよ。それも先生と学生が一対一の授業が多かった。
丹保 松田さんほど多くないですが、私も一対一の講義を四つくらい聞いています。理系ですから、学生は五、六人いました。でも一クラスで三人を超えた大学院の講義はなかった。それくらい大学院は珍しい時代だった。大学院というのは、今でも文系は少ないですよね。松田さんが進学された当時、文系の大学院に行くのは希有だったと思います。
松田 そういう北大に学んで、私は今でも有難いと思っているのは、人と同じことをやりたいと思わないようになった。これはいい面も悪い面もあるのですが、人の後をついていって、どっかを改良して優秀になるとか、そんなこと全然頭に置かないですね。人と違うことをやりたいという思いは、北大生にみんなあったと思います。
司会 北大生の大志として続いていた。
松田 続いていたと思いますね、言うに言われない中で続いていましたね。
大学院中心の教育が始まる
司会 現在、北大は大学院重点化を進めています。これからの学部と大学院の教育はどうあるべきとお考えですか。
丹保 うまくいけば、来年の四月から北大全体が大学院重点化大学という形になります。大学院に教官が全部移って、北大教授は全員が大学院教授となり、学部を教えに行くという形になります。そういう形を取るようになりますと、基本的に専門教育は全部大学院に集中し、学部は人間を作ること、基礎を作ること、特に語学と自己表現能力についての基礎づくりをする場と考えています。基礎は広く、専門はシャープに、また、必要があればもう一回勉強し直す機会を提供できるシステムの確立です。
松田 私は中学とか高校の制度を崩していいのではないかと思う。中学三年は小学校の繰り返し、高校の一年も繰り返し、大学の教養もそうでしょう。これをみんな改革して、十八歳で学部を卒業させるのが一番良いと思っている。教養というのをやめるか、一年にするか、そして大学三年から、行きたい者は大学院に飛ばしたらいいと思うんですよ。大学院は歳食ってから行くのはだめ。十八から二十八歳くらいの間に大体の学説を作ったり、大発明をするものですよ。それともう一つは、大学入学当初の二年間は徹底的に英語教育をやったらいい。英語で自由に討論できないやつは大学院にやらないというくらいにすればいいと思う。大学院で本当の学問をやればいい。たとえば、法律であれば、条文の解釈は後回しでいい。むしろ法律の基礎の部分、歴史の部分、思想史の部分をきちんと教えるべきだと思いますね。日本の法学・経済学が役に立たないというのは、語弊がありますが、ハウツウばっかりやっていて、本当のことを教えていない。なぜこんなことを言うかというと、うちの社では毎年二十名ほど外国の大学院にやっていますが、みんな必死になって、こんなに勉強したことない、土曜も日曜も全くなしで勉強しています。あれを見ると、なぜ今までに専門基礎をきちんと大学でやらなかったのだろうかという思いが強いのです。
丹保 日本の大学では、学生をどのように育てたらよいのかという議論をしていなかった。これからは松田さんもおっしゃったように、学部では、歴史、専門基礎、倫理学の三つをきちんと教えるべきだと思う。歴史は様々なものが、なぜそのように動いてきたかを、また、技術史と自然科学史によって自然の姿をとらえてほしい。もう一つは倫理学ですね。人間はどういうふうに行動して、どういうふうに生きてきたかを教えるべきです。この三つが学部教育の基礎だと思います。二年生くらいまでにしっかり訓練するべきと思う。一年生は語学とコンピュータによる情報教育を徹底的にするのがいいと思う。
特徴的な教育が必要
