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小林 理子
Kobayashi Riko
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北大保健管理センター講師。山口県山口高出身。1986年山口大学医学部医学科卒。医学博士。専門は臨床精神医学・睡眠科学・臨床てんかん学。研究テーマは、「中高年者における睡眠」「生体リズムの性差と高照度光照射が及ぼす影響」。
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現代は睡眠に対する関心が高い時代です。デパートでは癒しをテーマに快眠グッズが店頭に並んでいます。快適に眠るための寝具、アロマセラピーのためのオイル、マイナスイオンを発生する商品…。慌しい社会生活の中で、疲労を回復させ、健康に生活していくためには快適な睡眠は不可欠なのです。
私たち精神神経科の研究グループは睡眠障害やリズム障害の治療をしています。また睡眠障害のない健康な方を対象にした研究から、年を重ねると睡眠はどう変わっていくのか、男性と女性とでは睡眠はどう違っているのかを明らかにしてきました。
さらに、睡眠そのものを人工的に変える研究にも踏み込んでいます。つまり睡眠の質を高め、日中に高い精神機能を保つための「ツール」としての高照度光も研究しているのです。
■年をとると睡眠が変わる
年を重ねると、年々、睡眠の質は低下するといわれています。私の先輩である北大医療技術短期大学部福田紀子助教授の研究によると、男性では50歳代から夜間に何度も目が覚めるようになり、睡眠後半のレム睡眠(素早い眼球の動きがあり、鮮やかな夢を見ている段階)は減少します。また、早くも30歳代から深い睡眠が減り、浅い睡眠が増えることも分かりました。男性ばかりではありません、私の師である北大医学部元講師(現札幌花園病院副院長)香坂雅子先生の研究では、女性の場合も加齢によって睡眠の質が低下することが判明しました。
■男の睡眠・女の睡眠
ところが、私たちの研究では、中高年の睡眠には男女で大きな違いがありました。60歳代後半の人たちの脳波を何日間か継続的に記録してみると、女性では睡眠段階3(深い睡眠の段階、強い刺激がなければ起きることができない段階)が比較的まとまって出現しているのに対して、男性では睡眠段階3はあまりなく、もっと浅い段階、たとえば睡眠段階1(うとうとしているか、起こされるとすぐに目覚めるような浅い睡眠の段階)や睡眠段階2(それほど深くはないけれども安定した睡眠の段階)がほとんどでした。そのうえ男性では、女性と比較して、中途覚醒の回数が多く、特にレム睡眠から目が覚めてしまうことが目立ちます。
しかし、その代わりに男性は女性に比較して、日中の何度かの居眠りで深く眠っているので、結果として夜間の睡眠不足を埋め合わせていることがうかがわれました。
統計的には、「眠れない」と訴える中高年者は女性に圧倒的に多く、周囲の理解が得られずに苦しい思いをされる方も多いと言われています。
しかし私たちが調査してみると、男性よりも女性のほうが確かに睡眠の質は低かったのですが、にもかかわらず、私たちの調査では、自覚睡眠感には明らかな男女差はありませんでした。つまり、睡眠に男女差はあるものの、女性だけが苦しんでいるわけではない、ということが分かったのです。
■睡眠薬に頼らない安眠法
眠れないことから、睡眠薬を服用する人が多いと思われます。しかし、薬には翌日の眠気、ふらつき、むせこみといった副作用があることが多いのです。とくにお年を召された方にはこたえます。そこで睡眠薬に頼らなくても、なんとか眠れないものか、と私たちが注目したのが「高照度光を使った光療法」というものでした。
光療法は、冬季うつ病や睡眠覚醒リズム障害の治療法としては、すでに用いられている療法です。痴呆症状のある高齢者の夜間の徘徊や興奮にも効果があることも分かっています。しかし中高年者の睡眠に対する影響を詳しく検討した報告はありませんでした。 そこで私たちは、健康な中高年者に、朝1時間ほど約8000ルクスの光を5日間ほど浴びてもらいました。電灯で照らしている普通の屋内では200〜400ルクスほどですから、それより20倍以上も明るい光です。つまり曇りの日に戸外で浴びるくらいの光です。 その結果、ある女性では主観的睡眠感(朝起きたときの眠気、睡眠がまとまってとれたかどうか、朝起きたときに気がかりなことがないか、よく眠れた印象があるかどうか、寝つき、の5つの因子についての本人の自覚)は光照射後にずっと改善しました。 また札幌市内の老人病院の皆さんの協力を得て、80〜90歳代の高齢者の方々に机上で8000ルクスになる光療法室で昼食時の1時間を過ごしてもらいました。9週間のプログラムで中間の3週間の期間だけ、この強い光にあたってもらいました。
すると強い光にあたっていた期間は寝つきがよくなり、午前中の眠気が少なくなりました。寝付きは看護スタッフが毎日記録したものですから、客観的で正確なものです。一方、強い光にあたっていない期間では元通りでした。つまり強い光は劇的に効いたのです。 また、ある92歳の女性は、光照射後、表情が豊かになり、夜間の排尿の回数が減り、夜も目覚めることが少なくなりました。睡眠脳波を記録して見ると、光照射前には夜間何度も目覚め、午前3時頃に覚醒した後は長時間にわたって眠れず、朝方は寝たり起きたりを繰り返していたのですが、強い光にあたってからは中途覚醒が減少したばかりではなくて、まとまった眠りが得られるようになったのです。
■次の研究は更年期の睡眠
いま私たちは、高齢者についての研究を一段落させて、つぎに「更年期の睡眠・覚醒と光」をテーマに検討に入っています。情緒的に不安定になりやすい更年期には睡眠も不安定になりやすく、その睡眠を改善できる手がかりが得られるかどうか、が私たちの大事なテーマなのです。
人類がその誕生の始めから、日々取ってきた「睡眠」、創世の時代から燦然(さんぜん)と輝いていた「光」。この2つは、限りないテーマを私たちに与えてくれそうです。
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