特集 アジアに広がり花開く北大のフィールド科学
森林、農場、海、湖……日本一広大な研究施設に恵まれて 対談:福田 正己・甲山 隆司・高橋 英紀・小池 孝良・山本 美穂・大崎 満(コーディネータ)

       すべての研究が環境保全へと大きく舵をきりつつある
大 崎  ところで、インドネシアのスハルト政権下で100万ヘクタールの巨大開発プロジェクトが熱帯泥炭で展開され、その後プロジェクトはとん挫して、荒廃した泥炭地から多量の炭酸ガスが出ているそうですね。
高 橋

 先ほどお話ししたように、熱帯泥炭はいろいろな意味で地球温暖化の元凶の一つになっています。それをなんとか抑えながら、ここで住人たちも生活できるという両面作戦が必要です。豊かな自然や生態系を持つ国は、一般に極めて貧乏です。住民たちは生活のために、どうしても森林そのものに入って不法伐採をします。また、国全体がシステム的に遅れているので、たとえば大統領の側近が、自分たちの関連会社が肥え太るような計画を無理やりある地域に押し付けていることもあります。実際に、カリマンタンというボルネオ島の泥炭湿地帯では100万ヘクタールの泥炭地を無理やり開墾し、そこに農業を展開するという無謀な計画が行われています。結局そこでは木を伐採して売り払い、残ったのは農業も展開できない荒廃した土地です。やはり地域住民たちがいかに生産手段を確保するか、そして地球温暖化が促進されないような土地利用をするかが大きな課題になっています。
  しかし結局、資金がないと何もできません。新しい技術も展開できず、森林を食い物にしていれば、いつまでたっても生活は向上しません。そこでわれわれは10年計画の中で、同じ地域で同時平行的に研究をつづけているEUの研究グループと組んでバイオライトという新しい概念を打ち出し、昨年10月に東京で開かれた、地域開発資金を調達するための国連環境計画の国際会議で提案しました。
  この概念は、例えば豊かな森林があり、豊かな生態系もあり、多彩な遺伝資源を内蔵している素晴らしい地域があっても、周辺住民が貧乏であれば、それをだんだん侵食していきます。それを防ぐためには先進国がサポートするシステムを確立し、資金を調達して、周辺住民に豊かな生態系を維持するための仕事を供給しようというものです。ただお金を渡すだけでは、彼らは食べるのに使ってしまいますので自然資源の管理という仕事を彼らに与えるのです。
  そこで住民の生活レベルを上げながら自然資源を管理するときに、北大の研究成果をバイオライトのシステムにどう活かすかをいま考えているところです。われわれの10年間の成果が、先進国のお金と地域資源とを結びつける流れのなかで技術としてどう活かすかです。特に北海道大学がやっている総合的な枠組の地域環境保全と、住民の福祉も考慮に入れたシステムづくりが応用できると考えています。


 

大 崎  農学もフィールド科学のなかで重要な位置を占めるのはまちがいありません。農学研究が国際的な共同研究のなかでどう行われてきたかについて、若干紹介したいと思います。
  1950年代後半から、「世界的に食糧を増産する必要がある」「熱帯地域の貧困を撲滅する必要がある」ということから、共同研究というよりも農業研究所が世界各地、とくに熱帯地域につくられました。また、作物別に研究所をつくるということで、最初はメキシコに国際小麦・トウモロコシ研究所(CIMMYT)が、次にフィリピンに国際稲研究所(IRRI)がつくられました。
  日本、北海道のイネの研究(図5)は世界的に優れており、IRRI開設には、北大で小麦の研究をされた木原均先生や石塚喜明先生が理事になられたり、私の研究室から田中明先生も生理部長で行かれて、イネの改良をやったわけです。これはたいへん成功し、『緑の革命』といわれるくらい多収になり、アジア地域の食糧難を救うことになったわけです。このように北海道と日本の農業技術は、過去においてたいへんな貢献をしてきました。
  現在、この国際農業研究グループ(CGIAR)は、16機関にまで膨れあがっています。最後にできた機関は国際森林研究所(CIFOR)で、インドネシアのボゴールにあります。これは現代を象徴するような機関で、それまでは食糧がテーマでしたが、ここは森林の保全、生態などを研究する機関で、かれこれ40年目にして立ち上がりました。
  このように、現在の農業は食糧増産よりも、むしろ農業と環境をどう折り合いをつけるかというテーマに移りつつあります。最初にできたCIMMYTもIRRIも、当初の収量増産から、地域の保全に関わる複合的な農業研究に移行する節目の時期にあります。さらに両者を統合して、まったく新しい環境保全型持続的農業研究機関に改変する話も進んでいます。農業関係の国際機関も、単純な食糧増産から環境保全へと大きく舵をきりつつあるのです。

