活躍する同窓生

Clark's Spirit

村 瀬 光 正
むらせ  みつまさ
中 島   洋
なかじま    よう
1983年 経済学部卒
潟Wャフコ取締役社長
1964年 教養文類除籍
市民出資映画館シアター
キノ代表



映画にあけくれる日々

中 島   洋 

 輝かしい経歴の方々が登場する本欄には,除籍の私など似つかわしくないのだが,こんな生き方もあったのだとお許し願いたい。
 神戸出身の私は,北大山岳部に憧れて,初めて北海道を訪れたが,入学してすぐに父が急死し,自活生活を余儀なくされ,山岳部をあきらめ,もう一つ大好きだった北大映画研究会に入部した。そこで映画に魅せられた私の大学生活は,バイトと全共闘と映画にあけくれた日々で,勉学の方は全く縁がなかったが,常に常識を疑う実験精神や,自立精神は,この時期につちかわれたもので,当時の友人達は私にとって今も大切な財産である。それから約30年,私は金もうけはできなかったが,とってもたくさんの「生きもうけ」をさせてもらった。
2000年2月にシアターキノに招いた香港のメイベル・チャン監督(上段中央)を囲んで(シアターキノ・ロビーにて)

 当時,4年間の在籍期限がせまって,残りの授業料を払って中退をすすめる事務の方と,授業料未納のまま(要は金がなかっただけのことだが)除籍にしてくれと,ささやかな攻防をしたことも良き思い出である。
 一時,東京に出て映画の助監督をしたりしたが,結局神戸や東京ではなく,北海道に定住したのは,多くの方と同じく,自然が豊富で,おおらかな人間関係がはぐくまれたこの北海道が大好きだからだろう。今では,冗談で北海道ナショナリストを自認する私である。
 そんな私にとって,大変多くの市民の出資協力によって現在のシアターキノを設立,運営させていただいていることは,とっても幸せなことである。21世紀は,市民社会,NPOネットワークといった横型のキーワードがますます大切になっていくと思うが,映画という文化を基軸に北海道に役立つものとして提案しているのは,FC(フィルム・コミッション)という映画のロケ誘致に携わる非営利活動である。経済効果と共に,地域のコミュニティ作りや,生涯学習にも関れる可能性のある,この活動で,愛する北海道と映画のお役に立てればと思っている。



ベンチャーが日本を変える

村 瀬 光 正 氏

 現在,私は日本のアントレプレナーを掘り起こし育成する,ベンチャーキャピタル事業に携わっている。
 かつて北大経済学部早川ゼミで,「ゼネラルセオリー」をテキストにしてケインズ経済学を学んだ。穴を掘って埋めることも有効需要である,という考え方は,当時の我々にとって鮮烈であった。財政による有効需要の創出は景気対策として万能であるかに見えた。しかし,現実の経済はそう理論通りにはいかない。90年代の日本が正にそうだ。この10年間,日本は100兆円を超える経済対策を実施してきた。にもかかわらず,21世紀を迎えても一向に自立回復ヘの動きが見られない。
早川先生を囲んで(最前列左から2人目が筆者)

 需要よりは供給サイドに問題があるように思う。ケインズと同時代に生きたシュンペーターは,新しい経済発展のダイナミズムは革新的企業家によるイノベーションから生まれる,と言っている。90年代のアメリカの大発展は,ITを軸とする技術革新のうねりとそれを企業化したアントレプレナーの群生によってもたらされたものである。今の日本に欠けているのはこのアントレプレナーである。
 日本の近代史において,アントレプレナーが群生し,長期にわたって企業活動が活発になった時期が少なくとも2回ある。
一つは明治中期〜後期で,今一つは戦後の一時期,昭和20〜30年代後半にかけてである。いずれも,日本が世界の列強から大きくビハインドし,国内的にそれまでのエスタブリッシュメントが入れ替わった時期である。現在の日本もやや似た時期にあるように思う。
 こうした歴史からすると,私も含めて現在の現役の多くは起業のうねりを経験していない。変革をリードするのは若いアントレプレナーである。若者が21世紀の日本を創っていく。今の仕事の中で,北大からのバイオ・IT分野を中心とした起業の息吹にもしばしば触れるようになった。楽しみだ。
 ビー・アンビシャス!