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〈世界〉と〈私〉の共振
「皆さんには良い『市民』に
なってもらいたい」 |
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2000年法学部卒
赤江橋 直美
Akaebashi Naomi
志学会 国語科 主任 |
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入学当初ある講義の最初に聞いた一見何の変哲もないこの一言が,北大で「役に立つ知識」を,と漫然と考えていた私を一瞬にして変えた。この一言は,「なぜ学ぶのか」という問いに対する本質的な答えを明示していたように思われたからだった。これまで学んできた,そしてこれから学ぶであろう「知識」は,他者から抜きん出るための「競争の道具」ではなく,社会の中で他者と有機的に連帯していくための「共生の道具」なのだ,と。ここには何か一味違った本物の「知」がある,という衝撃を受けた一瞬だった。
私にとって,大学という場所は,自分の主張を組み立てるための論理的思考力や情報収集能力,言い換えれば「武器としての言葉」を鍛える場所であった。ただ,そうした技術は,指針があって初めて生きる。教養教育とは,その「武器」を,何(誰)のために,どのように使うのか,その指針を決め,知識を統合する「市民的センス」を磨くためのものではなかろうか。専門教育が「虫の目」を養うためのものだとすると,教養教育は「鳥の目」を養うためのものだと言ってもいいと思う。
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職場にて,塾生達と。
(前から2列目・右端が筆者) |
また,私は北大で「知る」こと自体の知的興奮も味わった。自分の疑問に従って学んでいくと,そのうち世界がちらりとその秘密を見せてくれる瞬間がある。その瞬間の快感,これは私にとってこの上なく刺激的な経験であった。一度その快感を味わったが最後,それは麻薬のように私を魅了する。ただ,そうした知の快感は,常に喜ばしいことではなく,ときに私の存在意義を根底から覆す「負の自己相対化」の危険も伴う両刃の剣である。しかし,一度蒔かれた知的好奇心の種は決して枯れることはない。時にそれは猫を殺すことがあるかもしれないが,おそらくこの快感から逃れられることはないだろう。北大が私にくれた最大の贈り物は,この危険な知的好奇心だったのかもしれない。 |
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| 建築設計と教養 |
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1981年工学部 建築工学科卒
奈良 顕子
Nara Akiko
(有)奈良建築環境設計室 室長 |
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建築設計の仕事は,背景で,幅広い知識に支えられている。建物の用途や建築主の職業・趣味・希望は多岐にわたり,その都度,意思疎通がスムーズにできるようにそれぞれの専門用語を調べる。仕事は,人それぞれの価値観や物事の優先順位の違いを理解するという思考,言い換えれば教養による判断から始まり,希望する内容を法的に可能な範囲で,デザイン的・構造的・設備的に整理して形に組み立てていくのに,専門知識を使う。
改めて,日々の仕事の中に,私が大学で受けた教養教育がどのくらい活かされているかを考えると,直接的ではないが,根底に根付いていると思う。いろいろな学問に接し,一つの物事に対する多様なアプローチの仕方,角度を変えた考え方に触れたことは,もちろん無駄にはなっていない。
専門分野を含めて大学教育では,事象の調べ方・調査の仕方を学んできた。受けた授業内容を全て記憶しているわけもなく,だが,どの本を開くと答え・ヒントが得られる,この例に沿って解いて行くことができる等,解決への方法の基礎を学んだ。そのことに終点はなく,今も現在進行形で,新しい問題の解決への方法を模索し続けている。
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| 趣味はガーデニングと犬 |
世の中はすごいスピードで,情報社会へと変わった。知識をためる・調べる・伝える・表現する道具として,コンピュータが当たり前の存在となった。私が学生だった時は,大型計算機センターがあり,北大中の人がそこに,何十・何百枚の入力カードを片手に並んで順番を待っていた。今思うと,あれは何だったのだろうというほど,時間がかかった。また,携帯電話の普及も著しい。携帯電話のなかったときには,現場でどのように連絡を取り合い打ち合わせをしていたのか,思い出せない。
しかし,道具は変わっても,物事の考え方の論理的基本は変わらない。 |
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