       フィールド科学が新しい研究の領域を切り拓く
大 崎

 これまで国際的なレベルで展開してきた北大のフィールド科学は、将来の研究・教育の発展をどのように構想していけばよいでしょうか。福田先生は、北方ユーラシアセンターで新しい研究教育システムをつくられているそうですね。

大崎 フィールド科学をキーワードに新しい研究領域を切り拓く
 

福 田  私はフィールド情報学(図6)という新たなパラダイムをぜひ提案したいと思います。フィールド科学を実際に推進するための研究システムです。
  いろいろ違った分野の人が共同研究をするとき、よく学際的に研究を推進すると言うのですが、実際にうまく動いた例はあまりありません。それは、個々の研究・知識が自分たち領域内の小循環に終わってしまい、個別の領域を乗り越えた大きな知識の循環がなかなかつくれないからです。
  では、どうやればつくれるのか。これは一つの仮想上の概念ですが、みなさんが一緒に集まって何かをしようとするとき、意図的にそれをうまく動かすシステムをつくろうというのが、フィールド情報学という概念です。
  まず、自分たちの共同研究の最終ゴールは何か、目的をハッキリさせます。自分たちはどこまでやれば満足するのか、みんながしっかり理解したうえで動き出すことを基盤にします。
  そしてみなさんが集まってくる物理的なプラットホームが必要です。それが北大が新たにつくったユニークなシステムの北ユーラシア・北太平洋地域研究センターです。ひじょうに柔軟で、機動性に富んだシステムです。5カ年の予定でいま動いていますが、確固たる部局に属さないで、学内で共通基盤として使っていこうという目的です。
  次に研究の枠組ですが、たとえば森林火災をどうやって抑制するかというテーマには三つのステップが必要です。一つは原因を究明する研究。二番目に将来を予測する研究。三番目に制御する研究。原因の究明はこれまで理学の人が中心にやってきましたが、さらにいろんな人たちを含めてやっていく必要があります。将来の予測というのは、みなさんもご存じのとおり気候、温暖化の予測です。いま放っておくとどうなるかをしっかり予測しようと。
  そして制御するというのは、いままでの概念にはなかったものです。じつは自然界には非線形と呼んでいて、1+1が2にならない、ちょっと何かを加えると大きな出力が加わるというような枠組があります。放っておくとどうなるかがわかったとき、それを探し出してちょっとした手を加えることで大きく制御をかけようと。これはいままで工学の人が得意でしたが、みんなで協力して最終ゴールを達成する、それがフィールド情報学という概念です。その研究プラットホームとして、センターをつくったのです。
  次は、研究グループ同士の情報交換が課題です。私は異なった研究グループ間でデータレベルでの情報交換はできないと思っています。データというのは、自分たちの固有の言語で自分たちの研究の完結のためにつくられたもので、他の領域の人にはちっとも理解できません。そこで、共通目的の達成のために、データの編集が必要だと考えます。データを編集するには、お互いに何を必要とするかを考えることがとても大事です。他の人の役に立つようにデータをつくりかえれば、それはたちまち情報化され、相互に交換と共有が可能になります。これを常に忘れてはいけません。
  そしてプラットホームには、全体の研究がうまく流れるよう総括班の存在が重要です。じつはこれが日本の大学の研究のいちばんの弱点だったと思います。みなさんが個別に集まって動くのではなく、全体を見渡して滑らかに研究が動くような役割を担う人をしっかりと育てる。いわば研究のリーダーといっていいと思います。全体を動かすときに総スコアを見てそれをマネージしていく指揮者のような役割は、とくにフィールド科学のように異なった領域や研究分野が一緒に何かをするときに極めて重要なのです。
