特 集
北大が拓く ナノテクノロジー

先進国がしのぎを削る科学技術のフロンティア領域として,ナノテクノロジーが話題を呼んでいまが,北海道大学でも早い時期から高度な活動が幅広く展開されてきました。昨今これらがさらに飛躍・発展する環境が生まれてきています。本特集では北大でのこうした動きを,具体的な研究の例と共に紹介します。

研 究 者 紹 介
下 村 政 嗣
しもむら まさつぐ
電子科学研究所
専門は分子組織化学

新潮流への北大の取り組み
文/下 村 政 嗣


 最近,新聞や雑誌,テレビなどで「ナノテクノロジー」に関する記事や報道を目にするようになりました。「ナノ」は,「ミリ」や「マイクロ」と同様に大きさをあらわす単位で,10の−9乗を意味します。「ナノメートル」は10億分の1mであり,「ナノ秒」とは10億分の1秒のことです。つまり「ナノテクノロジー」とは,非常に小さな世界や高速の世界を対象とする科学・技術の総称であり,そして今,世界中で注目されています。そもそも「ナノテクノロジー」が一般にクローズアップされたのは,昨年1月にクリントン大統領(当時)が,IT(情報技術)やバイオテクノロジー,環境やエネルギーなど広い分野の基盤技術として「ナノテクノロジー」を国家戦略に位置付け500億円を越える予算の集中投資を宣言したことにはじまります。我が国でも,産業界や学会の要請のもとに昨年12月,国の科学技術政策を決定する科学技術会議(現在の総合科学技術会議)において「ナノテクノロジー・材料」分野を科学技術基本計画の重点分野に掲げました。そして,北大ではこの分野の幅広い領域において先進的な活動が行われ,さらに学際的かつ総合的な研究に向けて,ダイナミックな展開が始まっているのです。

ナノテクノロジーが拓く世界
 極微の世界を研究することが21世紀の技術革新をどのように支えるのでしょうか。米国のナノテクノロジー戦略の基本方針である「National Nanotechnology Initiative(NNI)」は,全米科学財団(NSF),国立衛生研究所(NIH),NASA,国防省などに対して,ナノマテリアルやナノエレクトロニクスなどの新しい材料やデバイスの開発,バイオナノデバイスによる医療や診断の効率化,ナノスケールプロセスによる環境やエネルギー問題の解決,宇宙探査の効率化,国家機密保持など,ナノテクノロジーによって解決すべき9つの Grand Challenge と呼ばれる課題を課しています。
 また,我が国においても,
図1 トップダウン方式とボトムアップ方式の融合が次世代ナノテクノロジーを飛躍させる

産業競争力の強化と経済社会の持続的成長
環境・エネルギー対応,少子高齢化への対応を通した豊かな国民生活の実現
国民の安全・安心な生活の確保,戦略的技術の保有等安全保障を通じた国の健全な発展
などの国家的・社会的要請に対応すべく,
(1)次世代情報通信システム用ナノデバイス・材料
(2)環境保全・エネルギー利用高度化材料
(3)医療用極微小システム・材料,生物のメカニズムを活用し制御するナノバイオロジー
(4)計測・評価・加工,数値解析・シミュレーションなどの基盤技術
(5)革新的な物性,機能を付与するための物質・材料技術

が重点領域として強力に推進されようとしています。ナノテクノロジーによって,角砂糖ほどの大きさに国会図書館の全ての情報を収納できる超高密度記録素子や,超高速演算によって暗号を解読する量子コンピューター,映画「ミクロの決死圏」さながらの超小型診断・治療ロボットなどが実現されるかもしれません。
 
学際的・総合的なトップダウンと
 ボトムアップの融合が不可欠
 ナノテクノロジーの目的は,ナノメートルスケールで構造や機能が制御された物質や材料,デバイスなどを作製・評価し,ナノスケールの科学を展開するとともに,その成果をエレクトロニクス,情報,通信,バイオテクノロジー,医療,環境,エネルギー,など様々な分野への応用をはかることだと言えます。現行のナノテクノロジーは,半導体ナノテクノロジーにみられるようなトップダウン方式を主たる手法とする研究領域と,分子ナノテクノロジーなどにみられるボトムアップ方式を用いる研究領域に大別されます(図1)。残念なことに,二つの研究の流れは全く独立して発展してきました。
 トップダウン方式とは,大きなシリコンの単結晶をリソグラフィーやエッチング等で細かく加工することで,ナノメートルの世界を制御しようとする方法です。この手法は半導体産業を支える中心的な技術ですが,100ナノメートル以下の加工は容易ではなく微細化の限界が指摘されていました。一方,ボトムアップ方式は,分子や原子を積み上げて制御された構造体を作ろうとする方法です。ちなみに,ボトムアップ方式で作られた構造の最もすばらしいお手本は生物にみることができます。脂質やたんぱく質などの生体分子が自己会合によって生体膜のようなナノメータースケールの分子集合体を形成し,さらに細胞や組織のようなサブマイクロメーターからセンチメーターにいたる幅広いスケールにおいてより高次の構造体が自己組織化的に形成されます。残念なことに現在の技術では,人工的に分子を積み上げて数百ナノメートルの組織を作ることは困難です。
図2 材料・デバイス・理論の融合こそが未踏領域を切り拓く

