Academia Populi

●研究紹介


 
伝子が決める



薬の効き目と
がんのリスク


鎌 滝 哲 也

 ゲノムプロジェクトとかミレニアムプロジェクトとか一般の人々には分かりにくい横文字が幅を利かせている時代ですが、我が薬学部でも横文字に汚染されながら研究をしています。とはいえ、これからご紹介することは決して難しいことではなく、生活に密着していますからご興味を持って頂けると思うのです。「へえ、薬学ではこんな事も研究しているのかー」と、思っていただければ、有り難いと思います。

酒に強い人と弱い人

 アルコールを少しでも飲むと酔っぱらって気持ち悪くなる人と、一升酒を飲んでもケロッとしている人がいます。アルコールに換算すると数百倍もの違いです。これはアルコールをアセトアルデヒドに、さらにアセトアルデヒドを酢酸にまで酸化する酵素の遺伝子の違いによって起こります。ですから、酒に弱い、強いは遺伝します。また、これは遺伝子の仕業ですから、本当の下戸か、カマトトかは遺伝子診断で簡単に分かってしまいます。遺伝子診断で本当の下戸だと診断された人に無理矢理に酒を飲ませたら、犯罪行為と言えるでしょう。

薬に強い人と弱い人

 私たちの体の中には、薬を解毒する酵素が備わっています。この解毒酵素にはたくさんの種類があって、様々な薬を解毒化しています。ここに1つの薬があるとします。その薬は数種類の酵素によって解毒化されるのが普通ですが、薬の種類によっては一種の酵素だけで解毒化されることがあります。その一種の酵素の遺伝子が欠損している人がいるとして、その人がこの薬を服用したらどんなことになるでしょうか。身近な例をお示ししましょう。風邪を引いて薬を飲みます。風邪を引いたときには鼻水が出ます。この鼻水を押さえるために、総合感冒薬には抗ヒスタミン薬が配合されています。この抗ヒスタミン薬は我々がCYP2D6と呼んでいる酵素でもっぱら解毒化されます。さて、CYP2D6を遺伝的に欠損している人が日本人には1%位います。この1%の人々が普通の人と同じように3錠の風邪薬を飲んだら、この人々は風邪薬に含まれている抗ヒスタミン薬を解毒化出来ず、普通の人が30錠―300錠の錠剤を服用したのと同じくらい効果が出てしまいます。その結果、抗ヒスタミン薬の副作用である、眠気、その眠気と言っても尋常ではなくて、このような人たちが1回風邪薬を服用すると2日間くらい仕事にならないくらい眠くなってしまいます。抗ヒスタミン薬だけでなく、同じ様な性質の薬が数十種類知られています。風邪薬に弱い人は他の薬にも弱い可能性があります。

煙草に強い人と弱い人
解毒化と活性化(発がん物質へ変化)

 煙草を吸うと肺がんになると誰でも思っています。ところが、こよなく煙草を愛して百才まで生きて、しかも肺がんにならなかった人が何人もいます。
 薬を解毒化する酵素は実は発がん物質を真の発がん物質へ変化させることが出来ます。我々はこれを解毒化の反対に活性化と呼んでいます。煙草の煙の中にはニトロソアミンと呼ばれる
物質があります。ニトロソアミンそれ自身には発がん性はありません。CYP2D6に似た酵素でCYP2A6という酵素は薬を解毒化する能力も持っていますが、ニトロソアミンを活性化する能力も持っています。このCYP2A6を欠損している人は煙草を吸っても活性化できないことになります。
 肺がんにはいくつもの種類があって、煙草を吸ったために起こると言われている特徴的な種類の肺がんがあります。我々の最近の調査で、CYP2A6の遺伝子を欠損した人は煙草を吸っても肺がんにはなりにくいことが分かりました。



 
伝子で性を


さぐる

山 内 皓 平

 人類はこれまで海などの魚介類を食料として利用してきましたが、近年、その資源は減少してきていると指摘されています。高度な漁獲技術を駆使して世界の海を駆け回り、それらを捕り続けてきたことが大きな原因ですが、世界的に増加している人口を養うための人間活動が海を汚染していることも要因の一つです。これからも海の恵みを享受し続けるためには生物の資源や海の環境を回復し、それを維持していくことが必要です。資源を増やすためには稚魚を放流したり、養殖したりしますが、そのためには稚魚をとるための親魚の成熟をコントロールする事が重要です。
 私達の研究室では魚類の生殖現象が起きるメカニズムを研究しています。魚は稚魚期に雄と雌に分かれる性分化を起こした後、成長し、卵や精子を作る過程(卵形成、精子形成と言います)を経て成熟します。この成熟した卵と精子が受精し、稚魚が生まれ、性分化し、という具合に再び一連の過程を繰り返して生命は子孫へ子孫へと連綿と続いていくのですが、これらの過程は何れもホルモンの支配を受けて起きます。自然界では当然のように起きるこれらの現象も人工環境下で飼育すると、魚によっては性比が雄か雌に片寄ったり、卵や精子の発達が途中の過程で止まったり、出来た卵や精子が不完全であったり、などの多くの問題が起きます。これらの原因を解くためには生殖現象が起きるメカニズムを知る必要があるわけです。
図1 研究のアウトラインと目標

 人工飼育すると成熟しない魚の例ではウナギがあります。ウナギの産卵場と考えられているマリアナ海域で生まれた稚魚は変態してシラスウナギとなり黒潮に乗って日本に辿り着き、河川を遡上した後成長しますが、7〜8年後、産卵のため下りウナギとなって海へ下ります。この下りウナギは卵形成や精子形成が始まったばかりですが、これらを実験室に持ち帰って飼育をすると成熟は止まってしまいます。従って、図1に示してあるように、成熟した卵や精子を得るためには、人為的にホルモンを投与して成熟を促進するしかありません。実は、成熟中の卵や精子をもっているウナギが海で捕れた例が今までに一度もありませんので、ウナギの成熟のメカニズムを知るためには人為的に成熟誘起したウナギで解析するしかありません。現在のウナギ養殖はシラスウナギを捕獲して商品サイズまで飼育しているのです。私達の研究室がウナギ養殖の種苗生産の役に立つ日が近くなっているという手応えを感じつつ研究をしています。
 性分化メカニズムの研究は養殖や環境ホルモンの影響を調べることに役立ちます。魚を養殖する場合、商品サイズまで早く成長すると有利ですが、例えばヒラメは雌が、テラピアは雄がより大きくなります。また、チョウザメはキャビアとして有名な卵を持つ雌の方が価値が高いのは当然です。図1に見られるように、私達の研究はこれからのことに応用が可能となっています。
 サケはどのようなメカニズムで生まれた川に回帰するのでしょうか。未だ多くの解決するべき問題を残していますが、サケが海に下る時期、太陽コンパスを使って産卵場の方角を定めること、自分の生まれた川を臭覚で判別すること等、少しずつ分かり始めています。回遊のメカニズムが分かればそれを支配する遺伝子を本来回遊しない魚に組み込んでやって回遊させることができるのでしょうか。それを増殖事業に応用したいというのが私達の夢です。
 以上の研究は遺伝子レベルの解析を中心に行っています。精子形成の種々の過程に関わるタンパク質を見つけ出し、それをコードする遺伝子を決めていきます。そして、それらの遺伝子の発現が何に支配されているのかを調べているのです。これらの結果が海の生物資源の回復とそれらを持続的に利用できることに貢献できればと願っています。