「遺伝子は生命の設計図である」とよく説明されています。
確かにそのとおりなのですが、ただこの説明では遺伝子は生命とは別にあるものとの印象を与えますし、また生命とは何か、については何もふれていません。
この小文では、遺伝子と生命の関係について、
生命の起源についての現在の知見を紹介しつつ考えてみます。
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| 図1:我々の先祖と考えられているRNA分子の基本構造。4種類の塩基(アデニン、シトシン、グアニン、ウラシル)がかなりの数重合したものです。塩基の並ぶ順番を塩基配列と呼びます。実際の先祖では、塩基はある特定の順番で並んでいたはずです。なお、矢印で示したOHがHに置き換わったものがDNA分子です。 |
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我々は母親の卵子と父親の精子に由来し、そして我々の父親も母親もその両親の卵子と精子に由来します。従って、父親側、母親側の別はあるものの、我々は自身の系譜を辿ることができます。さて、我々の系譜を辿ってゆきますと、数億年前の先祖は海の底を這いずり回っていたようですし、さらに数億年遡ると、ゾウリムシのような単細胞生物だったようです。さらに十数億年か数十億年前になると、単なるRNA分子だったと考えられています。RNA分子はDNA分子と非常によく似た構造を持ち(図1)、RNA―RNA間でも、またDNA―RNA間でも、情報(塩基配列)を交換することが可能で、現在の生物においても重要な働きを担っています。
RNA分子が生命の起源であると考えられている理由は、RNA分子には、周囲にある素材を捕捉し、それを組み合わせて自らと同じものを作成する、すなわち自己を複製する機能(もう少し詳しく述べますと、複製の化学反応を触媒する機能)、を持てる可能性があるからです。もっとも、どのRNA分子もそうした機能を持てる訳ではなく、ある特定の塩基配列を持った極めて少数の分子だけが持つことができたと思われます。一方、DNA分子はそういう機能をおそらく持てないか、持てるとしても機能的に相当劣るだろうと思われます。ともかく、この説が正しく、RNA分子のあるものが自己複製できるならば、それはもう生命と呼んでよいのではないでしょうか。そうすると、そのRNA分子(それは自らを複製するための情報を担った遺伝子でもあります)は生命の設計図というよりも、生命そのもので、そして、この時点では、遺伝子と生命は同義と言えます。
さて、このRNA分子ですが、現在の生命体で重要な役割を担うタンパク質などの分子と同様、かなり壊れやすいという側面を有しています。そうした分子がある期間存続したということは、複製が崩壊を上回ったか、少なくとも複製と崩壊が平衡状態にあったということです。では、この原始RNA分子がどのようにして現在の生命へと変化(進化)していったのでしょうか? もし原始RNA分子の複製が完全で、全く間違いが起らなければ、このRNA分子はなんの変化もせず存続したでしょう。しかし、RNA分子の複製は、現在の遺伝子の複製と同様、相当に正確ですが、時々間違いが起こります。そうした間違いを持った分子のなかに、元の分子より、より効率的に複製し、またより安定したものがあったならば、それは古い分子を駆逐し増加していったはずです。生命の歴史ではそれが起った訳です。では、生命の歴史における効率的複製と安定性を獲得するための大きな変化とはどのようなものだったのでしょうか。
第一の大きな変化はタンパク質を作成したことだと思われます。それまで裸同然だった自ら(RNA分子)を、自ら作成したタンパク質で被うことにより自らの安定性を高めたと考えられます。さらに、そうしたタンパク質のなかには触媒としてRNA分子より効率的に働くものもあり、RNAの複製、タンパク質の生成を肩代わりし、複製効率も上がったと推測されます。つまり、RNA分子はタンパク質作成のための情報(遺伝情報:設計図)を持つようになり、こうして作成したタンパク質はRNA分子の安定化と複製効率の上昇をもたらしました。また、こうしたタンパク質との結びつきと相前後して、RNA分子の持つ情報をより安定な分子であるDNAに写しかえたDNA--RNAタンパク質複合体が現れました。その後、この複合体がさまざまに改変され現在の生命体へと進化しました。
このように、生命とは自らを複製することにより、増えることが可能になったシステムに与えられた名称で、遺伝子とはそのシステム構築のための情報を担っている分子に与えられた名称と言えるでしょう。そして、原始においてはそれは同じものでした。また、生命体が現在のように複雑化したのは、その複製、すなわち伝達・遺伝に間違いが生じ、その結果生まれた変異体に淘汰が働いたからです。
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| 地球環境科学研究科教授 |
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