リテラポプリ

北大は新入生を歓迎する

施設探訪

虫と石

もういちど北大と出会う

information

建築設計図が語る北大の歴史

Sustainable Campus♪─◎キャンパスを次代に引き継ぐ 建築設計図が語る北大の歴史 工学研究院 池上重康 【第28回】中央道路

北海道帝国大学工学部附近中央道路修繕工事設計図(1925年)(北大施設部所蔵)

北海道帝国大学工学部附近中央道路修繕工事設計図(1925年)(北大施設部所蔵)

北海道大学札幌キャンパスを南北に貫く中央道路(通称メインストリート)は、いつ形づくられたのか。

1907年に、北1条キャンパスから現在の北8条キャンパスへ移転した当初からあったと考える人が多いようだが、上図左の1918年の平面図からは、サクシュコトニ川より北半分には道路がなく、しかも、キャンパスの中心軸は農学部の諸教室が取り囲む東西の道路であることが読み取れる。第2農場施設群だけは現在地に移転しているものの、それ以外の施設はすべてサクシュコトニ川の南側に位置する。現在の中央道路の萌芽はあるものの、この時点では、キャンパスの基軸とはなっていない。

中央道路の形成は、医学部附属医院と工学部本館の建設―すなわち、キャンパスの北への伸展―に端を発する。『北海道帝国大学一覧』の1919年~1923年にはキャンパス平面図の添付がないので、その間の状況は不明であるが、医学部附属医院の病棟を計画した時に、この道路も計画されていたらしい。上図右の1924年の平面図の南北を縦断する太い道路に初めて「中央道路」の文字を確認できる。同時に北13条通りもこの時点で完成していることがわかる。しかし、この平面図はデフォルメされている。実際には完成当初の中央道路は一本の太い通りではなかった。

右図は1925年の「工学部附近中央道路修繕工事設計図」の平面図で、図面下部のサクシュコトニ川付近の道幅が細く括(くび)れている。この設計図には断面図も併記されていて、そこから、まだ起伏の多かった中央道路北半分を平坦に均し、かつ、道路幅も拡張する計画であったことがわかる。

中央道路を分断する括れには、橋が架かっていた。1960年代後半に工学部本館を建て替えるのにあわせて、サクシュコトニ川を暗渠(あんきょ)にした時に初めて道路の括れがなくなり、文字通り「中央道路」となったのである。

(いけがみ しげやす)

このページの先頭へ

Copyrights (C) 2013 Hokkaido University All Rights Reserved.