特集 アジアに広がり花開く北大のフィールド科学
森林、農場、海、湖……日本一広大な研究施設に恵まれて 対談:福田 正己・甲山 隆司・高橋 英紀・小池 孝良・山本 美穂・大崎 満(コーディネータ)

       森林の研究から住民生活まで、フィールド科学の研究テーマは多種多様
大 崎  「フィールド科学」は、学問としてまだほとんど認知されていない用語と思います。「環境学」ではあまりに広範で焦点がボケてしまい、「生態」というと農林水産学がすっぽり抜けてしまう。そこで自然生態と農林水産を合わせ、さらに人との関わりを強調した学問分野を、ここで「フィールド科学」と呼びたいと思います。国際的にはいま「ヒューマン・ダイメンション」と呼びつつありますが、フィールド科学のほうが北大の特徴をよく浮かび上がらせる気がします。
  創設127年になった北海道大学は、当初の使命が「自然をいかに開発して人間生活の基盤をつくるか」でした。現在の北大が他の大学と比べてフィールド科学が抜きんでているのは、自然を相手にしたその伝統的な学問展開と、なによりも広大なフィールドを有しているからでしょう。
  北大には現在、天塩研究林をはじめ苫小牧研究林や和歌山研究林など約6万ヘクタールの研究林があります。その面積は日本の大学のフィールド13万ヘクタールの約半分ちかくを占めます。また、生物生産研究農場(札幌キャンパス内)や静内研究牧場、厚岸臨海実験所や洞爺臨湖実験所、植物園など、たくさんの施設があります。
  そして3年前、これらを統合して北方生物圏フィールド科学センターが作られました。このセンターを核にして、北大のたくさんの研究者や学生たちが現在も熱心に調査・研究をしているのです。
  ご存じのように21世紀に入って、温暖化をはじめとする地球環境がますます問題になってきました。環北方圏(図1)は、この温暖化の影響をひじょうに強く受けている地域です。また、南北に渉る経度軸アジア圏は世界の人口の半分ぐらいが住んでおり、人為的な環境圧(図2)がたいへん強い地域です。
  みなさんはすでに、北大を基点とする環北方圏と経度軸アジア圏で、活発なフィールド科学の研究を展開していますね。
甲 山  私の専門は、森林を対象とした植物生態学です。主にインドネシアの熱帯雨林をフィールドに、高橋先生や大崎先生と一緒に北海道の北方林までの緯度傾度に沿った森林を比較的に見ていく調査をしています。
  また、最近の共同研究ではハーバード大学のグループと組んで、環北方圏という視点からアジアの北方林と、それと環境が似ているアメリカ大陸の東部・東北部の森林を比較的に扱う研究をしています。さらに小池先生とともにユーラシアの西側の森林ともネットワークを組んでやっています。
福 田

 私はシベリアで研究をしています。じつは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が地球の温暖化は100年で0.6度上がると定義していますが、シベリアのヤクーツクの150年間の気温変動を見ると、100年間で2.5度(図3)も上がっているのです。IPCCが今世紀半ばとした温暖化がすでに先取りで起き、凍土の融解など様々な現象が起きています。それで私は集中的に観測しようと、主に東シベリア地域でモニタリングをしています。
  シベリアを選んだもう一つの理由は、ここがいわば研究調査の空白地域だからです。楽に行ける場所ではなく、ひじょうに環境が厳しいので長期的なモニタリング例がまだないのです。そこでロシアの人たちと共同で観測・研究をしています。


 

小 池  私は森林生理生態の研究をしています。いま大崎先生が言われた環北方圏とは、北海道から中国の東北部、エストニア、ボストン、マサチューセッツ大学とかミシガンあたりまでのことで、ここはいわゆる冷温帯から北方林の移行帯となっています。
  温暖化の原因の一つである炭酸ガスの増加ですが、中国、韓国、そしてわれわれは中央シベリアで、ロシアの研究者と共に温暖化の影響予測研究をしています。
  また最近では、環境省予算を中心にわれわれの最北のフィールド天塩研究林で、炭酸ガス削減への森林の役割を評価しようと、おそらく世界初の仕事だと思いますが、林をつくりかえることによって実際にどの程度炭酸ガスが吸収されるかをモニターしています。そして、沿岸地域でもあるこの森林と同じセットの森林を、中国の内陸部にある姉妹校の東北林業大学と共同でモニターしています。これは、東アジア東部とユーラシア北東部あたりの主要な樹種であるカラマツ属の能力から、世界における森林の役割を見るもので、北大の北方生物圏フィールド科学センターの水圏施設も利用して沿岸地域までを総合的に解析しようとするものです。
大 崎  北大は、熱帯アジアの研究も活発にしていますね。拠点大学交流で、インドネシアとのあいだで10年間のプロジェクトを進めている高橋先生は、どのような研究ですか。
高 橋  南方のキーワードは、泥炭地です。あまり知られていませんが、熱帯泥炭は地中にかなり膨大なカーボンを埋蔵していて、それがいろいろな形で放出されています。一つは森林が土地利用されて農地になるとき、農家がその表面を焼いて肥料にします。それが空気中に炭酸ガスを供給し、地球温暖化の素を出していることになるわけです。とくにそれが極端に出るのが、泥炭森林火災です。
  ちょうどわれわれの拠点大学交流プロジェクトが始まった1997年、3カ月にわたって東南アジアの交通がストップするような大規模泥炭森林火災が起きました。ハワイのマウナロア山のモニタリングで、その年の炭酸ガス増加量が通常の2倍も検知され、泥炭地管理の重要性が注目されました。そこへこのプロジェクトが始まったのです。
  現在は日本人が110名、インドネシア人が100名の大研究者集団です。森林生態ばかりでなく、周辺住民の生活も考える必要があるので、農業、水産業、衛生といった視点から総合的に地域の管理を目指して様々な分野で研究を進めており、これから7年目に入るところです。
  2006年に終わるのですが、それまでの研究成果を社会に還元するために新たにヒューマン・ダイメンションという名前のグループを立ち上げ、環境修復も含めて、世界に情報を発信しようとしています。
大 崎  山本先生は自然科学的というより、社会科学的な面から自然を捉える研究なのですね。
山 本  専門は森林政策学といいます。人間の土地利用と森林環境を人文地理学の延長で見るという感じです。IGBPは「国際地球圏・生物圏共同研究計画」と訳せますが、その定義でいえばLUCC(土地利用・土地被覆変化研究計画)にあたると思います。一つは各地域で土地利用がどんな局面にあるか、もう一つはどんな法制度もしくは管理手法が必要なのかという対策の面、この二つを大きな柱にしていて、みなさんのグローバルな話に比べ、ヒューマンスケールでミクロな視点の研究です。
  出発点は九州の脊梁山地でした。そこではかなり小さな林産物の利用が定住を可能にしており、日本に残っているアジア特有の生産様式の一つでした。いまは、そのような小さな林産物の評価をあちこちで見つけて、拾い出しているところです。
大 崎  みなさんのお話をうかがい、北海道大学のフィールド科学が、いまアジアにまで広がって花開いている気がいたします。

小池 森林が吸収する炭酸ガスの量をモニターしています 高橋 ヒューマン・ダイメンションを立ち上げ世界に情報を発信

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