北大が
拓く
フィールドサイエンスの知




CO固定;個葉から森林生態系へ
小 池 孝 良
執 筆 者 紹 介
小 池 孝 良
こ いけ  たかよし
北方生物圏フィールド
科学センター
専門は森林生態生理学





 気候変動枠組み条約京都会議(COP3)以来,森林のCO固定機能に期待が寄せられています。ここで北大の森林資源が活躍するのです。この機能は,樹木が光合成作用により大気中のCOをどのように固定し貯留するかを調べ,森林がどのくらいCOを放出するかを測定することにより推定できます。理屈は簡単ですが,巨大で長寿な樹木の集団を対象とするので,枝葉を単位として樹木をとらえ,個葉,個体,群落レベルへとスケール・アップして研究を進めています。北大では広大な研究林を駆使し,世界水準で最も包括的かつ総合的にこうした研究が展開されているのです。
図@ 温暖化条件で生育したイヌエ
ンジュ苗木
高COでは下葉の黄化が進む。

 まず,個葉レベルです。北大農学部研究科や森林総合研究所と共同し,現在の2倍濃度COで生育した北海道の代表樹種の個葉光合成機能を調べています。COの濃度上げると直後は一時的に光合成速度が上昇しますが,やがて葉が黄化し光合成能力が低下します(図@)。そして最終的には栽培時のCO濃度で測定すると,光合成の速度は,樹種固有の値を示し,期待に反し高い状態に維持されることは無いのです(図A)。
      図A 生育時CO濃度への順化
栽培時のCO濃度で測定すると(△)光合成速度は変わらない。

 個葉のレベルから少し範囲を広げて影響を調べてみると,生産される枝葉の数が増え,葉が炭素を多く,窒素を少なく含むようになり,これらが生態系に深刻な影響をもたらすと予定されています。また,COを蓄える場所としての木材の構造にどのような影響を及ぼすかも調べています。これには気孔の役割が鍵だと思われますが,この研究は始まったところです。
 さて,光合成の産物はどこで利用されるのでしょうか?樹木のレベルでの観察になります。これらの一部は木部に送られます。また自らを維持し成長する際に葉等の呼吸で約40%が消費されます。また,根の周りに生息する共生微生物が最大30%近くの光合成産物を消費します。しかしこれらは単なる寄生者ではありません。これら外生菌根菌は栄養の乏しい環境で活躍し,荒廃地の緑化には不可欠の要素です。道北の天塩研究林では山火事跡の修復に取り組み,新しい植林地でのCO固定機能の向上に果たす共生微生物の研究を進めています。高COでは菌根菌の活動が盛んになり,ホストの樹木の成長を促します。一方,光合成の担い手である葉は通常10%程度が葉を食べる動物に消費されますが,CO濃度が高まれば蛾などの幼虫に消化不良を起こす物質の量が増加する現象も見られ,食害を介した種構成への影響が懸念されます。高いCOは,森林生態系で見ると別の課題を投げかけます。COの高い条件では,炭素が多く窒素の少ない葉や木材が生産され,その分解も問題となります。分解を担う土壌微生物などの研究が重要性を増しています。まさに事実は小説より「樹」なりであります。
 最後に森林全体のCO固定速度を見る場合,森林を一枚の葉のように考え,林内にタワーを建て,その上部,下部
方向へのCOの動きを見て推定しています。木の生長を測定する方法からでも樹木のCO固定量は算出できますが,森林としての値は出せません。土壌からの呼吸速度を測定する必要があります。しかし,土壌呼吸には根と微生物の呼吸量が含まれるので分離して測定するために根を切断するなどの様々な操作実験を行っています。
 このような考え方で,道央にある共同試験地をも出るとし,カラマツ林のCO固定機能を,永久凍土南限の中国東北部から中央シベリアへとスケール・アップすることを試みています。このようにフィールドを活用しつつさまざまなレベルと角度から森林のCO固定の全容を明らかにしようとしています。
 
 


海と魚を科学する北大の練習船
飯 田 浩 二
執 筆 者 紹 介
飯 田 浩 二
いいだ  こうじ
水産科学研究科
専門は音響資源計測学





海洋も北大が広範なデータを収集・分析するフィールドです。
 北大に,おしょろ丸(1,383トン)と北星丸(893トン)という二隻の練習船があるのを知っていますか。これらがどれくらいの能力を持つかというと,例えばおしょろ丸は106名分のベッドを持ち,最高速力13.5ノット(時速25km)で15,000海里(28,000km)の航続距離を有します。
図@ 世界の海で活躍する北大の練習船おしょろ丸と北星丸

 水産学部所属の2隻の練習船は,これまで主に船舶職員養成のための特設専攻科学生や同科進学志望学生の漁業実習と航海実習に用いられてきました。大学院重点化後は,全学科で乗船実習のカリキュラムが組まれ,海洋学,生物学,生産システム学等の実習教育が行なわれています。さらに大学院修士課程においても海洋環境や資源生態調査等の実習・研究航海が組まれており,大学院学生はもとより,教官も一緒に乗船し,現場で自ら実験を行って観測データを得ます。
 練習船を用いた海洋調査の特徴は,毎年,同じ時期に,同じ海域で実施することにあります。1970年代に始まった,おしょろ丸や北星丸による北太平洋での定点観測や定線観測による海洋調査データは,20年以上にわたって蓄積され,今,地球規模での気候変動と海洋生態系変動の謎を解く貴重な資料として,世界中から注目されています(図1)。
図A 計量魚群探知機に写った魚群反応とそれ  を直接観察するリモコン式カメラロボット

