![]() 荒 磯 恒 久
今,経済の活性化の重要な切札として,大学と社会の連携強化の必要性が強く唱えられています。北大においては,従来より周辺の関連組織とも連携し,「技術指導」,「ライセンス供与」等の形で企業の支援活動を積極的に展開してきました。さらに近年,大学のシーズを基にした事業化が加速し,多彩なベンチャー企業を輩出,さらにそれらの集積による日本版「シリコンバレー」の創出が期待されます。 ここでは,こうした研究成果の実用化の動きを紹介し,また,連携システムの強化・機動化に向けて活躍中の先端科学技術共同研究センター(以下「先端研」と略す),コラボほっかいどう(北海道産学官協働センター)等の機能も交えて,新たな効果を生み出しつつある産学官連携メカニズムと利用の方法を紹介します。 1.進展する研究成果の実用化 まず,待望されてきた大学発の技術の産業化に向けての展開を,いくつかの分野の動きに見てみましょう。 《バイオベンチャーの誕生》 国立大学の教官の兼業が認められてから,第1号のバイオベンチャーは北大から生まれました。2000年9月,大学における「病気と遺伝子にかかわる研究」の成果を基に創立されたベンチャー企業「ジェネティックラボ」がそれです。
この企業では,病気診断を目的に患者の遺伝子の動きを調べるためのDNAアレイが開発されており,その基礎研究は北大先端研において共同でおこなわれています。このベンチャーには,代表取締役としての先端研・橋本客員教授をはじめ,医学研究科・吉木教授と遺伝子病制御研究所・守内教授が取締役に,そして小樽商大の教官も監査役として参画しています。 遺伝子の動きを解析する「ジェネティックラボ」に対し,同じく医学研究科・藤堂教授と遺伝子病制御研究所・小野江教授および上出教授による疾患遺伝子探索技術の研究をベースとして,ベンチャー企業「ジーンテクノサイエンス」も生まれています。 《進むバイオ技術の実用化共同研究》 こうした起業の動きの一方で,既存企業とのバイオビジネス展開に向けた,北大との共同研究も行われております。
地球環境科学研究科の山崎助教授が中心となり,1999年に民間企業と遺伝子を活用する方法を検討する「DNAチップ研究会」を発足させ,2000年4月以来「コラボほっかいどう」で共同研究を重ねてきました。今年度は民間企業と協働することにより事業化に成功しています。 北海道の基幹産業である農業を基礎として,地域と協力しながら新しい産業技術を作り上げる試みもあります。農学研究科の冨田教授のグループは,北海道地域の専門家が協力して研究をすすめる北海道地域結集型共同研究事業「食と健康」の中で中核的役割を果たしながら,カロリーが無くカルシウム吸収を高める働きを持つ糖−DFAIII(シクロエフスリー)−の大量生産方法を開発,特定保健用食品として1,2年内に商品化する予定です。 また最近,砂糖の仲間が鎖のように連なった糖鎖が新薬創成に画期的な効果をもたらすと期待されていますが,このほど理学研究科・西村教授を中心として,日立製作所,東洋紡との共同研究で糖鎖を自動的に合成する装置が開発されました。この装置は,新薬開発に飛躍的な効率改善をもたらすものとして期待されています。 《情報技術で生体機能を代替》
サッポロバレーという情報技術企業の集積を1つの背景として,情報技術分野でも民間企業との連携が活発です。電子情報技術を用いて,失われた生体機能を甦らせ「生体機能代行器」の開発研究が電子科学研究所の伊福部教授と鞄d制の共同研究により進められ,既に失った声帯に変わって声を作る器具が商品化《ユアトーン》と名づけられて世界に売り出されています。さらに伊福部教授は潟rー・ユー・ジーとの共同開発で,聴覚障害者のコミュニケーションを助けるために,コンピュータにより音声を素早く画面上の文字に置き換える装置を開発しています。これにより,国際的コミュニケーションの場で,数ヶ国語の通訳者の声を文字化し,話者の像に重ねて映し出すことが出来,聴覚障害者の国際会議への参加に威力を発揮します。特にこれらの応用分野の開発は,札幌という裾野の広い優秀なITユーザーと開発者の集積が活かせる分野でしょう。
