ほぼ二〇年にわたって学内外の人びとから慈しまれてきた絵葉書集「北大に咲く花」は、北大の誇るべき小さくも珠玉のような文化遺産のひとつであるといって言いすぎではない。周知のように、この絵葉書集を飾る草花の写真は、元学長今村成和先生の手になるものである。その一枚一枚から、小さな花々とそれらを活かし続けてきた北大の自然とに対する今村先生の深い愛惜の念が伝わってくるように感じるのは私だけではないであろう。実際、先生ほどこのキャンパスの隅々を日々飽かず歩きつづけられた方はいないように思う。今村先生追想集『また、時は流れて』などからも、カメラを携えて小さな花々の棲む路傍に目を配りつつ、学内を散策される先生の姿が彷彿させられるのである。
しかし、時は移りキャンパスも変貌した。今、「北大に咲く花」を片手に構内を歩いたとしても、はたしてそこに写された花々のどれだけを人は実際に見つけることができるのであろうか。そもそも今村先生が朝夕散策を楽しまれた「路」自体が、大きく変わり、かつて草花を湛えていた「路傍」自体が失われてしまった。往時、「路傍」は、散策路のかたわらに静かに佇み、その向こうには田畑や原生林が広がっていた。そのわずかな空間――小さな自然――にこそ、今村先生のこよなく愛した野の花々はひそやかに息づいていたのであった。今やこれらの「路」は、ことごとく舗装され、「路傍」も、あるいは煉瓦を敷き詰めた舗道に、あるいは自動車通行路の「路肩」に成り下がってしまった。かくして「路傍」が消失してゆくとき、「北大に咲く花」もしだいに姿を消してゆかざるをえない。すでに失われたキャンパスの貌をとどめているという意味で、「北大に咲く花」は、文字通りの遺産になってしまったといわなければならない。
こうした「路傍」の「路肩」への変貌のうちに、北大における「土建国家ニッポン」の現れを見ることは容易であろう。しかしこの変貌が象徴するものは、それにつきない。いうまでもなく今村先生は、わが国一級の行政法学者であった。先の追想集からも、まず思い起こされるのは自他に厳しい研究者、教育者としての姿であり、合理主義的な思念を徹底させた社会科学者としての姿である。しかし優れた科学者、研究者には、合理性や効率の観点からは、およそ説明の難しい一見些末な愛着や習慣や趣味を大事にしていた人が少なくない。「北大に咲く花」は、人間の営みに身を寄せるようにして息づく小さな自然に目を向ける今村先生の人間的な「ふくらみ」を伝えてくれている。大行政法学者今村先生と目を細めて野の花を愛でる今村先生との取り合わせには、ただほほえましいという以上の意味があるのであろう。
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おそよ科学や学術が、真に人間的であり、創造的であるためには、研究対象となる事象のみに狭く関心を限定して、ひたすら合目的的な論理を展開してゆくだけではすまない。今、北大人の多くは、一瞬を惜しんで、近年急増したキャンパス内の様々な施設のあいだをせかせかと自動車や自転車で飛び回っている。かくして路傍と散策は、大学文化から失われてゆく。「北大に咲く花」は、なによりも大学における精神生活から失われてしまったものを指し示す記念碑なのである。
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