北大モデルの更なる発展へ




大学院重点化時代の教養・基礎教育
執 筆 者 紹 介
小笠原 正 明
おがさわら まさあき
高等教育開発研究部
専門は高等教育


小笠原 正 明

 北大に入学した学生は,1年から1年半の間,高等教育機能開発総合センターで,主として基礎教育と教養教育を受けます。ここでの教育は,学部の壁を取り払って全学的な規模で行われているので,全学教育と呼ばれています。数学や物理など理系の基礎科目を中心とする「基礎科目」は,重要な専門教育の一部で,進路に応じて必要な科目を履修します。一方,教養教育については,2001年度から「コアカリキュラム」が採用されました。「全人教育」という札幌農学校以来の伝統は,このコアカリキュラムに生きています。

 コアカリキュラムとは何か?
 表1の教養科目のカリキュラムには,およそ北大の卒業生であれば専門の違いに関わらず必ず身につけていなければならない素養が明示されています。この部分をコアカリキュラムと呼ぶのはそのためです。
 コアカリキュラムの内容は,普遍性の高いものであると同時に,現代社会の問題となんらかの形で結びついています。それぞれの学問分野の社会的・歴史的な位置づけや将来への展望を包摂するもので,厳選された題材にもとづいて,教師と学生,学生と学生が討論し,考察することがその趣旨です。主として1年生の学生に対してこのような授業ができる教師は,それぞれの分野で最も優れた見識をもつ専門家だけですが,幸い北大は,総合大学として,それぞれの分野において多くの優れた専門家を擁していますので,全学の協力による「最良の専門家による最良の非専門教育」を行うことができます。
表1 全学教育科目
基礎科目数学 物理 化学 地学 自然科学基礎実験
教養科目
(コアカリ
キュラム)
1.分野別科目 思索と言語 歴史の視座 芸術と文学
社会の認識 科学・技術の世界
2.複合科目 環境と人間 健康と社会 人間と文化
特別講義
3.共通科目 体育学 情報処理 統計学 図形科学
概論 心理学実験 文系向き自然科学
実験
4.外国語科目外国語A 外国語B 外国語C
5.一般教育演習

 コアカリキュラムの特徴の1つに,先駆的な「一般教育演習」があります。1クラスの受講者数を20人以下に限定したゼミナール形式の授業で,学問を通して,教官と学生,学生と学生が触れあうことが特徴です。(1)コミュニケーション能力を高め,(2)学問や社会の多様性を理解し,(3)研究の一端に触れながら独創的かつ批判的な考え方を身につけ,(4)社会的な責任と倫理を理解することを目指しています。この形式の演習は,最近では多くの大学で開かれるようになりましたが,北大はすでに80年代末から開講しており,現在では前期・後期合わせて140科目が提供されていて,全国で最も充実しています。
 「一般教育演習」の特別編として,大学附属の演習林,牧場,練習船,火山観測所などを利用した合宿形式のフレッシュマンセミナーが試行されており,「自然に学べ」という札幌農学校以来の伝統が生きています。この演習と分野別科目の一部は「論文指導」の科目に指定されており,少人数クラスで徹底した文章の指導が行われています。

 新しい学士教育課程への道のり
 このように北大の教養・基礎教育は,内容が豊富で水準が高いだけでなく,それを支える全学的支援のシステムがしっかりしていることでも有名です。最近では,「(教養教育の)北大モデル」という言葉が通用するようになりました。しかしこのモデルが,実は,半世紀も前にある優れたリーダーが示した方針にもとづいて,計画的に作られてきたものであることを知っている人は,今では多くありません。その方針の究極の目的は,大学院大学において新しい機能を備えた学士教育課程を作ることでした。
図1 高等教育機能開発総合センターの組織
・高等教育機能開発総合センターは,互いに機能連携する4部から構成され
 ます。研究部には9名の専任教官が配属されています。
・全学教育の在り方は,総長を委員長とする全学的な「教務委員会」で審議
 されます。

