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1979年に北海道大学文学部に入学した3人は、それぞれ中国哲学と英文学を学び、卒業してからは、
1人は学者に、1人は高校の英語の先生、そして1人はNHKのニュースキャスターと、
それぞれまったく違う道を歩んできました。
学生時代を思い出してもらおうと、3人を秋の北大植物園にお招きし、
いままでの夢、これからの夢をじっくり語り合ってもらいました。
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北大大学院国際広報メディア研究科
博士課程在籍
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NHKニュースキャスター
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北大大学院文学研究科助教授
(中国文化論・中国哲学)
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北海道小樽潮陵高出身
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北海道札幌南高出身
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三重県私立高田高出身
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高校で長く英語を教えた経験を生かして、今大学院で最新の英語教育技法を研究中。
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北大文学部で英文学を学んだ後、「7時のニュース」のメインキャスターをはじめ数多くの話題番組を担当、NHKを代表するキャスターとなる。
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孔子・孟子を中心とした中国古代思想の研究者。学問的に高度だがわかりやすい講義で、多くの学生たちの人気を集めている。
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学生時代、植物園によく行かれたそうですが、久しぶりの植物園はいかがですか?
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久々の印象では、大都会の真ん中なのに、ほんとに広々とした空間だなあって思います。ベンチが欲しくなるような感じかな(笑)。
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大学院に入学してまた学生に戻って改めて来てみると、植物園が綺麗になって整備されたんだなあ、という印象を持ちました。
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(ゆはず)
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私は大学にきて初めて札幌に住んだのですが、最初の頃に植物園に来たことを思い出しました。クラスの友人5・6人で来たんですが、皆でクルミを拾っていたら、植物園の管理人さんに見つかって、「国有財産だから拾っちゃいけない」と怒られました(笑)。
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大学時代を思い出されたようですが、北大進学の動機を聞かせてください。
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私は三重県出身ですが、小学校の先生を始めとしていろいろな人から北海道旅行の話などを聞き、憧れの地でした。でまず北大に入りたいという気持ちになりました。
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やっぱり北海道で生まれ育って、できたら北大に入りたいなっていうのは小さい時からありましたね。
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私も道産子(どさんこ)で北海道が好きだし、札幌が大好きだし、大学、進学、就職、全て含めて北海道から出るって考えた事が、無かったんです。それで最初の北大受験の時は、札幌でも珍しいくらいの大雪だったんですが、これが、幻想的で綺麗だった。大学の中をあんなにたくさん人が歩いてるのに、音がしない。ふと見ると、古河(ふるかわ)講堂の前でナナカマドがまだ真っ赤な実を残していて。それを見た瞬間に、今年はダメでも、絶対勉強してここに来なきゃいけない、と思いました。やっぱり一浪しちゃったんですけど、でもあの景色を見てここの学生になろうと決心しましたね。とにかく4年間、北大の景色の中に住みたいっていう。
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キャンパスに入った途端、札幌という大きな街の真ん中なのに静かなんですよね。私の最初の印象も、雪景色の中の静けさでした。
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大学の最初の教養課程では、1年半かけて自分がなにを本当にやりたいのかというような、自分探しの時間であったのも思い出深いことです。
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自分をなんとかして見つけなきゃっていうのは、私にはあんまりなかったんですね。全部の講義に興味があるというのはやはり無理だと思いますし、むしろ18歳19歳の自分がこの環境の中で、色んなものを感じたいっていうのが大きかった。最初とにかく北大の隅々まで歩き回ったりして。
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その当時では、農場がもっと広かったですね。
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うん、広かったですよね。ポプラ並木と工学部の裏側あたりに、馬とか巨大な豚とか(笑)、いろいろいましたし。
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朝方、校内を馬術部の馬が行く光景って普通でしたね。朝もやの中から、馬が現れる。今は全然いなくなっちゃいましたね、馬。
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残念ね。勉強といえば、当時、特別講義といって、色んな先生が1つのテーマ、私の出たのは確か癌(がん)についてで、医学部だけじゃなくてそれこそ文学的なアプローチとか、数学的な考えとかいろいろで、あーこれが大学なのかなって思いましたね。1つの講義で、大学の持つ色んな能力が1つのテーマに集まってくるのが面白かった。つまり物事のアプローチは1つじゃないっていうのを見せてくれたという事は、大学に入ってすごく新鮮でしたね。そういう興味がないときは、もう金吉さんのノートにどれだけ助けられたか(笑)。
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そんなことないですよ。でも、たしかにノートだけはとってましたね。
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教養が終わって文学部の専門課程に進んだとき、私は中国哲学というところでしたが、1学年5人か6人でした。
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英文は20人くらいいましたが、それで何人かで集まって輪読会みたいな形で勉強しましたね。不思議の国のアリスとか、赤毛のアンもやった。嗜好(しこう)は、森田さんと似てたかな。
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私も読書は好きでしたが、1人で読む方でした。お勉強にしたい本と、お勉強にしたくない本てありますでしょ?たぶん赤毛のアンとかマザーグースとかそういうのはきっと自分のものにしたかったんでしょうね。ほんとは今もう一度大学の英文科に入りなおしたら、詩を勉強してみたいな。大学卒業してから旅行などで海外に行くと、文学がそのまま会話の中に生きてるんですね、あの感覚に憧れますね。ワーズワースとか覚えとけばここでちょっと使えたかな、みたいな機会が結構あったんですね。
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中国古典は、句読点もなく、漢字だけしか並んでいないので、最初は何も読めないんです。先輩から、輪読会などで直接指導を受けないと読めない。森田さんが言われたように、詩の引用とか、ギリシア・ラテン語の成句が、欧米の知的な人たちの会話にはよくでてきますけど、私はそういう教養の根元にだんだん興味を持つようになりました。それで中国古典に行き着いたんです。
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学部の思い出では、教育実習ですね。近所の中学だったんですが、ちょっと学校が荒れていて…授業中にうるさくて授業ができなくなる、いわゆる学級崩壊に近い状態でした。その中で、ビートルズの「ハロー・グッドバイ」という曲を録音して行って、単語いくつ聴ける?というのから始めましてね。そうしたら、子供達、楽しんで一生懸命聴いてくれるんですよ。
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掴(つか)みましたね、心を。
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うーん、たぶん教える単語は一緒でも、やり方によってはつまんなかったり、どこか入り口を変えれば逆に面白くなるじゃないかっていうことを、実感しました。 |
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