![]() 創基125周年記念事業の一環として,キャンパスの北側,旧馬術部跡地に「遠友学舎」が建設された。 「遠友学舎」の「遠友」とは,かつての「遠友夜学校」に由来する。「遠友夜学校」は1894年(明治27年),札幌農学校の2期卒業生であり,その3年前に札幌農学校の教授となっていた新渡戸稲造と萬里子(メリー)夫人が,貧しさから教育を受けられない若者たちのために,現在の札幌市豊平橋付近に開いた男女共学の夜学校であった。札幌農学校の教師や学生ボランティアによって支えられ(植物学者の宮部金吾や作家の有島武郎らもその仲間であった),1944年(昭和19年)政府の命令で閉鎖されるまでに何千人ともいわれる市民がその門をくぐったという。ちなみに,「遠友」は『論語』の「朋有り遠方より来る亦楽しからず乎」から名付けられたようだ(札幌遠友夜学校創立百年記念事業会編『思い出の遠友夜学校』)。 「遠友学舎」は,かつての,地域・市民と密接に結びついた北大の歴史を振り返り,新たな交流の拠点となることを目指して建設された。延べ面積450u,側面が大きくガラス張りとなった建物の内部には,4つの談話コーナー(会合の大きさに合わせて広さを選べる)と,ミニ・コンサートなど用途に合わせてテーブルや椅子の配置を変更できる,50人収容の談話ラウンジ,メモリアル・ライブラリーなどが設けられている。 木製の自動扉を抜けて室内に入ると,まだ新しい木の匂いと建物全体を一気に見通せる視界の広がりに印象付けられる。人間の交流を通して地域に貢献する「21世紀のモデルバーン」を目指そうというコンセプトから,大屋根は隣接するバーンの屋根と同じ勾配で,しかし新しい技術を用いて作られている。木材と鉄筋を併用するハイブリッド構造が雪国には珍しい,圧迫感のないスリムな架構を可能にした。部屋はそれぞれ仕切られているが,ガラスの壁を用いるなど敢えて完全に閉ざしてはいないため,建物全体が1つの部屋のようにも見える。開放感が大きく,通気も良い。
環境に配慮した工夫もある。冬場は屋根で暖められた空気を,夏場は涼しい風を,ダクトを通して室内に送り込む。また,温度の変化しにくいコンクリートの壁と,壁の外側で熱を遮る外断熱構造,温水による床暖房,断熱性能の高い木製サッシュ等を取り入れたことで,化石燃料を大量に使うことなく,夏は涼しく,冬は暖かい快適な室内環境を実現することができる。 遠友学舎が「交流の拠点」となるためには,大学関係者だけでなく,市民の利用も重要なカギとなる。これまでに学舎では,125周年を記念する諸行事のほか,教育学研究科の須田力教授らによる健康講座「遠友体育学級」や,北大オケの有志によるミニ・コンサートなどが催されているが,一般市民の参加者も多い。コンサートに参加した市民からは講演会,絵画展,コンサートなど,これからも様々な催し物を期待する声が主催者側に寄せられている。また,農学部の東三郎名誉教授の提案で学舎の前庭にエゾミソハギの植栽が行われた際にも,市民ボランティアの参加があった。 北大の過去と未来が融合する,新たなコミュニケーションの場として遠友学舎のこれからが楽しみである。 (文・浜井祐三子)
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