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牧牛舎/美術デザインやスケッチの題材としても有名 |
南北線北18条駅から西へ500mほど行くと、右手に見えるのが、通称「モデルバーン」と呼ばれる「札幌農学校第二農場」です。ここには一戸の酪農家をイメージした畜舎とその関連施設が配置されており、明治10年〜明治44年に北海道最初の畜産経営の実践農場として建設されたものが保存されております。バルーンフレーム構造の洋風農業建築物として年代的にもめずらしく、北海道全域に畜産を広めた日本畜産発祥の地でもあるため、昭和44年には国の重要文化財として指定されました。
今の北大の事務部本部から地球環境科学研究科の建物敷地付近までの場所に明治時代初期に建設されたものと、更にそれらが現在地に移設された明治43年に新たに追加されて建てられたもの、大小様々な設備が10棟ほど並んでおり、昭和44年まで付属農場として利用されていました。その後、文化庁の手で保存改修されて、これらの建物群の内部は、明治初期からの数百点の輸入農具や北大に伝わる多くの農機具を収容した、農業技術史上の貴重な資料を集めた展示施設になっているそうです。
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牧牛舎の東に隣接するサイロ |
モデルバーン(model barn;barn=畜舎)とは模範的畜舎という意味で、この農場の構想を立てたクラーク博士が北海道農業の模範となるようにと願いを込めて「モデルバーン」と記載したことから、そう呼ばれるようになりました。マサチッーセッツ農業大学の畜舎に倣って明治10年に落成したこの「モデルバーン」は、「第二農場」の中でも一番古く、かつ象徴的な建物なため、いつしかこの建物群全体の通称になってしまったようです。1階が牛馬室、2階には乾草貯蔵室があり、延床面積が555uという2階建ての大きな木造建築で、屋外壁のレール直上には、牛の頭を模した彫刻が取り付けられています。
次に特徴的な建物は明治42年に当時の最新技術を使用して新築された「牧牛舎」でしょう。正面から見ると左右対称で落ちついた建物であることと、東側にサイロが隣接して立っているため、スケッチや写真の題材として多くの人に好んで使用されてきました。このサイロは札幌軟石を使用した内径5m のもので、当時としては最大級の石造りサイロでした。国内に現存するサイロでは盛岡市の小岩井農場についで2番目に古いとされています。またこの建物だけ建築当時から避雷針が設置されてました。
残念ながら、これらの建物群の中は公開されておりません。しかし、外から見学するのは自由で、入り口の管理事務所には見学者の記録簿が置かれております。管理事務所のそばには木に囲まれた池があり、とても落ちつける場所です。初夏になると、これらの建物の間の広場には芝生状の草が生い茂り、若葉青葉が日に照りかえり目にしみます。春から秋にかけてこれらの建物などの風景画を描いている人々が常に数人以上いるのも納得できます。観光客は意外とまばらで、また北大内の構内ではあっても北18条通りの北にあるためか、北大の学生もほとんど来ないために、大変静かな場所です。クラーク博士をはじめとして当時の先達の心意気に思いを馳せながら、ここでひっそりと緑に染まるのも楽しいと思います。
(豊田和弘) |