第一回 「開拓使仮学校跡」石碑
明治維新政府はロシアの南下を警戒し、北海道を日本の版図として開拓するため、1869年に開拓使を設置しました。開拓使では開拓次官黒田清隆を中心に北海道開拓の専門技術者養成を目的とする学校の設置を計画しました。しかし、建設間もない札幌は十分に基盤が整っていなかったため、1872年5月21日(陰暦4月15日)、東京芝の増上寺本坊に開拓使仮学校を開校しました。
開拓使仮学校では、14〜20歳の男子生徒が農学・鉱山学・建築学などの修得を目指しました。また、北海道開拓従事者の配偶者を養成する女学校を付設、開校しました。この女学校は日本で最も早い時期の女子教育機関の一つでした。
さらに、開拓使は仮学校を北海道開拓のための広範な教育プログラムを擁する学校として計画したのです。しかし、仮学校は「学課」改廃や閉開校を繰り返すという試行の段階でした。
その後、1875年8月には札幌に移転し、翌1876年、マサチューセッツ農科大学学長ウィリアム・スミス・クラークを教頭に迎え、8月14日に農学専門の高等教育をおこなう札幌農学校として改めて開校します。
1992年、北海道大学東京同窓会は創立五十周年を記念して、東京都港区芝公園内(3丁目2)に「開拓使仮学校跡」石碑を建立し、11月15日に除幕式をおこないました。北海道と深く関わり続けてきた北大の歴史は、東京のこの地から始まったのです。
- ◎この連載ではあまり知られていないモニュメントから北大の歩みをたどります。
(井上高聡・北大百二十五年史編集室員) |
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●学部12(文・教育・法・経済・理・医・歯・薬・
工・農・獣医・水産)
●大学院研究科13(文・教育・法・経済・理・医・歯・
薬・工・農・獣医・水産・地球環境)
●附置研究所3、全国共同利用施設3、学内共同教育研
究施設等13、この他、医療技術短期大学部を併設 |
●学部学生 11,021名
(うち女子2,733名)
●大学院学生 4,866名
(うち女子955名)
●外国人留学生 556名 |
●教 授 667名
●助教授 580名
●講 師 126名
●助 手 712名
●事務官 916名
●技 官 1,111名 |
●卒業生(学士) 94,746名
●修士号授与者 21,610名
●博士号授与者 14,968名 |
◆その他 ●蔵書数3,279,948冊、敷地延べ660,272,703m2、建物延べ713,313m2、船舶3隻
●国際交流(大学間交流協定5か国10大学、部局間交流協定18か国・1地域60大学等) |
◆北大広報委員会が発足し、学外向け広報誌発行が提案されたのは昨年でした。創刊まで、多くの同僚に助けていただきました。深く感謝いたします。▽最初の表紙にはポプラ並木を選びました。四季の移ろいをお届けします。▽記事を集める中で、北大の基本財産である教育研究組織と施設の膨大さにあらためて驚きました。▽丹保総長と松田社長との対談では、お二人の一家言を拝聴し、北大同窓の迫力を感じました。▽今後、もっと重視されるべきは、同窓の活躍が社会によって評価され、その同窓によって大学が評価されるという側面だと思います。▽大学院重点化の次に独立行政法人化という話が出た中で、北大が世間知らずにならないためにも、広報誌の存在は重要です。▽誌名に使ったポプリはラテン語の単数属格形なのですが、これは人々(民衆)と同じつづりです。▽今後、本誌が学内・学外の人々からのメッセージ交換の場となるように、紙面構成を積極的に進化させていきたいと思います。(瀧川)◆北大について初めて知ることの多いこと!(田島)◆北大着任三年目。編集をとおして皆さんと共に北大を知りたいです。(瀬名波)◆次号の特集は「二十一世紀の北海道大学」です。「北大キャンパス・マスタープラン96」を中心に紹介します。(大田)
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■北海道大学広報誌「リテラ・ポプリ」
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