 地球表面積の70%を占める海は果てしなく広く,その深さは数千メートルに達します。人工衛星が世界の海を宇宙から観測していますが,ひとたび海の中へ入ると,そこは何千,何万種という生物が生息する暗黒の世界です。そこは未知の世界,不思議がいっぱいの世界です。
 では,海の中を調べるにはどうしたらよいのでしょうか。まず船が必要です。科学者自らが現場へ行って,観測をしなければなりません。海の深さは音響測深器,水温や塩分濃度はCTD測定器,動植物プランクトンを採集するプランクトンネット,魚類を採集する流し網やトロール網,時にはTVカメラを装着した水中リモコンロボット(ROV)が海中の探索に使われます。図Aは計量魚群探知機で得られた海中のエコーグラムです。水深約100メートルの海底上に生物らしき影像(A)が写っています。周波数による反応の違いから,浮袋を持たない微小生物であることが予想されますが,それ以上のことは分かりません。そこでROVを用いてこの物体に接近して観察したところ,これが体長2,3pのオキアミの群れであることが分かりました(写真A)。さらにオキアミ群の上には種類の異なる反応(B)が記録されましたが,ROVの観測の結果,これを捕食するスケトウダラであることも分かりました(写真B)。
 このように魚種や体長を確かめながら調査海域の資源量や生態を調べていきます。もちろん,調査の主役は練習船と,これに参加する学生や研究者です。
 世界の海で活躍する北大の練習船ですが,実は水産学部が特設専攻科を廃止するため,練習船北星丸を廃止しなければならなくなりました。しかし,うしお丸(128トン)という3番目の船が一回り大きくなってその役割を担うことになっています。21世紀に突入し,食糧資源としての水産物の確保はますます重要な課題です。練習船を用いた北太平洋やベーリング海の海洋調査が今後も継続され,次々と研究成果が生まれることを確信しています。
 
 


フィールド情報学の確立
−地球環境変動研究−
福 田 正 己
執 筆 者 紹 介
福 田 正 己
ふくだ  まさみ
低温科学研究所
北ユーラシア・北太平洋
地域研究センター
専門は雪氷学








 北大で地球環境問題に対応する新しい学問領域,「フィールド情報学」が生まれ育っています。
 2001年7月の気候変動枠組み条約会議(ボン会議)では,日本やヨーロッパ諸国の間で,温暖化効果ガスの排出を抑制するための京都議定書の発効について,ほぼ合意が得られました。1997年12月の京都会議(COP3)で議論され,先進国がどのようにして化石燃料燃焼による二酸化炭素放出量やその他の温暖化効果ガス放出量を減少させるか,いわゆる京都メカニズムと呼ばれる方法を採択しました。
なぜ京都議定書の発効がそれほど重要なのでしょうか。それは最近の温暖化の主要因とされる温暖化効果ガス放出を,数値目標を設定して,各国が協力しながら抑制しようとするはじめての国際的な取り決めだからです。地球の温暖化は,既に様々な兆候として検出されています。また温暖化に起因する変動,たとえば海面上昇や異常気象の多発が懸念されています。
 
図2 研究プラットホーム概念図

 どのようにすれば,日本は京都メカニズムの数値目標を達成出来るのでしょうか。 この問題を解決するのは,政治や行政だけではありません。温暖化効果ガスの発生とその放出量の定量的評価から,発生源の特定,発生量の抑制方法の確立といった,研究レベルでの科学的成果を取り込む必要があるのです。従来の大学での研究体制では,個別的な研究分野でなされており,総合的にそれを行う研究組織がありませんでした。
 2000年4月に,北海道大学に新しい研究組織が発足しました。北ユーラシア・北太平洋地域研究センターです。そこでは,自然科学・工学・農学といった分野の教官と社会・人文科学の教官が,共同しながら共通の目的達成型の研究を行っています。
 先に紹介した,京都議定書による温暖化ガス発生をどのように抑制し,また効果的に政策に反映させるかについて,現在共同研究を展開しています。
 20世紀までの大学での研究は,各分野ごとに個別に研究を深めてきました。しかし,地球温暖化や環境変動といった,従来にはない問題を解決するには,個別研究ではなく,総合的な研究展開が必要とされています。例えば温暖化の原因究明→将来予測→抑制技術開発→経済的効果や危機管理上の評価→政策への提言といった一貫した流れでの研究が必要なのです。
 そのために,異なる研究領域の成果を共有化する場が必要となります。そこで北ユーラシア・北太平洋地域研究センターでは,研究プラットフォームという概念で,問題解決型の共同研究体制を築きつつあります。また共同研究のやり方や考え方を「フィールド情報学」と呼んでいます。
 現在進行中の研究課題が,京都議定書による温暖化効果ガス抑制(京都メカニズム)の達成です。既に3カ年にわたり,シベリア永久凍土地域での森林火災とそれによる二酸化炭素放出や永久凍土融解過程の現地調査が実施されています。専門領域の異なる研究者グループが,現地で取得したデータは,共通課題の達成のために解析され,また他の研究者グループがそれを利用できるように編集され,情報化されます。データレベルでは,他の研究者にとっては利用が難しいのですが,共通の目的のために編集された情報では,それを読み替えたり,活用したり出来るようになります。これがフィールド情報学なのです。従来にはない新しい研究手法と概念が,今,北ユーラシア・北太平洋地域センターで展開しつつあります。温暖化ガスの発生メカニズムを調査研究するグループと,環境経済学のグループが同じテーブルで向かいあって議論しています。
 フィールド情報学こそ,北海道大学が生みだそうとしている,新しい学問領域なのです。
(北ユーラシア・北太平洋研究センターのホームページは http://www.nenp.hokudai.ac.jp