執 筆 者
太 田 幸 雄
おおた  さちお
工学研究科教授
専攻は環境資源工学


 大気中には多種多様な微粒子が浮かんでいます。春になるとよく土埃が舞い上がり、中国大陸から黄砂も飛んできますし、火力発電や石油化学、金属精錬工業などでは様々な汚染粒子が排出され、焚き火やごみ焼き、森林火災などでは多くの煙が出ます。また東京などでしばしば発生する光化学スモッグ中には多量の硫酸粒子と有機物粒子が含まれていて、空をけぶらせています。このような大気中に浮遊している微粒子をまとめて「大気エアロゾル」と呼んでいます。
 大気エアロゾルは、大きさが空気分子よりもやや大きい程度の0.003ミクロンから霧や雲の粒子とほぼ同じ大きさの50ミクロンまで、5桁にもわたっています(1ミクロンとは1000分の1ミリメートルのこと)。また大気中の濃度は、南極などの非常にきれいなところでは1立方センチメートル当たり数百個程度ですが、一方、大都市や工業地帯のような汚れた大気中では数十万個にまで及びます。写真1に、長崎県五島列島の福江島と札幌の北大工学部屋上で捕集されたエアロゾルの電子顕微鏡写真を示しました。大気中には様々な種類のエアロゾルが浮遊していることがわかります。また写真2には、北極シベリアのエニセイ川河口の鉱業都市ノリリスク市のニッケル・銅精錬工場からの排煙の状況を示しました。二酸化硫黄ガスと有害なエアロゾルが多量に含まれています。
写真1:長崎県五島列島福江島(左)と札幌(右)で採取された大気エアロゾルの顕微鏡写真。福江島の写真中の最も大きなエアロゾルの直径が約1 ミクロンである。黒い繊維状(糸くず状)に見えるものが煤粒子、円形(球状)のものは硫酸粒子、有機物粒子あるいは金属粒子、ほぼ四角形(立方体)の粒子は海塩粒子と思われる。
 ではこの大気エアロゾルは自然や私たちの暮らしにどのように関わっているのでしょうか。まず第1にエアロゾルは、雨滴や雪の生成に大きく関与しています。いま、大気中には水蒸気のみしかない清浄な状態を考えると、水滴ができるには、相対湿度で400%もの状態にならなければなりません。しかし実際には大気中では相対湿度が100.5%程度、すなわち飽和状態をほんの0.5%超えただけで雲粒や霧粒などの水滴が出現します。これはじつは大気中には硫酸アンモニウム粒子や海塩の粒子などの水溶性の粒子があらかじめ存在しており、これらの粒子を核として水滴(雲粒)が作られるからです。ただしこの雲粒だけでは雨は降りません。札幌など温帯地方で降る雨は、実は大きな雪粒子(雪片)が溶けて降ってきたものであり、この雪片を作るにもやはり雪結晶を作るもとになる核(氷晶核)が必要で、この氷晶核として土壌粒子や火山灰、あるいはヨウ化銀の結晶などの水に溶けない微粒子(エアロゾル)が必要なのです。こうして、大気中にあるエアロゾルのおかげで雨や雪が降り、私たちが利用できる真水(陸水)が供給されています。
 次に、エアロゾルは私たちの健康に対しても大きな影響を与えています。すなわち古くからトンネル工事や石切場で作業する人の間では「珪肺」という病気が知られていました。これは、岩石を掘削する際に飛び散る粉塵が吸入されて肺に入り肺に溜まって、肺の結合組織が病的に増殖する肺線維症を引き起こしてしまうもので、そのために肺活量が低下し、日常生活が困難になってきます。さらに炭鉱で働いていた人々の間では石炭粉塵による「炭肺」、鉄工場などで働いていた人々の間では「鉄粉肺」という病気がしばしば発生しました。このようにエアロゾルを多量に吸入したために生じる呼吸器病を一般に「じん肺」と呼んでいますが、特にこのじん肺症で大きな問題になったものとして「石綿肺」があります。これは石綿粒子の吸入によって起こるものですが、特に問題なのはこの石綿肺に罹った人のうち半数以上の人が最終的に肺ガンで死亡しているためです。この石綿粒子は、以前、耐火建築として鉄筋に吹きつけられていた石綿や防火壁として用いられていた石綿スレートの表面が剥離し、直径0.2ミクロン程度、長さ数ミクロンの繊維状粒子として大気中に浮遊しているものです。
写真2:北極シベリア・エニセイ川河口付近の鉱業都市ノリリスク市のニッケル・銅精錬工場からの排煙。二酸化硫黄ガスと有害なエアロゾルを多量に含んでいる。

 さらに最近、ディーゼルエンジン自動車からの排ガスが問題となっています。ディーゼルエンジン自動車からは多くの黒煙粒子と硫酸粒子が排出されますが、この黒煙粒子の表面にはベンゾピレンやニトロピレンと呼ばれる発ガン物質が多量に付着しています。また、ディーゼルエンジン自動車からは、エアロゾルだけではなくガス状の窒素酸化物も多量に排出され、この窒素酸化物も喘息や肺気腫を引き起こして健康被害を引き起こします。このためディーゼル自動車排ガスの規制が、現在大きな課題となっています。
 一方、エアロゾルは気候にも大きな影響を与えます。すなわち硫酸粒子や有機物粒子などは透明なため太陽光を非常によく散乱・反射します。このため高層大気中にこれらのエアロゾルが増加すると、太陽光が宇宙空間へ跳ね返されて地表面に到達する量が減ってしまい、地球は寒冷化することになります。近年、二酸化炭素などの温室効果気体の増加による地球の温暖化が大きな話題となっており、これまでの観測結果から過去100年間に地球の平均気温は約0.6℃上昇したと言われています。ところがこの100年間の温室効果気体の増加量を基に地球気温の上昇量を計算したところ、地球はさらに0.4℃程度、すなわち100年間で約1.0℃平均気温が上昇しているはずであることがわかりました。この食い違いの原因として、近年世界的に大気汚染が深刻化してきており、大量の二酸化硫黄ガスが排出されて硫酸エアロゾルが増加し、地球の平均気温を低下させる方向に働いたためではないかと言われています。
 なお、二酸化炭素やフロンガスなどは比較的安定な物質であるため、地球上でほぼ一様な分布をしていますが、エアロゾルは大気中にほぼ10日間程度しか存在できないため、地球上の分布も非常に偏っており、その結果、冷却効果も地球上のさまざまな地域で大きく異なると考えられます。日本を含む東アジア地域は、今後、中国や韓国・北朝鮮などの経済発展に伴い、エアロゾルの濃度も急速に増加するだろうと予想されており、場合によっては日本の沖合の西太平洋域において、今後温暖化ではなくむしろ寒冷化する可能性も指摘されています。このことから、東アジア地域において、今後どのような種類のエアロゾルがどの度程増加するかという予測と、その結果として温暖化をどの程度抑制するか、その定量的な見積もりが非常に重要な課題となってきています。