【特集 大志を抱け 2】


個のステップアップが人間を前進させる


毛利衛(19365 byte) 宇宙飛行士
日本科学未来館館長

毛利 衛

毛利衛さんは、北大理学部で化学を専攻。
北大工学部の助教授から、幼いころからの夢だった宇宙飛行士へ転身した。
1992年9月12日に、スペースシャトル「エンデバー号」に日本人初の宇宙飛行士として乗りこんだときには、北大の校旗も一緒に宇宙を飛んだ。
この講演は、2004年4月8日の北大入学式の後に行われたものである。




■三つのテーマ■

今日、みなさんにお話しするテーマは、次の三つです。「北大に入学して自分も家族もなぜ嬉しいのか?」、「自分は何なのか?」、「自分は何をすればいいのか?」。

みなさんは難関を突破して、ここに晴れて入学できました。それを自分ばかりでなく、親御さん、あるいは親戚の方々、あるいは知っている方々みんなが喜んでいると思います。このようになぜ、みんなが嬉しいのでしょうか。それが一つめのテーマです。二つめは、自分は大学に入ったけれども、自分とは何なのだろうかということ。そして三つめは、ではこれから自分は何をすればいいんだろうかということです。

この三つのテーマについて、私自身の身体全部、細胞を使って経験したことを元に、みなさんにお話ししたいと思います。私は大学に入ってから38年間、さまざまな経験をしてきました。そのなかでも、やはり宇宙に行って地球を見たという経験が、ものの見方をとても大きく変えました。それで、二度の宇宙体験(1992年と2000年)から、話を始めたいと思います。


■宇宙から人間は見えない■

宇宙で見る太陽は、ただ単に核融合のエネルギー反応で光を真っ白く発している、エネルギー物質そのものです。そして、それを囲む宇宙というのは真っ暗闇です。まったく何もない黒、暗さです。その太陽に反射するのものだけが光っています。それはスペースシャトルから見ると、大きな地球であり、月です。しかし、地球の表面で私たちが吸っている空気というのは、ほとんど宇宙からは見えないくらいの少ない量しかありません。私たちの住んでいる地上からわずか30キロメートルぐらいの高さしか、生命が生きていけるような空気はないんです。しかし、その中に現実にすべての生命が住んでいるわけですね。

地球上に人間は65億人もいるはずです。しかしそれらの人間は、宇宙からはまったく見えません。私たちは、地球上で威張っていますが、人間というのはまだまだ地球の大きさに比べると、小さな存在です。では、本当に生き物は見えないんだろうか、というとそうでもありません。陸地に人間は見えないけれども、黒っぽく見えるところは、森林です。実際に宇宙から見える陸地の生き物は、植物しかありません。一方、海は地球の表面の四分の三を占め、青く水をたたえて表面が輝いています。その海には、見える生物はこれもたった一つ。鯨ではありません、鯨もまだまだ宇宙では小さくて宇宙からでは見えないんです。見えるのはサンゴ礁です。これは動物です。したがって、宇宙人がもしいて、地球に近づいてきた時に、まず見える生き物というのは、もちろん人間と同じような目をしていればですけれど、森林とサンゴ礁しかないんです。


■人間が出す光のネットワーク■

しかし、太陽の光がなくなって、夜になると話は違ってきます。いままでまったく見えなかった別な光が見えてきます。人間が出す光です。

最初に私が宇宙へ飛んだ1992年のころ、東京を撮影すると、一つのオレンジの光の渦にしか見えませんでした。いまは詳しく撮影する技術ができ、それで見ると、さらに大きなオレンジの中に小さなオレンジの集団があります。そしてさらによく見てみると、点線でつながっているようなものがたくさん見えます。駅などの周りに光が集まり、それを鉄道とかあるいは高速道路の光がネットワーク状でつないでいます。大きな塊に人間がたくさん住んでいるようですが、もっと詳しく見るとさらに小さな集団が同じようにネットワークを組んでいます。私が何を言いたいかというと、大きな集団から小さな集団まですべてへつながっていますよ、ということです。

もう一度宇宙を見てみます。このつながりというのは、空間的に光がネットワーク状に、人間の住んでいるところをすべてつないでいますが、それ以外に見えないものでもつながっています。みなさんが持っている携帯電話ではいま、個人が世界中とつながっています。世界中の情報を、得ることができます。逆にいま、個人の情報はあっといまに世界中に広まります。これは私が大学に入った38年前とずいぶん違う状況です。100年前とはもっと違います。そのように時代というのは急激に変わりつつありますが、このつながりの重要性というのはどの時代でも変わっていません。そして、そのつながりを強めよう強めようという方向で、人間は生きてきました。


■ヒトゲノムが人間を解明した■

みなさん、ゲノムって言う言葉を知っていると思います。2003年4月、初めて、ヒトゲノム、私たちの体を構成している四つの基本的な塩基、その組み合わせが読まれました。つまり、人間の生命としての情報はすべて分かってしまったということになります。生物として分からないことはまだまだありますけれども、遺伝子の組み合わせではわかってしまいました。その結果、何のメッセージが私たちに向けられたのでしょうか。