松田 情報というのは、文系も理系もないんですね。誰でも入れるし、誰にとっても基礎教養でしょう。世界の流れに関する基礎教養部門と、技術系なら、おっしゃったように技術史ですね。私は技術史が人類の進歩の中にあって、その反映というのがおそらく芸術史だと思っています。日本は政治と経済を中心に教えて、技術史も芸術史も、みんな邪魔者みたいに排除しているけど、世の中を進歩させるのは技術史であって、その一番の表現が芸術史です。そういうものの考え方について、一年生の時に興味を持たせ、基礎教養を持たせると、世界に伍して絶対負けない。そういうユニークな教育をやっているよというのが北大の特徴となるべきだと思う。
丹保 学校で習っているのは、空中に浮かんでいる理論かなと思うんですよ、たとえば物理・化学・生物の教科書では、でき上がった理論があって、それを基礎として技術が進んだり、社会が動いているように記述している。そんな世の中はありません。物が先にあって、その物をみんなが使えるようにするために技術ができてきて、それをまとめるために抽象化し、科学ができたんですね。たとえば、ニュートンの力学法則が出てきたのも、その時々の社会がニーズをもっているんですよ。学生にも、熱力学の第三法則・第二法則の話にボケッとさせるよりは、エンジンが動き出して初めて第二法則が出てきたんだと教えれば、ああそういうことかと分かる。このようなことを学部段階できちんと教えればいいのです。あえて言えば、学部教育というのは歴史的な原理原則の表現を実物に即して教えるものだと思います。
松田 丹保先生がおっしゃったような方向で北大が特徴づけをしたら、たとえば大学の三年生になったら、半年くらいはどっかの大学と提携して、向こうへやり、向こうからも百人単位で来るという形ができると思うんですよ、それができるのは本州でなくて、北海道だと思う。
丹保 どうなるか分かりませんが、将来、北大の教職員の二割が外国人となるくらいでないといけないかもしれません。国内だけで再生産してるようではだめだと思いますね。企業だってどんどん入っていますでしょう。学校はもっとグローバルです。
松田 あちこち回ってみて、日本のことをあんまり知らない、向こうの人たちも。なんか変わった国が極東にあるねと言うくらいの話でしてね。北海道はその極東の端にあるわけでしょう。むしろ、そこを利点にした方がいい。北海道はむしろ地の利で、ああいう涼しい環境がいいですよ。北大は実力があるわけですから、それを増幅すれば、世界中の人が北大に来たいと言う時代がくると思います。住みやすいですからね。北海道は外国との関係が深いから、そういう方向に向かうことを率先してやったらいいと思いますね。大学二年生あたりから、大部分は英語でしゃべるくらいのことをやったら、ユニークでいいと思いますね。日本語は大事だし、日本の文学も、経済も、法律もみんな大事ですが、それを知らせるためには、相手のことを知らないといけない。明治人は欧米の文化を取り入れたでしょう、もう一回、北海道で北大が取り入れる時期でないかなという感じがします。
北大生はもっと個性を!
司会 最近の北大卒業生については、どのような印象をお持ちですか。
松田 今、同窓会の名簿を預かっていますが、東京の会社の取締役以上で北大出身者が千三百人います。一大勢力なんですよ。東京の大学がだんだん落ち込んでいるもんですから、妙な言い方ですけど、みんな威張ってやっています。その皆さん方と話していて、後輩を見てイライラするのは、真面目だが活力がない。かつては、困ったときに、あるいは、海のものとも山のものともわからないときに、よしやってみるかと飛び出していく、そういう若さみたいなものが北大生にあったんですが、これがない。カリキュラムが多すぎるのかどうか分かりませんが、自分で考えて自分で作ってみるというのがないからではないでしょうか。もう亡くなられましたが、最初に私どもの同窓会長だった三井造船の山下さん、日本のエンジンの大家ですが、この方に当社の技術系社員への講演をしていただいたことがあります。その時、山下さんは「大学時代、君は何を作ったか」と質問なさった。