 戦後の学制改革で旧制の高等教育機関が廃止され,1県1大学主義にもとづいて新制大学が作られましたが,1949年に行われた新制北大の最初の入学式で,伊藤誠哉学長は次のような内容の,有名な告示を行いました。
(1)従来の大学と異なって一般教育に重点を置く。これによって,広い視野のもとで人生観・世界観を確立し,また人格を完成し,社会人としての資格を得るとともに,専門的研究の基礎とする。
(2)大学を,高等専門教育機関でありかつ研究機関への準備教育機関と位置づけ,研究および研究者養成機関として大学院をおく。
(3)従来のつめこみ主義を排し,学生の自発的自習に重きをおく。
(4)従来と異なった性格の大学院をおく。大学院は従来の大学に相当するもので,新しい研究機関であり研究者養成機関である。広義の大学は,大学と大学院の両者があって始めてその使命をまっとうする。
 さらに伊藤学長は,現状では総合大学においてのみ大学院を置き得る状態であるが,北大はその条件を満たすがゆえに大学院への準備機関としての性格が強く,論理的には一般教育を学部教育の中心にすえるべきだ,と強調しました。
 こうして,新制北大はあえて官制の教養部を設置せず,各々の学部に籍を置く教官が協力して一般教育を担当するという「北大方式」を採用しました。実際には「一般教育担当」教官が1・2年次教育の多くを担当していましたが,それ以外の教官もごく自然に一般教育に参加しました。「最良の専門家による最良の非専門教育」という新制北大のユニークな伝統は,こうして作られたのです。
 伊藤学長は農科大学の1期生であり,札幌農学校2期生の宮部金吾の直系の弟子でした。一方,第1次近衛内閣のころから大学改革を構想し,戦後に占領軍の民間情報教育局と連携して一気に新制大学の枠組みをつくったといわれている東大総長の南原繁は,矢内原忠雄,阿部能成,天野貞祐,森戸辰男などともに明治末から大正にかけて旧制第一高等学校に形成された「新渡戸スクール」の一員でした。このスクールの精神的な支柱は,いうまでもなく新渡戸稲造と内村鑑三です。こうした背景を考えれば,新制大学の理念を忠実に体現した大学が,札幌の地につくられた理由も納得できます。
 50余年前に明快に掲げられた大学院大学と新制大学の理念は,半世紀もの紆余曲折を経て,最終的に現実のものとなりました。
 その第一の転換点は,10年前の大学設置基準の大綱化です。この,教養課程と専門課程の区別を廃止するという考え方は,もともと学部教育における教養教育と基礎教育を強化する目的から出ています。北大は,学内措置にすぎなかった教養部を廃止し,新たに官制の「高等教育機能開発総合センター」を創設しました。現在のセンターは図1のような組織で運営されています。「北大では設置基準の大綱化に伴って教養部が創設された」と言われているのはそのためです。他の国立大学の多くも,全学支援体制を採用して学部教育の強化をはかりました。「北大方式」が全国標準になったのです。
 第二の転換点は,大学院重点化政策です。北大においては,2000年度にすべての学部が大学院へと重点化され,学部の教育組織は大学院に付置される形となりました。高等職業教育と専門教育の主要な部分を大学院が担うとすれば,「狭義の大学」すなわち学士課程では,教養教育と基礎教育が中心になります。北大で90年代後半に行われた「学部一貫教育体制における全学教育の改革」や,最近の「教養教育のコアカリキュラム化」は,このような次世代の大学教育の在り方を強く意識しています。

 今後の展望
 北大の教養教育と基礎教育は,大学院大学にふさわしい先進的な内容とシステムを備えています。コアカリキュラムは,将来グローバルな環境で活躍することになる若者に対して,国際的にもレベルの高い文化的素養を身につけさせることを目的としています。専門教育につながる基礎教育は,社会の各分野でリーダーとして活躍するための専門知識の基盤を形成するものです。大学院重点化大学における学部教育は,このような目的に沿って,効率的かつ合理的に設計され実施される必要があります。
 そのためには,まず第一に,学生および教官の意識を高める必要があります。コアカリキュラムがすべての専門にとって必須であるという意識は,残念ながらまだ十分に浸透しきってはいません。また,教官と学生の双方にとって,全学教育に熱心に取り組むためのインセンティブが十分ではないという問題もあります。この問題の解決のためには,大学院大学における学士教育課程の役割についてさらに検討・考察を重ねる必要があるでしょう。
 また,教授法を根本的に改善する必要もあります。伊藤学長が言った「自発的自習」のための方略を確立するためには,教官・学生双方の創造的な努力が必要です。センターの高等教育開発研究部は,現在この教授法の問題と教育評価の問題に全力を傾けて取り組んでいるところです。



コラム1コラム2

副学長・センター長
徳 永 正 晴

 大学を取り巻く環境は日に日に厳しくなっています。大学院大学のあり方については,様々な角度から考えなければなりません。現在,将来社会のリーダーとなる大学院生をいかに育てるかについて,具体的な制度設計が要求されていますが,学士課程についても同様の制度設計が必要です。
 北大の伝統で,全学教育を一生懸命やっておられる方々が大勢おられますが,その方々の努力を正当に評価する必要があると思います。教養教育についてはコアカリキュラムという枠組みができたので,これを強化したいと思っています。問題は,理科系の専門基礎科目です。学生の学力低下に関して,2006年問題(注1)をどうクリアするかが切実な問題となるでしょう。高校の新しい指導要領に準拠して,高校から大学の専門教育へとつながるカリキュラムのシミュレーションを始める必要があります。リメディアル教育(注2)も,高校と接続するカリキュラムを構造的に作りあげるという観点から積極的に取り組まなければなりません。特に典型的な積み上げ分野である数学と物理については,接続カリキュラムを早急に検討する必要があります。
(注1)2006年問題:学習指導要領の改訂により,学習内容が大幅に削減されたカリキュラムにもとづいて教育されてきた学生が最初に入学してくる年を指す。大学生の学力の大幅な低下が懸念されている。
(注2)リメディアル教育:大学の教育課程に適応させるために行う補習教育のこと。主として高校において未履修の科目について行われている。 

センター長補佐
植 木 迪 子

 私の仕事は,1600コマの授業を,教室や教員や時間帯や各学部の行事などを考慮しながら実施する方法を考えることです。全学教育は良く機能していると思います。それには,膨大な仕事量をこなす教務課の尽力が大きいのはいうまでもありません。また,全学教育を維持する仕組みが,教養部が存在していた頃からすでに出来ていたということもあります。これは一種の財産ですから,大事に維持したいと思います。
 コアカリキュラムという枠組みができました。今後は中身の充実をはかっていかなければなりません。科目責任者会議で検討して,それぞれのコアの内容を整えていくことになっています。
 全学教育を統括する組織として,教官の意識の向上にも今後積極的に取り組もうと思います。教育に熱心な先生は多いのですが,どうしても大学院や専門教育にエネルギーを割かれるという状況があります。全学教育は,全人教育として,幅広い生き生きとした関心を抱く学生を育てるものです。それが,専門教育や大学院での教育に欠かせないベースになるのです。ですから,全学教育こそしっかりしたものを構築しなくては,と考えていただきたいと思います。