Clark's Spirit 同窓生は語る


1967年 農学部(農業経済学科)卒
北海道放送株式会社代表取締役社長

長沼 修
Naganuma Osamu
デジタル放送と手稲の頂

 昨年12月1日から東阪名地区でデジタルテレビ放送が開始された。テレビがアナログからデジタルへと移行する大事業のスタートである。

 北海道で民間テレビ放送が始まったのは昭和32年のことである。全国で5番目の民間テレビ局としてスタートした北海道放送は、「都ぞ弥生」に詠われた手稲の山頂から第一波を発射した。一人でも多くの道民にテレビ電波を届けるべく、それまで例のない標高1000メートルを越える山頂からの放送を決断したのは、北海道放送初代社長の阿部謙夫であった。送信所建設のための機材を運ぶ道もない、発電機を冷やす水もない。土木技術者でもあった阿部は自ら山を歩き、水脈を探し出し、熊笹の生い茂る道なき道を馬と人力で切り開いて、世界でも稀有の山頂テレビ送信所を建設したのだ。

 この冒険的な試みに世界中が注目した。夏は見学者が引きもきらず、科学者や経済人、文化人や皇族までもがこの施設を訪れ、眼下に広がる石狩平野を眺めながら、この大事業に驚嘆した。

 真冬にここを訪れた物好きな人がいる。雪の博士、中谷宇吉郎先生である。中谷先生は深い雪を掻き分けて山頂に上り、開設されたばかりのテレビ送信所を見学し、来訪者記帳簿に「雪は天から送られた手紙である」というあの名文句を書き残している。

 今日、手稲の頂はアンテナ銀座。テレビ、ラジオばかりでなく、警察や官公庁のアンテナ類が林立している。

 そしてこれからも、2006年から始まる北海道のデジタル放送のための放送設備がどんどんと山頂に持ち込まれるだろう。

 果たしてデジタル放送は人々にどうのような恩恵をもたらすのであろうか。今年もまた天からの手紙が降り積もった、白い手稲の頂を見上げながら、デジタル放送が、末永く道民に幸せの手紙を送り続けられるようにと、決意を新たにする年の始めである。


来訪者記帳簿に書かれた名文句
「雪は天から送られた手紙である」宇吉郎

手稲山頂のアンテナ郡


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