・・・・【 道 路 】・・・・ 災害をいかに予知し防ぐか,
災害からいかに復興するか,人類は知恵をしぼってきた。

人類とはそうして災害から生き延びてきた生物にほかならない。
いま大学が,災害と闘う人知の到達点を発信する。

豊浜トンネル崩壊事故と
積丹半島の岩盤

道路の安全と地質学
川村 信人
Kawamura Makoto

積丹半島海岸部の急崖とその下をトンネルで抜ける国道229号線
◆はじめに
 1996年2月10日,積丹半島を走る国道229号線の豊浜トンネル坑口付近で発生した岩盤崩落・崩壊事故は,犠牲者20名を出す大きな事故となりました。日ごろなにげなく通行している国道トンネルにこのような大きな危険性があるということは,市民社会からの強い関心を集めたばかりではなく,地質学の研究・教育にたずさわる私たちにも大きなショックを与えました。

◆岩盤崩落面の形成と割れ目系
 豊浜トンネル周辺の海岸部の地質は,約1000万年前の海底で形成された水中火山岩の地層からできています。この岩盤の中には,さまざまな形態と成因をもつ割れ目が存在しています。それらの割れ目は,岩盤に働く重力の作用や応力解放(一度加わった力が除去されること)あるいは風化作用などによってしだいに進展していきます。割れ目がある程度進展すると,岩盤の重さを支えきれず一気に破壊が進行し岩盤崩落が起こります。
 豊浜トンネル坑口上方の岩盤が崩落した面の上半部は風化が進んで変色しており,崩落以前に既に上から開口していた割れ目でした。その割れ目は,崖下から見上げる通常の道路点検では確認できない位置にあったと考えられます。


図1 積丹半島のリニアメント 図2 岩盤の中の潜在割れ目と海岸部の急崖崩壊のモデル図

 それでは,岩盤中に割れ目があるということは,どのような地球的な背景を持っているのでしょうか? 
図1は,積丹半島の立体陰影図です。この図を見ると,積丹半島の大地には,いくつもの直線的な模様(リニアメント)があることが分かります。積丹半島のリニアメントには,いろいろな方向のものがありますが,半島の長軸方向(北西〜南東)と,それに斜めに交わる方向(東北東〜西南西)の2つがおもなものです。北海道周辺では約百万年前から,東西方向に大地が圧縮される力が働いていたとされています。これらのリニアメントは,その大きな力によって大地が破壊されて作られた「割れ目系」なのです。
 豊浜トンネルの岩盤崩落面は,実は積丹半島の岩盤に約百万年前から潜在していたこのような古い割れ目系を母体としたものであると考えられています。これらをモデル図にあらわしてみました(図2)。

豊浜トンネル事故と
裁判 村上 裕章
Murakami Hiroaki

 豊浜トンネル事故の犠牲者の遺族が提訴した国家賠償訴訟について,札幌地裁は2002年3月29日判決を下した。原告がトンネルの設置管理に手落ちがあったと主張したのに対し,被告国はトンネル崩落は予測不可能だったとしながら,非常通報設備の利用方法が十分周知されていなかったことは認めていた。判決は通報体制の不備を理由として国に賠償を命じたが,原告の請求が認められる以上,それ以上の判断を行う必要はないとした。原告と被告は控訴せず,結局トンネル崩落についての責任は不明のまま判決は確定した。
◆地質学研究者の社会的責任
豊浜トンネル崩落事故の直接の原因や詳細なメカニズムについては,多くの研究者や機関が検討を行いましたが,良く分からない点が多いというのが実状です。しかし,それらの検討から明らかになってきたことは,上に述べたこと以外にもいくつかあります。例えば水中火山岩からなる崖は比較的崩れにくいため,高くて急な崖(写真)を作る傾向が強く,その結果として崩落の規模が大きくなりやすい,豊浜トンネル周辺の海岸では,規模の大きな崩落が,ここ数十年の間にもしばしば発生している,といった点です。
 実はトンネル建設や道路管理・防災などの分野でこのような点がはっきりとした形で認識されるようになったのは,豊浜トンネル崩壊という痛ましい事故が起きてからのことだったのです。岩盤災害の原因究明とその予測には,地球的な観点を持った地質学の知識と考え方が必要不可欠です。しかし,地質学という研究分野が自然災害の予測や防止という社会的な課題・ニーズに十分に応えているとは必ずしも言えないのが現状です。このような社会的な責務にどう的確に対応していけるのかが,われわれ大学の地質学研究者にも問われています。

理学研究科講師









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