《ナノテクノロジーの展開》 近年話題の多いナノテクノロジー分野においても,産学官連携を通し,現状では基盤的でありながらも,さらに連携強化により幅広い展開の可能性を持つシーズがいくつかあります。ここでは2つを紹介します。 工学研究科の武笠教授は,30巻の百科事典が1マイクロメータ角(毛髪の断面積の1万分の1程度)に記録されるような素子を実現するために,原子の1つ1つのスピンを用いる研究をしています。この研究の過程で世界初の,スピンを計測できる電子顕微鏡を開発,製品化が期待されています。 また理学研究科・長田教授のもとでは,高分子化合物の研究から,温度の変化により一定の形に変形させることが出来る物質を見出し,人工医療弁を開発しています。電気で加温することにより開閉させることができ,簡易医療用の人工弁,人工尿道,人工肛門として応用し,高齢化社会の要請に応えようとしています。 2.産学官連携のメカニズム 上記のような連携の成果はどのようなメカニズムを通して達成され,今後の展開へと発展していくのでしょうか。そのメカニズムを見てみましょう。 《基礎的研究の産業技術化と事業化に必要なシステム》
大学で行われている基礎的研究は,すぐに製品化や事業化に役立つのでしょうか。数年前には『企業に「ニーズ(要望)」があり,大学には「シーズ(種)」がある。この2つをお見合いさせれば産業技術が生まれる』という考えがありました。でもそれほど簡単ではありませんでした。それは大学で実施される研究の大部分である「基礎的研究」と製品化のための「産業技術化研究」は少し性格が違うからです。 右の図は製品開発にかかわる研究(産業技術化研究)と大学の基礎研究の関係を表したものです。 大学の研究は,研究者の問題意識(知的好奇心)によって進みます。では産業技術化研究はどうでしょう? 製品は社会の何らかのニーズを満たすものですから必ずはっきりした目的があります。また目的が達成されたところでその研究は終わります。このような点で大学の基礎研究とは違うわけです。そこで大学で産業技術化研究が展開されるためには,いくつかの新しい機能を持つシステムが必要になるのです。 基礎的研究を産業技術化研究に押し上げるにはどんな機能が必要でしょうか。その1つはリエゾン機能です。リエゾンとは『つなぎ』を表す言葉で,ここでは産業ニーズと大学にあるシーズのマッチングや,産学官プロジェクト研究のコーディネートが具体的な機能になります。また北海道では二次産業の蓄積が多くはありません。ですから,北海道にとってこれからの発展に繋がる戦略的テーマをつくることも大切です。そのようなテーマ設定もリエゾン機能の1つになるでしょう。 一方,大学の技術を民間企業に移す「技術移転機関」も必要です。技術移転機関の仕事の1つはTLO(Technology Licensing Office)機能という言葉で表しますが,大学にある産業技術化が見込まれる研究成果を基に特許を出願し特許化します。その特許を用いる企業を探し,技術を移転します。特許化した技術のマーケティングも重要です。技術移転機関のもう1つの仕事,OSR(Office of Sponsored Research)と呼ばれる機能も必要です。これは企業と研究者が受託研究あるいは共同研究契約を結ぶ際に契約に関するサポートを行う組織です。これらの機能により産業技術化研究への移行を促進することが出来ます。北海道では,北大の先端研をはじめとする,各大学の共同研究センターと北海道ティー・エル・オー株式会社(以下「北海道TLO」と略す)がこれらの組織に相当します。 産業技術化研究から事業化のステージへ移行するためには,資金が必要となりますが,北海道では地域にベンチャーキャピタルが創設されるなど活発な動きを見せています。特に研究者が事業化する大学発ベンチャーの起業などでは,経営支援のためのビジネススクール,法規を習得するロースクール,創業支援のためのビジネスインキュベーション機能の充実が望まれます。 《北大に集積する産学官連携機関の個性》 このような連携活動が有機的・機動的に展開していくよう,北大の北キャンパスを中心にいくつかの個性ある機関が設立されています。 まず,民間の共同研究機関である「コラボほっかいどう」が全国に先駆けて国立大学の敷地に設立されています。また科学技術振興事業団の「研究成果活用プラザ北海道」が,同事業団のプラザ事業の,これも全国に先駆ける第一期分として竣工し,さらに北海道立衛生研究所や工業試験場などの研究機関が集積しています。これらの産学官連携機関や研究機関はそれぞれ豊かな個性を持ち活動を展開しています。
