生き方と死に方をもとめて

 現代の多種多様な社会運動の中で、生と死に関わる市民団体(※注)の多さが目につく。その団体の多さと多様性を見ると、単に医療技術の変化や社会の高齢化に伴う社会経済的な問題、あるいは葬送儀礼や墓制といった個別的領域での変化がこの種の運動の背景にあるばかりではなく、人間の生き方と死に方の全体に生じている重大な変化がそこに象徴的に現れているように思われる。人はいま、生を送り死を迎える仕方を見失っており、それをさまざまに模索しているのである。

一生の過ごし方に関する社会的な観念
図1

図2

図3

 人は通常、「人間とは何か」「人生はいかに生きるべきか」を全くの白紙状態から理論的に考察して自分の生き方を決めるわけではない。人が生まれ落ちるそれぞれの社会には、予め特定の生活の形が存在し、それに対応して一生の過ごし方のレパートリーが備わっている。人は成長する中でそれを内面化し、自分にもできそうなものを選び、適宜変形させて自らの生き方とするわけである。そのような「一生の過ごし方」観は、まず、日常の何気ない会話の中に結晶している。朝、会社に出勤する夫に向かって妻が「あなた、拳銃は持った?」と問えば、この言葉はその社会について実に多くのことを語っている。同様に、「赤ちゃんじゃあるまいし」「年甲斐もない」「さすが年の功」といった言葉は、一定の人生像に沿った役割期待を表明している。社会の人生像を表す最も典型的・普遍的な象徴は、通過儀礼(=誕生・成人・結婚・引退・死亡などの人生の節目で行われる儀礼)である。さまざまな表現形態の中でも、最も包括的な形の人生像は、伝統的にはしばしば宗教によって与えられてきた。それは通常は教説の形をとるが、図像で表現されることもある。図1は、十四世紀以降全ヨーロッパに広く普及していた人生段階図の一つである。それらは、人間の生涯の過程を示し、人生全体についての基本的な知を伝えようとした。図2は、日本の各地に伝えられている「熊野観心十界曼荼羅」の上部半分である。細部の違いはあれ、その基本的な社会的機能はほぼ同じである。

変わる生活と崩れる人生像

人生像の伝統的な諸表現には、人々が共有していた観念が凝縮され、それゆえ人はその意味するところを共感を持って受容できた。しかし今、命のあり方は根底から変わってしまった。図3は、年齢別死亡分布の模式図である。人類発生以来二十世紀になるまでは、下のパターンであった。私見では、これは人類史に生じた最も激烈な変化である。乳幼児は死なずに年寄りだけが死ぬ。かつて人は、子育てを終えてほどなくして死んだが、今はそのあとに戸惑うほど長い余生が待っている。人は一人の伴侶と約半世紀という気の遠くなるような時間を共にする。かつては死を覚悟する病があったが、今は覚悟すべき機会が不分明になった。かつて生き方は一定の範囲の中に収まっていたが、社会が高度に分化し、伝統の拘束が緩んだ結果、人は生き方の過剰な選択肢の中でかえって生き方を決め難くなっている。生き死にに関してすべてがアモルファスになっているこの事態は、一定の社会的人生過程へと再度収斂するまでの過渡的状態なのか、それとも人類がはじめて踏み込みつつある新しい段階なのかは、今のところ誰にも見極められない。

文学研究科教授

※注:生と死に関わる市民団体としては、尊厳死協会、安楽死協会、ホスピス・緩和医療に関係する団体が全国各地で活動をしている。また、高齢者の在宅ケアや介護に関わる諸団体も多い。さらに札幌でみると、「葬送を考える市民の会」「葬送の自由をすすめる会」「現代北の葬儀研究会」といった葬送墓制を問題とする諸団体が活動している。「生と死を考える会」のように、死の準備教育や死別ケアを主な活動としながら、生死の全般を問題とする団体もある。



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