みんな大学時代、何も作っていないんですね。「君は何か物を作りたいと工学部に入ったんだろう。四年間も大学にいて、油にまみれて、何か作ろうとしなかったのか。そういう意欲は君たちにないのか」と、第一声、カツを入れられたのです。みんなびっくり仰天してしまいました。「技術系も事務系も、みんなサラリーマンになって、机の上でパソコンいじって、人が持ってきた案にイチャモンつけるような性格の人が多くなってきた。そうじゃない。自分で何でもやってみよう、油まみれでナッパ服を着て、頭からホコリかぶって夢中になってやることに情熱を持たないのか」とおっしゃった。聞いている社員みんな顔が青くなる思いで反省しました。それからJR東日本の技術陣が奮い立ってここまできたんです。
司会 大学紛争が静まって以降、管理教育が進められたこと、また企業もソツのない学生を求めたということが背景にあるようですが。
松田 あるでしょうね。妙な言い方で言えば、ある程度、情熱が去勢された。教えられたことを真面目に繰り返して、優を取ればいいことになった。我々の時代は、優を取りたくて試験を受けたかもしれないが、どれもこれも優を取りたいと思った人はいないと思う。自信のある、これは絶対一番を取ってやるというのはあっても、他はどうでもよく、卒業できればいいやという感じだった。今のように優が二十もあるなんて信じられません。せいぜい三つか四つでいいんですよ。これは俺の分野だ、後はお前の分野でいいよ、そういうものがあったのが、企業の方も悪いんでしょうね。金太郎飴でまんべんなく、個性はなくともまんべんなくハイレベルであるやつの方が使いやすいという時代があったんでしょうね。
丹保 十年前はそういう人材を要求されましたね。企業はそれしか取ってくれなかった。
松田 これからは、俺はこれだけは情熱をもってやってきたんだという人でなければだめでしょうね。優ばっかりたくさん取っていて、何をやらせてもソツがないけど、しかし、教えないことは何もできないという人は、これからの企業では要求されないと思いますよ。企業のマネージメントとしても、いろんな個性あるのがいて、どうディスカッションしながらもっていくかという点だと思います。これまでの日本の企業というのは多かれ少なかれオーナー企業だったんですね。オーナー企業というのはすぐ自分の息子に譲りたい、そんなことを考えてみんな潰れていった。そうではなく、組織というもので企業をもっていくべきで、組織というのは合議体です。社長といったって合議体のリーダーにすぎない。そう考えていくと、いろんな特徴を持った人材がいなかったら、これは先に行けないですね。日本が大きく変わりつつある。21世紀というのは、個性をもって、他は知らないけどこの分野はまかせてくれ、こういう人がどんどん進んでいき、ついてこいという時代に、もう一回入ったような気がします。明治の時代から昭和の初めはそうでしょう。
たくましさも必要!
丹保 私らの時代はまだ先生方も少なかったし、社会にいろんなエキスパートが少なかったので、隙間がいっぱいあった。体制の中にいても、隙間を自分のアイディアで生かせる時代だった。ところが今は隙間のない時代なんです。競争して抜けるのではなくて、全然違うルートがあることに気がつく必要があります。
松田 私は北大生というのは官僚に向かないと思う。お役人もたくさんいると思うが。デスクワークやって、権力バックにして、なんていうのは向かない。大体、北大生というのは反権力なんだから、元々。反骨精神があるんだから。それをもっと生かすべきだと思う。
丹保 一方、アドミッションズ・オフイスによる人物重視の入試を含めて、そういう学生をどうやって北大にスカウトするかというのも、大学のポリシーとしてあり得るんだと思いますよ。