 数ナノメートルから数百ナノメートルに至る未踏の領域こそがこれからのナノテクノロジーがターゲットとする領域であり,それゆえに,次世代ナノテクノロジーの推進にはトップダウン方式とボトムアップ方式の融合,半導体とバイオの組合せなど,分野横断・領域融合的な連携が不可欠になります。このことで,分子や分子集合体を原料に自己組織化や分子操作を駆使することで,ナノメートルレベルで構造や機能が制御された材料を創り,それらをエレクトロニクスやフォトニクス機能を有するデバイスへと組み立てることが可能となり,さらには,材料やデバイスを創るための原理や道筋が明らかになってきます(図2)。さらに,長期間にわたって基礎研究を充実するとともに,研究者間や産官学間のネットワーク構築,研究インフラの整備,倫理・法律など社会的なコンセンサス形成,そしてナノテク教育の充実,などの基盤整備も必要になります。ナノテクノロジーは学際的であり総合的な科学技術なのです。

先端を走る北大の研究
 北海道大学はすでに,ナノテクノロジー研究の高いアクティビティーを有しています。例えば,量子集積エレクトロニクス研究センターでは,半導体ナノテクノロジーの更なる推進を図るために,量子界面エレクトロニクス研究センターを平成13年度に改組し研究体制の強化をはかりました。触媒化学研究センターでは,ナノスケールで構造が制御された物質の触媒化学への展開で平成12年度に改組し組織の強化を行っています。電子科学研究所では,平成4年度に応用電気研究所より改組拡充して以来,ナノテクノロジー分野の若手教授・若手研究者の充実をはかってきました。
 学部・研究科においても評価の高い研究がなされています。理学研究科,工学研究科,地球環境科学研究科など広い分野にわたって,豊富な人材と多様な研究成果の蓄積があります。本特集でも取り上げるように,工学研究科の武笠幸一教授は,平成7年度から13年度にわたり戦略的基礎研究推進事業においてスピンナノテクノロジーという分野を確立しました。理学研究科の魚崎浩平教授と触媒化学研究センターの大谷文章教授は,科学研究費特定領域研究Aの総括班として平成9年度から11年度の「構造規制機能界面の構築と電極反応」をとりまとめ,界面ナノテクノロジーの分野の飛躍的な発展をもたらしました。理学研究科の長田義仁教授は,科学研究費特別推進研究の代表として平成9年度から平成13年度の「高分子ゲルを用いた生物様運動素子の創製」研究で,高分子材料と生物機能を結びつけたナノバイオニクス領域を創成しています。
図3 北海道大学ナノテクノロジー研究センターの機能と役割

 このように,北海道大学においては,ナノテクノロジーの強力な推進と次世代ナノテクノロジー創成の準備が十分に整っています。ボトムアップ方式とトップダウン方式を融合し,分野横断・領域融合的な研究を創成するためには,学内における研究シーズや研究者の統合的な組織化が必要不可欠です。このような研究状況と研究実績の蓄積を踏まえ,研究領域の有機的な連携と研究シーズの統合,研究者の組織化と共同研究の強力な推進を行う仕組みの整備が急務であるとの観点から,電子科学研究所,触媒化学研究センター,学内のナノテクノロジー関連部局を中心に,文部科学省に対して「北海道大学ナノテクノロジー研究センター」設立の要請をしています。
 本研究センターは,センター長のもと研究戦略の立案・企画を行う運営委員会,共同研究プロジェクトの統括を行う3つの研究分野(9研究領域)を中心に,学内外・産官学共同研究の促進,情報の発信と共有,部局の枠を超えたナノテクノロジー教育,などを行う共通施設から構成されます(図3)。本センターは,学内センターとしてだけではなく,千歳科学技術大学などの協力を得た北海道地区のセンターとして,また我が国におけるナノテクノロジー研究ネットワークの一翼となることを目指しています。