図1.雄ハツカネズミの分裂中期染色体。1本の矢印で示すX染色体と、2本の矢印で示すY染色体以外は常染色体と呼ばれる。XとY染色体の相対的な大きさと各々が持つ遺伝子の種類は人類の場合とほとんど同じである。この細胞では各染色体を識別するために特別な染色を行っている。
 遺伝的な性は卵が2種類ある精子のいずれと融合するかによって偶然に決まる。X染色体を持つ精子(X精子)で受精すると女に、Y染色体を持つ精子(Y精子)で受精すると男になる。男も女も全染色体の95%を占める22対の常染色体は全く同じである。違いはX染色体が女性での2本に対し、男性では1本となり、Xが少ない分Y染色体が増えている。顕微鏡下では、Y染色体は(図1)かなり大きく見えるが、実際には2〜3万とされるヒトの遺伝子総数の0・1%程度の遺伝子しか持たないので、男性は女性に比べてX染色体がほぼ一本分足りないことになる。細胞の全DNAの約2%に相当する。Y染色体の端に男性決定遺伝子SRYがある。この遺伝子が間違ってX染色体に移動すると、女性になるはずだったXX受精卵は男性に、SRY遺伝子を失ったY染色体をもつXY受精卵は女性になってしまう。
 SRYが、他の遺伝子の働きを調節する、転写因子を作り出すことまでは突き止められたが、どの遺伝子が調節されているのかまだ分かっていない。約半世紀前、 Jostはウサギ胎児が雄として分化するためには、男性ホルモンによる積極的な誘導が必要であることを示した。雌では卵巣のほかに輸卵管、子宮、膣などの内部生殖器と外部生殖器が形成される。一方、雄では精巣のほかに精巣上体、輸精管や付属腺が分化し、雄特有の外部生殖器が形成される。これら雌雄の生殖器は一部を除き、同じ原材料を使って形成される。卵巣や精巣になる前の、まだ未分化な性腺を除去すると、XY胎児は卵巣こそ持たないがその他の面では雌型になる。ところが未分化生殖腺除去後、男性ホルモンであるテストステロンを与えるとXXの胎児も雄型になる。つまり、性染色体の構成にかかわらず、ウサギ胎児は雌に分化するようにプログラムされており、SRY発現に始まる一連の反応の結果、やがて大量に産生されるテストステロンが雄への分化のハンドルを切る。ウサギにおけるこの発見はやがてヒトとマウスでも証明された(図2)。テストステロンは、男の子を無鉄砲にしたり、病気に対する抵抗力を下げたりするという。
図2.性の決定と分化の概略。XY個体が男性になるためにはSRYの発現に始まる一連の誘導が必要である。女性ではミュラー管より輸卵管や子宮が発達するが、ヴォルフ管はテストステロン依存性のため発達しない。男性では豊富なテストステロンに反応して、ヴォルフ管から精巣上体や輸卵管が発達するが、ミュラー管は精巣から分泌されるミュラー管阻害因子のために消滅する。
 Y染色体はX染色体が縮小・退化して生まれた。雄では実質的に1本になってしまったX染色体が、2本ずつある常染色体とのバランスを保つために、2倍の働きをするようになったらしい。すると、雌には2本のX染色体があって実質4本分に相当するので、1本は発現を停止せざるを得なくなる。この発現停止がX染色体の不活性化という現象で、個体発生の初期に各細胞でX染色体のどちらかがランダムに選ばれて不活性となる。細胞分裂が起きてもこの状態は変わらないので、女性は精子由来のX染色体が活動している細胞と、卵由来のX染色体が活動している細胞が混ざり合ったモザイクとなる。このため、X染色体上にある遺伝子の異常が原因で起こる知的障害、色覚異常、血友病、筋萎縮症などは男性にはそれほど珍しくはないが、女性はたとえ因子を持っていても、異常遺伝子が不活性になるために異常を示さない細胞がほぼ半分あるので発症しにくくなる。女性の寿命が長いのは単にライフスタイルの問題だけであろうか。
 男女間の生物学的な違いは明白である。分娩・育児という大役を果たさなければならなかった女性と、それを免れた男性の間に起こった日常生活での分業が生物学的差を社会的、文化的に更に拡大させる一要因となったに違いない。性は偶然決まるのに、いわれない差別のために能力を十分に発揮できない女性がいるとすれば、個人のためにも社会のためにも大きな不幸・損失といわねばならない。科学的知識の普及が社会通念を変え、男女ともに望み通り、自由に能力を発揮できる社会が実現することを期待したい。

 
地球環境科学研究科教授




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