私はこのように解釈します。

宇宙に人間を飛ばしたのも最先端の科学技術です。ゲノムを解読して人間の成り立ちを分からせたのも最先端の科学です。その科学というのは人間が特別である、ほかの動物とは違うという意識で研究してきました。その、人間は違うよ、ほかの生物とは違うという基本的な考え方で進めてきたものの最後が、人間は特別ではないということでした。人間のすべての情報、四つの塩基の組み合わせをちょっと変えると他の生物になってしまうということなんです。地球に住む全ての他の生物はそのような組み合わせを変えただけですね。実際にその元というのは40億年前に遡ります。40億年前に生まれたものが多様化して、たまたま3000万種くらいの種類になって、いま地球上に存在していますが、その中の一つの生命が人間である、という事に過ぎない、ということが証明されたのですね。


■地球型生命から宇宙の生命へ■

火星にはひょっとして生命がいるかもしれないということで、いまNASAはロボットを送って探査しています(火星探査機について注記)。そしていま、本当に一ヶ月前です。スピリッツとオポチュニティというロボットが火星の岩石を探査して、見つけたものが硫酸塩です。いままでSFの世界では、火星には水があったとか生命がいたと言われていたんですが、30年前の科学者はほとんど、もう火星には生命がいるなんてことはsfの世界だなんて言っておりました。ところがいまや、その水があったことが証明されたのです。そして次はおそらく大量の氷を火星の中に発見する時がくるでしょう。そしてまた、本当に生命がいるのかどうかということがこれからの一番面白いところです。もし火星に生命が、バクテリアのようなものでも見つかったら、これは大変なことになります。ほかの惑星にも生命がいるんだということが証明されれば、人間が地球における生命の一つに過ぎないという認識が、生命史上初めて生まれるわけです。ということは、いよいよ地球型生命から宇宙の生命へ、私たちは発見し進出していく、そういう時代を迎えるということです。こういう時代にみなさんはいま生きています。こういう時代に生きていた人類はかつていませんでした。こういう時代に生きていた生命はかつていませんでした。そういう時にいま、みなさんはいるんです。


■なぜ周りの人まで嬉しくなるのか■

では、今日の本題に戻ります。自分も家族も、北大に入学して、なぜ嬉しいんでしょうか。嬉しいですよね。みなさん、それぞれが難関を突破して、受験勉強の嫌な時期を過ごして、憧れていた北大に入ったんですね。入った気持ちはどうですか。自分が一つステップアップして、社会に出て生きていけるような勇気が出てきたんじゃないですか? 高校時代に比べると、自分の能力が少し拡大したという気がしませんか。いままで小学校に入学して、足し算ができたり、読めない字が読めるようになると嬉しくなりましたよね。英語がわかるようになっても嬉しくなりましたよね。自分にとっては、いままでできなかったものができるということで嬉しくなるんです。そして、ではそれを見守る家族にとっては、とくに遺伝子がつながっている親にとっては、赤ちゃんの時にハイハイしかできなかった自分の子供が立つことができるようになった、小学校に入学した、電車に乗れるようになった、そしていま大学に入ったということで、成長を見ることで嬉しいんです。なぜ嬉しいのでしょうか。それはいままでできなかったことができることによって、その個人が生きていく、生き延びられる可能性が増したということなんですね。そういう可能性が増すということがとても嬉しいんです。

でも昨日、松井のホームランを見て、どうですか。嬉しかったですよね。それからイチローの活躍を見て嬉しいですよね。あるいはまた、高橋尚子が世界新記録を出したりすると嬉しいですよね。田中耕一さんがノーベル賞をとった時、日本人は偏屈者以外はほとんど誇りに思いますよね、日本人として。これは何なのでしょうか。

自分が成長することが嬉しいんですが、家族が見ても嬉しい。これは北大に入ったということばかりではないんですね。イチロー選手に代表されるように、社会に行って活躍するということは、本人にとって嬉しいことばかりでなくて、社会全体にとって嬉しいことなんです。それがあって初めて社会がステップアップされ、そうしてそれをもっとステップアップするような人が出てくると、世界中を喜ばせるということになるんですね。そうすると、人類全体の能力が上がる。個人から家庭、地域社会、日本、世界、地球、宇宙へのつながり、こういうものの見方で物事を大きく見てほしいと思います。そうすると北大に入ってなぜ嬉しいのかと言う意味がわかります。