松田 いろんなところで、お前ちょっと来ないかというようなスカウトがこのごろ多くなってきた。ずうっと育てるのも大切なんですが、一般社会に出た連中で、ちょっとあいつ、なんかやってるな、こっちに来ないか、そういう制度を作ったらいいかもしれない。
丹保 そういう人が出てこないといけません。他のところに行って、武者修行して帰ってこなければいけません。学部段階であまり専門教育をしないことが、北大が生き残る最大の道だと個人的には思っています。学部では、相当幅の広いことができるようにがっちり訓練する。演習を徹底的にやる、ということをやりながら、大学院ではそれを自分のアイディアとして結実させる。
松田 いろんなたくましさが必要です。こういう社会に矛盾があるな、何とかしなければと、いろんなことを受け止めるわけですね、それを自分の生活に生かしていく。そういうことを大学のメインにすればいいと思う。大学に入りたいやつは、その意味ではみんな入れてもいいけど、出さない、厳しくする。
丹保 それはこれからの基本になると思いますね。
松田 企業からの研究生派遣をどんどんやってもいいと思う。企業が金を出すわけですから。
丹保 大学院はそう思います。むしろそれをやらなければ大学のポテンシャルが落ちる一方だと思います。
企業と大学が互いに影響しあう
松田 最近、うちの部長クラスが必死になって、博士号を取ろうとしているんです。一人が東北大で取ったんですよ。刺激を受けて、部長・課長が、学位をほしくなったから時間くださいと言って来るようになった。
丹保 学位に関しては、先日、七大学の総長会議がありましてね、今後、大学の事務局長・部長は博士学位をもっていなければ受け入れないようにしようというほどの話が出ました。
松田 総長のそばにいる事務局長・総務課長クラスが外国語の二つくらいペラペラでなければ勤まらないですよ。今年の一月に全社員八万人に、今年は英語をやるぞと宣言したもんだから、私だって一週間に一度マンツーマンで受けてるんですよ。外国人とこだわりなく話すことができますね。
丹保 私はできませんということを平然と言えるのが今の組織ですからね。
司会 企業と大学との関係として、現在のところ、企業から客員教授を呼ぶのは可能ですが、ソニーに呼ばれた中谷教授のように、国立大学の教官が社外取締役の形で企業に何らかの貢献をするという機会は実現しない状況ですが。
松田 これはもちろん両方向があるべきです。中谷先生、いい課題をぶつけていただいたと思いますよ。おそらく来年までには変わりますよ。当社でも困ったことがありました。去年かな、非常勤の社外重役としてそんなに負担をかけないと思うので、ある先生が県に移ったからいいだろうと思ってお願いしたら、本人も副知事もよかったけれど、自治省の通達があってだめだと断られました。どこの大学の先生でも、やはり取引先ではだめだとか、いろんなのがありますでしょう。
丹保 私の意見としては、どこか一社だけの重役を兼務するということであれば、承認の判は押せませんね。ソニーの重役をやるなら同時に東芝もできるのかということです。また、取締役として、その会社の決定権に参画するのはまずいと思う。だから、相談役とか顧問はおおいにやったらいいと思う。
松田 非常勤ならいいのではないでしょうか。国立大学はだめで、私立大学はいいということはないですね。それに、日本では大学の先生の給料が安すぎます。もっと経済的に豊かでないといけません。そうでないなら、もっと自由度を与えた方がいい。
丹保 アメリカの大学ですと、契約は一年のうち十ヶ月ないし九ヶ月ですね。残りの三ヶ月は全く私人としての行動が許されていますでしょう。そういうシステムを作っておけば、国立だろうが私立だろうが、私人としての三ヶ月を、週に二日ほど使うことは法律的にも認められるでしょうね。日本は三六五日の契約ですから。ちゃんとしたシステムを作らない限り、ああいうことになる。
これからの国立大学は?
