知の社会的還元
伊藤  始まったばかりの試みで、こんな質問は早いのですが、先生はこの機構の最終的な目標をどのようにお持ちですか。
長田  まず創成科学が中核となって知を創造することです。そして、これまでの大学に欠けていた、知の社会活用です。最終的にはビジネスということになるのでしょうけれど、日本の大学はそこへの過程に不慣れでした。たとえば特許を取る。取ったあとも、それをどう民間に受け渡していくかなど、まったく未経験です。欧米の大学ではすでに行っていることです。
 現在の不況下の日本では容易なことではありませんが、そういう流れをつくれば、創成機構で創造された知が、こんどは社会で活用されることになります。それは北海道の活性化にも繋がるし、北大の財政にも役立つことです。その財政をフィードバックしてまた創成機構の研究を充実させれば、サイエンスはさらに発展するでしょう。こうしたフィードバック可能な形にするのが私の希望です。
伊藤  私のなかでも夢がふくらんでくるような気がします。
野口  科学技術基本法では50年で30人のノーベル賞が目標とされ、最近は全国の大学でも受賞者の話題が聞かれます。この機構としてもノーベル賞は目標にありますか。
長田  とくに目標にはありません。ただ結果として、優れた研究があれば、しっかりアピールすることは大事だと思います。北大からノーベル賞の可能性は十分にあります。ぜひそんな研究活動を推進したいですね。ノーベル賞までいかなくても、それに準ずるような賞に値する研究をどしどし生み出したいものです。

      これからの大学に求められるもの
伊藤  研究には基礎と応用があり、学内にはまだ顕在化していない優れた基礎研究があるのではないでしょうか。
 一方で私はよく学外の方から、大学はまだ垣根が高くて、いまどんな研究がされ、どんな技術が完成しつつあるのかわからない、研究開発の相談にもなかなか応じてもらえない、と言われます。北大の研究の活性化という観点からも、この機構と社会との繋がり方をどのようにお考えでしょうか。
長田  民間会社でもさまざまな研究が行われています。そうした研究を応用とすれば、私は基本的に、大学は基礎研究を重点にすべきと考えます。大学は決して民間会社の考え方や手法をとるべきではないし、双方が同じような研究をしては、新しいサイエンスもテクノロジーも生まれません。
 ただ、大学の基礎研究のなかでも、たとえば宇宙の構造を調べることと半導体の微細加工の研究では若干事情が違うと思われます。サブミクロンの加工が可能になれば、即、民間に移せます。しかし星の探索はそうはいきません。ロケットの打ち上げのための軌道計算や燃料の開発、ロケットの材料の強度研究などいずれも基礎科学です。しかし宇宙科学という基礎研究の過程でも、優れた材料ができれば、即、実用研究や応用研究ということになります。だからといって基礎研究から応用研究と実用化研究というワンウェイでいくとはかぎりません。トランジスタの研究から半導体科学という基礎研究が生まれています。研究において基礎と応用はいつも双方向の関係なのです。
 それから、これからの大学に求められるのは、社会との繋がりをより以上に意識することだと思います。基礎研究という名のもとに、一般の市民は関心がないだろうとか、研究の内容を知らせる必要はないだろうと考えるのは間違いです。知を創造していて、それをたえず広く伝えどう活かすか、考慮しないのは怠慢です。基礎研究であっても、それが市民社会に繋がっていると意識すべきです。
 そして、その研究がどんなに世間や実社会から離れているように見えても、公開することが大切です。ビジネスのためというより、知の文化をつくることは大学の基本的仕事であり、優れた研究を耳にすることで一般の方たちは自分達の文化に誇りをもてるのではないでしょうか。そういう視点がいまの大学には欠けているように思われます。
伊藤  たしかに、研究成果を学会に投稿して終わる研究者や教育者が多いなか、これからはもっとPRが必要ですね。発表することで、いろいろな評価がくる。その評価にはプラスもマイナスもあるでしょうけれど、研究者にとっては次のエネルギーにもなりますね。創成機構は大学や社会のなかに動きを生じる仕掛けの役割も期待できますね。

