皆さん、学部卒業おめでとうございます。4年ないし6年の学士課程を修了し、晴れて北海道大学より学士号を取得されたことを心からお祝い申し上げます。また、皆さんを今日まで育んでこられたご参列のご家族の皆さまには、お祝いの言葉とともに、これまでのご苦労に感謝の意を表したいと思います。
北海道大学を卒業するに当たって、本学の教育研究に関する四つの基本理念であります「フロンティア精神」、「国際性の涵養」、「実学の重視」および「全人教育」の意味を改めて考えていただきたいと思います。
「フロンティア精神」は、北海道大学の前身である札幌農学校初代教頭のクラーク博士が開校式で唱えた“lofty ambition “(高邁なる大志)という言葉をその端緒とし、敢然として新しい道を切り拓いていくべきとする精神であります。これから皆さんが仕事に就くにしろ、また大学院に進学して研究に従事するにせよ、新しい課題に正面から取り組み、道を切り拓いていく精神を持つことをいつも心がけてください。
21世紀の世界で皆さんが力強く活躍していただくためにお願いしたいのは、「国際性の涵養」に努めることです。国際性を涵養するには、自らの文化の自覚に裏づけられた異文化理解を深めることと、外国語のコミュニケーション能力を高めることが重要であります。札幌農学校二期生の新渡戸稲造は、本学の「国際性の涵養」の理念を最も良く体現している人物です。新渡戸は、第一次世界大戦後に世界平和の確立と国際協力の促進を目的として設立された国際連盟の初代の事務次長を7年間にわたって務めた国際人です。新渡戸は、「太平洋の架け橋になりたい」という若き日の思いを生涯かけて実行しましたが、「太平洋の架け橋」とは、欧米文化を取り入れる一方通行の橋ではなく、彼が書いた『武士道』に示されているように日本の文化を外国に伝えることも出来る双方通行の橋であったことが特に重要です。
21世紀のグローバル化した世界で文明の共存を図るためには、異なった文化、異なった文明を理解し、自らの文化や文明と共存する方策を創り上げていくことが求められています。その際に、新渡戸が東西文化を比較しながら述べたように、「東西の差というのは、決して根本的なものではない」という信念を持つことが大事であると考えます。
「実学の重視」も北海道大学の特色ある基本理念であります。「実学の重視」には、二つの意味があります。一つは、「現実社会と一体となった普遍的学問の研究」、もう一つは、「基礎研究のみならず応用や実用化を重んじ研究成果の社会的還元を重視する」という意味です。その代表的な例として中谷宇吉郎博士を挙げたいと思います。中谷博士は、今日北海道大学の特色を最も強く発揮している低温科学研究所の創設者でありますが、十勝岳や北大構内で観察を積み重ね、雪の結晶の分類を確立し、人工雪の製作という輝かしい学問的業績を残すともに、千島および北海道の霧を消す研究や鉄道線路の凍上対策の研究など地域での応用のための研究にも功績を上げられました。
中谷博士は、実用化を目指す科学研究の重要性とその難しさについて、「科学が実際に役立つまでには、いろいろな段階がある。そして原理の発見は、そのほんの第一歩である。」「最初の原理の発見には、もちろん優れた頭脳による精神労働力を必要とする。しかしそれを実用化するには、少なくも量的には、それの数十倍、或いは数百倍の精神労働力が必要である。この後の方の努力、即ち科学を実際の役に立てる仕事が、日本ではとかく軽視されがちであった。」と述べています。
「全人教育」の成果は、豊かな人間性と職業に対する高い倫理観を持って社会で活躍することに表れるものです。高い技術者倫理をもった先人として、札幌農学校二期生の広井勇のことを述べたいと思います。広井は、札幌農学校の助教、教授を経て、1897年に小樽築港事務所長として、当時最大の土木工事である小樽築港の建設を委ねられました。広井は11年の年月を費やして、総延長1,289メートルの日本初のコンクリートブロック防波堤を完成させました。それまで、コンクリートを用いた防波堤建設は、各地でひびが入るなど失敗が続いていましたが、広井は、コンクリートブロックに火山灰を混ぜて強度を増し、また、ブロックの積み方も斜めに積み上げる方式を採用し成功しました。最近行なわれた本格的調査では、建設後100年近くたった現在でもコンクリート本体はほとんど劣化していないことが判明しています。
広井勇の人物像について、札幌農学校の同期生である内村鑑三は、広井に対する追悼文の中で、「清き正しきエンジニアー」であり、また、「鋭い工学的良心」があったと、技術者としての職業的良心を絶賛しております。
広井勇が、内村鑑三が評するように「清き正しきエンジニアー」であることを示すエピソードがあります。小樽築港の竣工式典を質素にするよう要望し実現するとともに、東京の留守宅に「ヘソクリ スベテ オクレ」という電報を送り、夫人の貯金を全部電報為替で送るように頼み、汗を流し合った所員や労働者に私財で料理と酒を振舞ったそうです。
これから社会で活躍する皆さんとって、社会の各分野で職業倫理に緩みが生じてきている今日、確固たる倫理観を持って歴史に残る事業を成し遂げた広井勇の生き方から学ぶところが大きいと考えます。
卒業生の皆さん、課外活動によって学生生活を楽しんだでしょうか。学生時代に得た友人は生涯にわたる宝になります。北海道大学は、学生の課外活動が人間性を養うのに重要であると考え、応援しています。昨年60周年を迎えたボート部が全日本大学選手権大会の「男子舵手つきフォア」種目で優勝しましたので、その功績を讃えるために「北大えるむ賞」を授与しました。「北大えるむ賞」に次ぐ賞として「北大ペンハロー賞」も設け、全国七大学総合体育大会や北海道地区体育大会などの競技やコンクールで優勝した個人又は団体を表彰しており、その成果が生まれてきています。これからも後輩たちへのエールをお願いします。
北海道大学は、今、新しい教育研究領域で、多くの挑戦を始めています。今年度から、患者さんにやさしい医療を目指して、世界の最先端を行く未来創薬・医療イノベーション拠点の形成という大型研究プロジェクトが、先端生命科学研究院と医学研究科・医学部の協力により、産学連携に実績のある企業を協働機関として、10年計画で始まりました。今年4月には、日本最初の観光学に関する大学院とアイヌ・先住民研究センターを開設しますが、いずれもが学問的要請とともに、地域社会からの強い期待にも応えるもので、北海道大学の新しい未来に向けての第一歩を踏み出すものであります。これからも皆さんの母校は、新たな課題への挑戦を続けていきます。次の世代を担う若き皆さんも、本学の建学の精神である高邁な大志を抱いて新しい課題に挑み、社会の第一線で活躍することを念願して、告辞の結びといたします。

平成19年3月23日
北海道大学総長 中 村 睦 男