「天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。生まるるに時があり、死ぬるに時があり、…」と旧約聖書(伝道の書3章1―2)にも書かれているように、予め定められた「時」かどうかは別としても、すべての生物には誕生と死の時がある。誕生と死の間に、生命が営まれ、この間、からだの中では「生物時計」が時を刻む。この生物時計のメカニズムが、現在、急速に明らかにされている。
 一部のバクテリアからヒトに至るまで、地上のほとんどの生物には、昼夜の変化と一致したリズムがある。ヒトは昼間活動し、夜に睡眠をとる。ゴキブリやネズミは夜に活動し、昼間は休息する。このようなリズムは、地球の自転に伴う明暗や気温の24時間変動が作り出した現象ではなく、体内の「生物時計」が作り出したものであり、光がその周期を24時間にリセットしている。その証拠に、真っ暗闇や、一定照度のもとにおかれると、生物は24時間とは少し異なる周期、すなわちサーカディアン(約1日の)リズムを示す。ヒトの生物時計に関する研究も、最初は光の差し込まない地下深い洞穴で、その後は、外界の周期性から隔絶された時間隔離実験室で行われた。その結果、ヒトの生物時計の周期は約25時間であり、朝の明るい光で24時間にリセットされることが明らかとなった。
 哺乳動物の生物時計は脳底部の「視交叉上核」とよばれる小さな神経核に存在する。この神経核が破壊されると、動物はもはや一生、昼夜のリズムを示すことができなくなる。このような動物が自然界で生き残るのが難しいことは、想像に難くない。
 生物時計が時を刻むメカニズムは、長い間不明であった。その謎を解く鍵となったのは、サーカディアンリズムを持たない突然変異体のショウジョウバエの発見にある。1984年に、このリズム消失の原因遺伝子が明らかになり、時計遺伝子―時を刻む遺伝子―の研究が本格的にスタートした。1997年には、暗闇にいると行動リズムが消失するリズム変異マウスを用い、哺乳動物最初の時計遺伝子「クロック」の配列が解読された。現在、哺乳類では7つの時計遺伝子の存在が明らかにされている。細胞内では、時計遺伝子を読み出してメッセンジャーRNAを合成し、その配列をもとに蛋白を作り、そして、作られた蛋白が、自分自身の遺伝子読み出しを抑制する。この分子フィードバックループによって、約24時間のリズムが作り出される。
図1:マルチ電極ディッシュ上に分散培養したラット視交叉上核神経細胞の活動期と休息期の活動電位(a, スケールは0.2秒、20μV)と 顕微鏡写真(b)。楕円形に光っている細胞体から長い突起が伸び、ディッシュの表面を覆っている。黒い四角は電極(50×50μm)。

図2:正常のマウスと時計遺伝子変異マウスの行動リズムと神経活動リズム。明期12時間(黄色枠)の明暗サイクルのもとでは夜行性のリズムを示すクロック遺伝子変異マウスは、連続暗の恒常条件では行動リズムが消失する。しかし、視交叉上核神経細胞を培養すると神経活動には約28時間周期のリズムがある。一方、正常マウスでは、行動も神経細胞も、約23時間のリズムを示す。右の写真は回転輪で行動リズム測定中のマウス。
 
 哺乳動物の生物時計、視交叉上核を切り出して培養すると、神経細胞は数ヶ月もの間、培養皿の中で安定したサーカディアンリズムを刻む。培養皿の中央に64個の微小電極が並んだ「マルチ電極ディッシュ」に視交叉上核の細胞を培養すると、1つ1つの神経細胞が固有の周期でリズムを刻み、それぞれの細胞が独自の時計を持っていることが分かる(図1)。そこで、クロック遺伝子の機能を調べるため、遺伝子変異マウスの視交叉上核を切片にして培養してみると、多くの神経細胞が27〜28時間という長い周期のリズムを示し、一方、神経細胞を1個ずつバラバラに単離してから培養すると、一部の細胞だけが、やはり、長周期のリズムを示すことが分かった(図2)。つまり、「生物時計」は、リズムを刻み続けることのできる「時計細胞」と、そこから情報を得て一緒に振動する細胞が、一定の配列で集団を作っており、遺伝子異常により非常に長い周期を発振するようなったマウスでは、もはや「生物時計」から行動にリズムを伝えることができなくなったわけである。
 このように、遺伝子がリズムを発振し、「生物時計」が、睡眠覚醒をはじめ、自律神経、酵素活性、体温、ホルモンなど、様々な体の機能にサーカディアンリズムを作り出しているメカニズムが、今、明らかにされつつある。私たちの脳底の神経細胞が、チクタクと時を刻み、体に時刻を知らせることを想像するのも楽しいではないか。
医学研究科助教授



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