      創成機構の四部門
伊藤  創成機構にはどのような研究部門があるのですか。
長田  特定研究部門、流動研究部門、プロジェクト研究部門、次世代ポストゲノムの四部門です。それぞれたいへん特徴的です。
 特定研究部門は、5年から7年の任期で創成専属の教授、助教授のポストを設けます。すでに二人の教授の人選を終え、日本のトップリーダーをお招きする予定です。せっかく素晴らしい方に来ていただくのですから、この専門の方はぜひ多くの先生方とチームを組んで充実した研究をしてほしいと願っています。
 二番目の流動研究部門は、学内の各部局から選りすぐった先生に任期を決めて集まっていただき、その間は委員会などのことは忘れて研究に専念してもらいます。先ほどの四部門を中心に、いま何人かの若手の方たちが活動を開始しています。ここでの研究が終われば、もとの部局に帰ることになります。
 プロジェクト研究部門は、外部資金で大きな研究をされている方々が対象です。研究室だけだと何かと不便です。機構に移動してもらい、共通の研究室や装置を使っていただく。これにはプロジェクトどうしの行き来も期待できます。
 最後の次世代ポストゲノムですが、これまでもゲノム部門はありました。将来重要な研究なので、新たにこの部門の戦略プロジェクトとして20人から30人で活動してもらっています。
伊藤  流動研究部門には、生命系、ナノテクノロジー・材料系、エネルギー系、環境系、広域文化系、未踏系があって、すでに学内の教官が配置されているとお聞きしました。教官は公募で?
長田  ええ。公募して、各部局から書類を送ってもらい、選考しました。
伊藤  広域文化系、未踏系とは、またユニークな名前ですね。
長田  新しい研究分野をつくるには、既存の分野だけでなく、さまざまな分野の融合、複合が必要です。既存の枠からはみ出たり収まらない分野を育てるのが広域文化系です。
 未踏系というのは「前人未踏」の言葉が示すとおり、たいへんパイオニア的な部門です。ひょっとしたらこれから新しい分野となりうるかもしれないという分野ですね。そういうテーマをエンカレッジするためにつくった部門で、これもすでに活動しています。
伊藤  夢がありますね。ただ、そういう研究の評価はたいへん難しいですね。
長田  そうですね。私たちは質の高いサイエンスを生み出さなければなりません、いまの時代は何から何まで評価です。評価されるために、現在はトラックいっぱいになるほどの書類提出を要求されます。しかし、書いたペーパーの数や学会発表の数で決まるような評価はするべきではありません。学内ではわれわれは、お互いの研究の価値や内容のスタンスを知りうるのに、なぜそんなに書類を積み上げる必要があるのでしょうか。
 これからは研究の質そのものを評価する眼力をもつべきです。それは評価されるほうも、評価するほうもたいへんな作業です。とくに評価するほうがたいへんです。どういう項目をどう評価するか、じつはそれ自体が研究対象になるほど難しいことです。決して評価疲れをおこすような方法はいけません。評価がひとり歩きしてしまうのです。
 そうなると自転車操業のように短時間で結果が出る研究ばかりで、研究に深みがなくなります。これでは大学の研究はおしまいです。
伊藤  みんなが力を出すための評価でなければいけないのに、本来の目的とは本末転倒になりますね。
長田  本当の学問の基礎や知をつくりあげるために、それをサポートするような評価でなければなりません。場合によっては、研究の動機は個人の趣味の世界だったり、ちょっとした冒険や思いつきだったりすることもあります。そういう学問の芽といえるような研究を、未踏係で評価したいと思っています。そして、その芽を潰さないようお互いが保障しあうことが必要です。
野口  大学は、一本のスケールで物事を評価してはいけない。マルチブルな物差しをたくさん用意することが必要ですね。
長田  時間のスケールも、人によって、あるいは研究によって違うはずです。10年、20年に一つ出る論文があってもいいのです。
伊藤  森林関係の研究をしている方はよく、結論が出るのは30年後だと言います。いま発表されているものは、その前の前の先生の仕事の積重ねということもあります。長いスパンで考える必要もあるのですね。
長田  ただ、そのあいだに何をしているかを、研究者は説明できなければいけません。木は成長が遅いから結論は30年後と言っても、その先生は30年間寝ているはずはありません。たくさんの研究をし、観察もしたはずです。私たちはその内容を知りたいのです。
伊藤  北大のさまざまな新しい可能性をお聞きして、未来が明るくなりました。

      若い人へのメッセージ
伊藤  在学中の大学生もふくめ、未来の科学技術を担う若い人たちにぜひメッセージをお願いします。
長田  今後サイエンスとテクノロジーはさらに進歩するでしょう。すると、これから挑戦しようという人は、自分の入る余地はもうないと思うかもしれません。しかし、科学が発展するほど、新しい未解決の問題も同時に生まれます。サイエンスの世界はどんどん広がっています。ですから、新しい課題がいくらでも見つかります。
 これからの若い人に求められるのは、問題を解く能力ではなく、何が問題かを感じる能力です。これはトレーニングでできるものではなく、ふだんどういう好奇心を持っているか、あるいは何に関心を持っているかです。勉強すれば偉大な科学者になれるというものではありません。若いときからしっかりとした良い生き方をすることを願っています。
 これまでは頭脳の緻密さ、人よりも速くできる能力、間違いなくできる能力が求められました。しかし本来、そういう能力は二の次で、人と違ったことを発言したり、感じたりする力が要求されている。そういう人は大いに科学者の道へ入ってほしいですね。
伊藤  もう少し計算を速くしなさい、などと周りが潰してしまうこともありますね。
長田  教育制度がそうなっているのです。ですから、大学の教育も変えなければなりませんし、先ほどの評価の仕方も、国に任せず、私たち創成機構からつくって見せることも大事だと考えています。国に影響を与えることができるかもしれません。創成機構にはやることがたくさんあるのです。いろいろチャレンジするのはおもしろいですからね。
伊藤  北の北海道大学からキラキラ光る知を発信するため、創成機構のリーダーとしてこれからもぜひご活躍ください。

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