■個の挑戦が生命を進化させてきた■

ここに私たちの社会が活性化していく一つの理由があると同時に、もっと大きな流れではいままで人間がずっとつながってきた、さらには生命が生き延びられてきたという理由があります。人間を含む生命の流れなんです。何か新しいことを獲得して、能力が上がると、それは生き延びられるチャンスが増えたということで、生きられる。生きられなければ、生命の歴史で遺伝子が止まってしまうと、もうその次に出てくる生命はありません。途切れなくつなげるというためには、必ず生命を維持する能力を増やすということなんですね。その連続です。それは個人としては成長ですね。でも社会としては、個人の挑戦が何か社会に役立った時です。

生命の歴史を調べてみると、最初海で40億年ほど前に、ただの有機物から自分を複製できる能力をもった有機物が生まれました。それが生命の始まりですけれども。その生命はだんだん突然変異などで多様化してきました。そして、ある時陸地が現れました。陸が現れた時にほとんどは海の中にいたんですけれども、そこに陸地に挑戦してみるような生物が現れました。その時は種全体が行くわけではありません。行くのはたった一つです。個です。一つ一つが行くんですね。ほとんどは死に絶えます。行っても行っても死にます。しかしその中に陸という環境と自分の遺伝子とちょうどうまく合ったような時期に行った個がありました。それがうまく成功します。生き延びます。そうするとその情報を同じ種にさっと伝えます。そうするとその真似をして同じ方法をとって、どんどんどんどん行けるようになります。これが陸に行ってさらに繁栄して空にも行き、いま人間はその生命の延長として宇宙にも行っているということなんです。


■これから学ぶのはイチローになること■

では、この社会に生きている自分というのは何なのか。おそらくいままでの話を聞いておわかりいただけたかと思います。自分の役割、自分というのは個体ですが、同時にそれは人類につながっているんですね。その前に日本人としてつながっています。その前に自分のコミュニティの個人としてつながっています。いまですと北大の一員、学生としてつながりました。いまみなさんが大学生ということでこれから勉強するわけですが、学生というのは何なのでしょうか。

私は学校教育というものには、二つの基本的な目的があると思います。一つは義務教育に代表されるように、その社会に生きるために、最低限そこに生きるために必要な基礎能力を開発する、個人の能力を開発するという教育です。しかしそれをみなさんは卒業して、高校で勉強し、さらに大学に来ました。もう十分、社会に生きられる基礎能力はついているはずです。これから学ぶのは、みなさんがイチローになることです。そのためには自分の能力が何かということを発見しなければいけません。うまくその能力を発見するとイチローのようにすごくなります。

でも、遺伝子はそれぞれ組み合わせが違っています。かならず誰一人として同じ人はいないんですね。そうすると他の人より必ず優れたものがあるはずなんです。それをどのように発見して、環境、つまり社会の中で生かしていくか、それはみなさんにしか分かりません。その能力を大学というところを通して、新しい知識、あるいは知恵を学ぶことによって見つけ出していくということなんですね。

あえて命を失っても新しいものに挑戦する、そういう連続で生命というものは生き延びてきて、人間はつながってきました。人間もその生命の一つです。そういうエネルギーがあるのは、まさにいまのみなさんです。自分を発見できるのは、まさにいまのみなさんなんです。少しでも新しい自分を発見すると、それは生きている喜びに変わります。


■優しさをもってつながりを見てゆく■

では、具体的に何をすればいいのか。これもいままでお話してきたことを考えればわかると思います。個と全体です。自分と社会のつながりです。私たちは自分の身の回りのことだけでなくて、もうすでに宇宙のことまで、宇宙に生命がいるかもしれないという時代に生きている生命として、宇宙まで視野に入れて見通すような能力を持たなければなりません。

これは空間的な宇宙という話をしているわけではないんです。みなさんはこれからさまざまな分野で活躍されるわけです。ある人は芸術に行くかもしれません。文学の方かもしれませんし、法律の方かもしれません。あるいは理学の方かもしれません。工学の方かもしれません。経済の方かもしれません。ビジネス一つとっても、本当に火星に行くようなくらいのビジネスになっているわけですね。つまりコンピュータを駆使し、人間の精神構造まで調べて、そういうことまで全部考慮に入れて初めてビジネスというものが、成り立つぐらいになっているわけです。私たちは、そういう時代に生きています。そのためには本当に強い意志が必要です。自分が何者であるのか、自分の能力というのが何であるのかを発見するのは大学時代であり、それを社会で花を開かせるには強い意志が必要なのです。

そしてもう一つ大事なのは、いつでも自分のことばかり見ているのではなく、40億年前から現在までのつながりを、水平的には北大ばかりではなくて、北海道、日本、そしてさらに世界中の人類という広がりを見なければなりません。そして地球上には、人類ばかりではなくて色々な生き物がいます。私たちは色々な生き物を食べて生きていて、それは限られているということもわかっています。限られた資源の中で、限られた生き物の中でどういう風に生きていかなければならないかを考えなければなりません。それぐらい、人間は地球全体に影響する能力を持ってしまいました。地球生命すべてを思いやる優しさ、こういうものを持ちながら、ぜひ大学生活を有意義にかつ楽しく発見していってほしいと思います。



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