司会 今後、21世紀の国立大学はどういう方向に行くべきだとお考えですか。
松田 昔は国立大学というのは貧乏人が入るところだった。東大のように、お役人を作るというところは別にして。今、日本はほとんど中産階級というか、みんな同じくらいのレベルですから、その中で国立大学を残すというのはどうでしょうか。国立研究所はいいですよ。専門的な研究をする大学院はいいですが、学部としての大学は国立である必要は全くないと思います。すべて民間にして自由度を持たせる。大学院になれば大きな実験設備なども必要になりますから、研究所スタイルにした方がいいですね。もう一つ、日本ではっきりさせるべきは、大学教員は研究者なのか、教育担当のプロフェッサーなのかの問題です。これは明確に分けた方がいい。全部どっちかに分けろというのではなく、研究者ならば、八割を研究、二割を大学院で教えるとか、プロフェッサーであれば、八割は教え、二割を研究にあてる。勤務とか給料とか時間などを含めて、ある程度ウエイト付けをきちんとすべきだと思う。一方で、教育を軽視してはいけない。学生に教えると言うことは生半可な知識の切り売りじゃなく、人格を与えることですから、教えるということも非常に大切なことです。これはこれできちんと教える専門家がやるべきです。
丹保 おっしゃるとおりです。大学は自然発生的にできて、システムとしての機能評価が全然なかった。それともう一つ、最近、国立大学が独立行政法人になっていくという話が出てきましてね。民営と国立との間で、いわば特殊法人みたいな方向です。多くの問題を含んでいますが、ひとつ進歩かなと思うのは、大学が法人格を得られることです。今は文部省の出先機関という位置づけですから、何の権限もない。法人格を大学が得られるということはプラスだと思いますが、それがある種の決定権を持てるかどうかが重要です。たとえば、全学の合意が必要ですが、私は北大が法人格を得て、北大が東京の大学と違った特徴的なスタンスを取ることができるかどうかがポイントと思っています。財政的な問題がありますから、気楽には言えませんけど。いずれにせよ、学部教育に関して国公私立の差はなくした方がいいと思う。イギリス型のシステムのように、国が学生の種類に応じて教育資金を払い、学生はそれを国に返すという方法が考えられます。教育に関しては、どのような学生をどの位集めるかの競争だと思う。大学院は完全な研究体制のなかで、センター・オブ・エクセレンス(COE=卓越した研究拠点)になれるかどうかがポイントです。COEを持てない部分はどんどん大学院から消えていくだろう。そういう方向でやり直すと、かなりいけるかなと思う。そういう形に将来はなるんだろうと思います。だから、旧帝大というステータスで大学が金をもらっていた状況というのは、もう終わると思いますね。よっぽどがんばらないと。
松田 私はその意味では統一的なユニバーシティというのは要らなくなってきているのではと思う。ハーバードのように、スクール単位で独立していくって形ですね。
経営のセンスを大学に!
司会 今のお話をうかがっていると、国鉄が民営化し、またマネージメントも別れていったということを連想しました。
松田 これはもう、時代だと思いますね。時代だし、それ以外に生きていけないでしょうね。統一基準で生きるという枠を越えていましたね。ですから、大学でも、私はどっちかというと中間というのは非常に苦労するので、国立でやるか民営でやるかどっちかだと思う。主体をどこに置くかだろうと思う。もちろん大学は民営の採算性だけでやっては、学問が進歩しないという面もあるでしょうから、そういうところもある程度補助とか考えなければならない。しかし、世界中を見れば必ずしも、完全な国立大学というところから、新しい技術が出てくるわけじゃないんですよね、やっぱりニーズを的確にとらえるというのは民間型であって、そのニーズをスピードをもって反映させるという点から言うと、民間型のところに重点を置いた方が、はるかにいいと思いますね。日本に欠けているのはスピード感ですよ。すべてに。
丹保 大学の場合には経営の概念ですね。全くと言っていいほどないですから。それをどうしたらいいか。たとえば、給料は安くなるけれど、松田さんに北大の経営担当副学長にきてもらうなんてことが可能になればと思いますね。
松田 いつでもいいですよ、私でいいと言うなら、いつでもやりますよ。
丹保 アメリカあたりでは経営担当副学長はものすごく権限を持っています。そういうシステムが取れるかどうかで、大学の将来が決まるだろうと思いますね。
松田 それに日本の大学の半分が不要な時代に入りましたでしょう。ですから、どこで生き抜くかということをまずターゲットにして、生き抜くための特徴をどのように北大に持たせるか、これが今後のテーマでないでしょうか。
司会 北大に対して多くの提言をいただきました。これからの課題として考えていくべきことばかりです。一時間半がとても短く感じられました。本日はお忙しい中、有り難うございました。
(1999年8月2日・東日本旅客鉄道株式会社応接室にて収録)
司会 リテラ・ポプリ編集長 瀧川 哲夫 |