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第一農場の東、理学部6号館研究棟の玄関横に、小麦研究記念碑があります(左下の写真)。記念碑の周辺には、かつては、手稲山を望む広大な農場が広がっていました。この場所で開始された小麦の研究が、パン小麦の辿ってきた道を明らかにしたことをご存知でしょうか? 北海道大学の農場には、札幌農学校の時代から麦類の種ならびに品種が多数集められていました。これらの材料を用いて、坂村徹博士(1918)は正しい小麦の染色体数を始めて明らかにしました。さらに、木原均博士(1919)が小麦5倍体雑種の研究から、「ゲノムとは生存に必要な最小の染色体セットである」というゲノム説を提唱しました。また、木原博士は「地球の歴史は地層に、生物の歴史は染色体に記されてある。」と考えました。この考えは、ゲノム研究として、その後のすべての生物の進化研究に引き継がれています。 パン小麦は3つの違った種類のゲノムをもつ6倍体植物です。異なるゲノムをもつ植物を交雑して、その雑種の染色体を調査すると、どのようなゲノムをもつかを知ることができます。この方法によって、パン小麦は4倍体小麦と野生のタルホコムギが交雑してできたことが証明されました。小麦研究記念碑の石碑には、外側に3つの丸いストーンが配置されています。これらのストーンは3つの異なるゲノムを意味しているのです。 その後、タルホコムギは小麦畑に実際に生育しており、自然に交雑が起こってパン小麦が生じることが中近東でのフィールド調査で明らかになりました。小麦研究記念碑から、長い年月をかけて人が育んできた作物の生い立ちについても思いを巡らすことができるでしょう。 |
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