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建築設計図が語る北大の歴史(2341 byte)


【第三回】

空沼小屋(秩父宮ヒュッテ)



設計図(45647 byte)
●ヒンデル直筆の設計図(断面図)
尺寸の方眼紙に描かれている。
(北大施設部所蔵)
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●Skihütte am Karanukma für S.K.H P.rinzen Chichibu
(札幌山とスキーの会『山とスキー 第89号』1929年所蔵)



◆建築基本データ
所在地:札幌市南区空沼岳万計沼畔
建築年:昭和3(1928)年
構 造:木造2階建、鉄板葺
設 計:マックス・ヒンデル
施 工:伊藤組

北海道大学は北国という土地柄もあってか、山小屋を五棟保有している。最初に建てられたのがテイネパラダイスヒュッテで、1926年11月のことになる。次いで27年9月にはヘルヴェチアヒュッテ、28年12月には秩父宮ヒュッテが建設された。初期の三棟の山小屋は全てスイス人建築家マックス・ヒンデル(1887〜1963)が設計した。

1928年2月、厳冬の北海道視察を目的に秩父宮が来道、スキー部部長大野精七医学部教授らの案内により、手稲山スキー登山を堪能した。夜はパラダイスヒュッテに宿泊、そこで、大野からスキーツール Ski Tour の説明を受け、その中の一つとなるヒュッテ建設の希望を述べたという。この時点で、空沼岳(そらぬまだけ)万計沼附近が候補地としてあげられていたらしい。同年8月末には、宮家より工事一切を北大で司るよう下命があり、建設資金が下賜された。敷地は秩父宮家と帝室林野局との間で20年間の無償貸付契約が交わされ、建設に関わる木材一切も帝室林野局から無償で提供された。

ヒンデル直筆の設計原案の断面図を見ると、部屋中央が吹き抜けて、階下のストーブの温度を階上にも取り入れられるよう工夫している様子がわかる。図中の指示はドイツ語ではでなく、「maruta mo iidesu」などローマ字で示されている。

翌29年1月、高松宮が来道、このヒュッテに宿泊し、「空沼小屋(そらぬまごや)」と命名した。

この後、中山ヒュッテ、朝里ヒュッテ、奥手稲山の家、無為根(むいね)小屋、冷水小屋、余市ヒュッテなど、大野のスキーツールの夢を具現する山小屋が毎年のように建設された。1932年の澄宮来学時には「札幌近郊スキー小屋配置模型」が展覧に供された。

空沼小屋は、宮家の庇護の下、北海道スキーツール発展の契機となった貴重な歴史遺産である。現在は5〜10月の週末だけ利用できる。

(北大大学院工学研究科 池上重康)


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●澄宮来学展覧品「札幌近郊スキー小屋配置模型図」(北大附属図書館所蔵)
●万計沼越しに見る空沼小屋
 (北大山の会編「北大山岳部五十周年記念誌」1979年出版所蔵)
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