大学の基礎的研究から産業技術化研究・事業化までのプロセスをさらに細かく見ると,基礎研究⇒応用研究⇒新産業技術の基盤研究⇒実用化研究⇒事業立ち上げへと進むことが分かります。一般には基礎研究・応用研究までが従来の大学での研究,その後が産業技術化の研究になります。こうした流れの中で,それぞれの連携機関の得意な領域を対応させると右の図のようになります。 先端研は基礎研究から事業立ち上げまでの広い分野の活動を行います。先端研に設置されたリエゾンオフィスは北大に蓄積された科学技術を融合し,社会のニーズにマッチさせて実用化研究・事業立ち上げに活かすコーディネーターの役割を持ちます。先端研にはリエゾンオフィスと共に実用化研究を目指す「プロジェクト研究領域」,次世代技術の基礎を戦略的に研究する「ニーズ育成研究領域」,バイオ系の研究を支援する「研究支援室」があります。センターでの研究から「ビジネスの芽」が出て来たプロジェクトは近接する「コラボほっかいどう」や「研究成果活用プラザ北海道」のビジネスインキュベーション機能の中で成長します。これらの機関は実用化研究と事業立ち上げを特徴としています。もちろん先端研から直接事業化の道を進みベンチャー企業に発展するものもあります。また道立研究機関は企業や生活と密接に連携する研究や試験,分析を行います。 北大・北キャンパスでは,このような個性豊かな機関群が集積することにより,産学官連携研究のさまざまな形態に柔軟に対応することができるのです。 《産学官連携ネットワーク》 ![]() 産学官連携活動が豊かな成果を出しつづけるためには,それぞれの機関が効率的・効果的ネットワークを構成してこそそれが可能となります。 北大が目指す産学官ネットワークは右図のようになります。 シーズ発掘段階では,北海道大学各研究科に配置され総長直下に組織されるアンカーパーソン(産学官連携責任者)が先端研と連動しつつ学内の研究者を掌握します。ここでは北海道TLOの活動および他大学の共同センターとも連携します。北海道TLOは北海道全体の技術移転を行う「オール北海道」を特色とします。このような活動では全道の統合データベースが強力なツールとなりますが,それについては北海道開発局と協力し現在構築を進めています。先端研あるいは北海道TLOに蓄積されたシーズ情報・研究者情報を企業からの産業ニーズ・技術相談とマッチングし共同研究プロジェクトの形成を図ります。共同研究プロジェクトからビジネスの芽を見出し「コラボほっかいどう」等と連携し実用化・事業化に結び付けていきます。一方,大学内で産業シーズを持つ研究者がスピンアウトしてベンチャー企業化を目指すケースでは,社会科学系の研究科,あるいは小樽商科大学ビジネス創造センターの協力,さらに地域のベンチャーキャピタルの協力によりビジネス化を図ります。 3.大学VS.ビジネス… 《いかにしてパートナーを見つけるか?》 ![]() 企業の方,大学の方に限らずビジネスを目指す方々,既に事業活動をしておられる方々の大学との連携に対する要請はさまざまな形を取ります。企業の方からは「何か相談したい」,「開発方法を知りたい」,「大学と共同研究したい」,「大学のシーズから新技術をつくり事業化したい」という要望があるでしょう。また学内教官や大学院生側からは「基礎研究を発展させて新技術をつくりたい」,「企業と共同開発をしたい」,「自分のシーズを事業化したい」,「シーズを特許化したい」,「ベンチャー企業を作りたい」などの要望が考えられます。 このようないろいろな要望をどこに持っていくと良いのでしょうか。北大は広く,学部や研究所,研究センターなどは全部で20ヶ所以上にもなります。学外の方は途方にくれるに違いありません。 そうです,先にあげた学外・学内のさまざまな要望を受け止めるのが先端研と北海道TLOです。
学外の方には先端研と北海道TLOが,それぞれの要望を研究者のいままでの成果が蓄積されたデータベースに照らし合わせ,さらに北大内各学部のコーディネーターであるアンカーパーソンの知識を借りて最適の答えを探し出します。 教官や学生の方の要望も先端研と北海道TLOが受けます。民間企業と共同して事業化しようとするときはパートナーとなる企業を探索します。さらにベンチャー企業を立ち上げようとするときには,経営の専門家や資金調達のためのベンチャーキャピタルを紹介します。 また先端研と北海道TLOは皆様の要望を待っているだけではありません。人々の暮らしを良くすることができる新しい科学技術の発展も支援したいと考えています。そのような科学技術は,大学の中では基礎研究の形を取っているのでなかなか見つけづらいものですが,先端研と北海道TLOは社会のニーズを先取りしながら学内の基礎研究を見つめて次世代の科学技術を担う独創的な研究を発掘しようとしています。このような研究には産学官共同プロジェクト研究の組織化や研究成果の特許化を支援していきます。 先端研と北海道TLOはすべてに対応する総合窓口です。多くの方々の活用をお待ちしています。 |