  以上が私たちがフィールド情報学と呼んでいる新たな研究枠です。いまこの研究の情報交換から目的達成までの一貫した流れを実践しようとしています。これは必ず国際的にも高い評価を得られると考えています。
大 崎  福田先生から新しい教育研究ソフト構築のお話がありましたが、フィールド科学をこれからも発展させるためには、その中心の場が必要です。現在、日本で唯一と言ってよいと思いますが、北方生物圏フィールド科学センターがその役割を担いつつあるのではないかと思います。
小 池 2003年5月 横田 篤氏撮影 フィールド科学センターは冒頭で述べたように理学、農学、水産科学に属する生物系の実習施設の集合体ですが、もともと全国共同利用を意図してつくられたものです。研究林をはじめ、その広大な施設を一つの大学だけで使うよりは、国の財産としてもっと活用していくべきだという発想で、広く共同研究を立ち上げ、様々なプロジェクトを引き受けています。いろいろな大学から大学院生が来て、いまは主に農学研究科と水産科学研究科と理学研究科それに地球環境科学研究科の方々がここで実際にデータを取って持ち帰っています。これは単に彼らのデータではなく、われわれセンターのデータベースとして全国に公開できるよう、まとめ直してフィードバックしています。
  また2001年、研究林の開設百年を記念した国際シンポジウムの講演記録も含まれますが、「Eurasian Journal of Forest Research」を発行しています。日本の森林関係の雑誌ではいちばん世界に出回っている雑誌で、約200カ所に配られています。これは、ドイツのマックスプランク研究所、スウェーデン農科大学、フィンランドのヨーエンス大学などが集うシルバ(森林の)ネットワークと、甲山先生が客員研究員をされていたハーバード大学の先生たちの協力を得て、世界的なレベルで情報を発信する機軸にしようと刊行を続けています。
  現在、シルバネットワークを機軸にしたアジア・ヨーロッパ基金というのがあります。外務省系列の予算で、基地はシンガポールにあります。そこからお互いに、森林や生物資源の有効利用・持続的利用は、最終的にはそこで生活する人々の教育に当然根ざすべきだという考え方から、2000年からお互いに若手の研究者や学生を引き受けて教育を一部英語でやろうということで、テキストづくりをはじめ、いま英語の授業を2コマ開設しています。
  大学が巨大な森林を持っていることには、たいへん大きな意味があります。欧米並みに、とくにアメリカですが、そこで行われるような反復を持った、しかも周りの環境の影響を受けないボーダーをつくって研究ができる場所は、日本ではもう北海道大学の研究林以外にありません。ここは一つの大学で抱え込むのではなく、広くアジア地域、できれば世界中に公開しようとしています。ミシガン大学の先生などは、毎年のように調査に使わせてほしいと来られています。
大 崎

 フィールド科学というと、これまでは理系の分野が多く、生態を計測しそれを評価する段階までは理系でいいのですが、生態を修復、あるいは保全するということになると、途端に社会科学的な側面が重要になってきます。いままでの知識を社会に還元していくことが、これからのフィールド科学にも重要になってくると思われますが、そのときのフィールド科学における文理融合とか社会科学の役割などについて山本先生からお話いただけますか。

山 本

 先ほどの話にもありましたが、研究者がどちらかというと計測に終始してしまいがちなのは、そのとおりだと思います。あるいは、同じ場所にいろんな分野の研究者が入ると、理系の研究者が計測に終始してあまり住民と関わる余裕がない一方で、社会科学の研究者は逆に深く入り込みすぎて問題を起こす場合もあります。
  データの共有についても、先ほどいわれたレベルで十分交換できるものもあるし、逆に巨大なプロジェクトであるほど、それを統括するマネージメント力が重要になると思われます。
  私の場合は、いわゆる土地利用と土地利用の境目、生態学でいうとエコトーンみたいな部分が対象で、その部分でもっとも激しい利用を受けていちばん先に捨てられる部分に対して、社会的局面を明らかにすることです。結局その局面というのは、われわれ人文系の人々が調べるより先に、もっとグローバルなスケールでモニタリングされているわけです。意外にそれを知らずに、自分たちの位置付けが明らかになれない部分があるので、福田先生のこういう情報交換システムが北大にできているのは本当に強みだと思います。

山本 情報交換システムが北大にできているのは本当に強み
 

大 崎  いま北大の法人化に向けて、研究教育組織を大幅に見直そうという時期にあって、われわれもどういう方向で学問、教育、研究を進めていくかを仲間で話す機会があります。われわれはフィールド科学が北大の大きな特徴の一つではないかと考えており、仲間同士ではもっと全国的にPRしたらいいと考えています。
  北大の目玉とするこの分野の教育研究システムは、他の大学と比べてどんな状況でしょうか。
甲 山

 法人化も考えてフィールド科学を機軸に教育研究システムを考えるとすれば、私のいる地球環境科学研究科ひとつみても、低温科学研究所と車の両輪のようにやっていますが、広い意味で生態学に関わっている人間が20人近くいます。この分野では日本でも屈指のスケールです。京都大学の生態学研究センターよりも大きいですし、北方圏フィールド科学センターの農学、水産のフィールド系のアクティビティを加えると、北大のマンパワーは十二分に充実してきていると思います。そういうものをうまく利用して、北大の特徴を活かすような研究教育組織の組み替えも検討の必要があると思っています。
  研究のほうでは、北大内で十分に充実した研究ができます。それも北海道という地を活かすだけでなく、きょう紹介されたとおり、東南アジアの熱帯からシベリア、アラスカまで、ひじょうに広くカバーできます。海洋の研究でも同様です。われわれが外へ展開していくには充分だと思います。
  しかし逆に、いかに全国、国際規模の研究を北大に呼び込むかも重要です。先ほどの国際プロジェクトの事務局機能は、研究教育スタッフが片手間でできることではないですから、専門の人間を国際公募して設置する。そして、その人にさまざまな研究のコーディネーションを、たとえば北ユーラシアセンターなどで果たしていただく。次期の構想として、このような国際的事務機能を北大に構築することも重要です。

大 崎

 きょうのお話でわかるように、いまやフィールド科学は、自然の開発や計測から、保全・修復へと転換を余儀なくされる時代になったと思います。従いまして、自然のメカニズムをよく知るとともに、保全・修復の技術を具体的にどうするかも、これからの新しい展開に要求されてきます。北大はフィールド科学研究では世界的にずばぬけていることが分かりました。しかし、環境と食糧生産の問題はますます深刻になりますので、北方生物圏フィールド科学センターの他に、地球環境科学、農学、水産科学、獣医学、さらに工学研究科でも環境を研究をしているところがずいぶんありますので、こうした分野も視野に入れて新しいフィールド科学の研究システムもこれからつくっていく必要があると感じました。
  さらに、理工系の発想だけではなく、これから環境学、環境倫理、環境保全型経済システムといったものも構築しないといけませんので、文系がいかにこれに関与してくるかも重要です。
  これからは、フィールド科学をキーワードに、大学全体で新しい研究の領域を切り拓くというのが、北大の使命になるのではないでしょうか。
  みなさん、きょうはありがとうございました。

(2004年2月19日 ファカルティハウス「エンレイソウ」にて)

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