平成19年度入学式 総長告辞

北海道大学総長 中 村 睦 男
 

 新入生の皆さん、北海道大学への入学を心から歓迎します。
 大学が個性と特色を求められるなかにあって、北海道大学は、北の大地で”lofty ambition”(高邁なる大志)を唱えたクラーク博士の教えに始まる130年を超える歴史のなかで、確固とした教育研究の理念を培ってまいりました。教育研究の基本理念は、「フロンティア精神」、「国際性の涵養」、「全人教育」および「実学の重視」の四つに集約されています。新入生の皆さんにとっては、「全人教育」と「国際性の涵養」が特に関わります。

 「全人教育」とは、人間性を全面的・調和的に発達させることを目的とする教育を意味し、皆さんがこれから受ける教養教育と密接に結びついています。北海道大学の前身である札幌農学校は、農学校という名前から受ける印象とは異なり、学士号を授与する日本で最初の近代的大学でした。クラーク博士が編成したカリキュラムのなかに、農学に関する専門科目だけではなく、語学、雄弁術、討論、演説などの科目が並んでいることにみられるように、札幌農学校は、農業の専門家にとどまらず、豊かな人間性と高い知性を兼ね備え、広い教養を身につけた人間の育成を図っていました。それは札幌農学校の卒業生から、内村鑑三、新渡戸稲造、志賀重昂、有島武郎など思想・文学をはじめ、人文社会科学分野における優れた人材を輩出したことにも示されています。
 教養教育の目的は、専門の枠を超えた自然、人間、社会、文化の全体像についての知識を獲得するとともに、調査能力や豊かな表現能力を習得することにあります。調査能力や表現能力は、どのような専門にあっても共通に必要な基礎的な能力です。少人数教育による一般教育演習や論文指導の授業が充実しているのも、北海道大学の教養教育の特徴です。特に、北方生物圏フィールド科学センターの演習林(研究林)、牧場、臨海実験所や水産学部の練習船を使った一般教育演習は、北海道の自然に触れる刺激的な体験学習として学生に人気があります。教養教育は、自分の専門とは関係がないといった狭い了見ではなく、広い視野に立って様々な授業を受けることを期待しています。
 「全人教育」は、正規のカリキュラムに沿った教育だけではなく、運動部や文化団体での課外活動、ボランティア活動による仲間との人間的交流によっても養われるものであります。北海道大学では、課外活動の重要性を認めて、現在、文化系48団体、体育系63団体を学生公認団体にしております。また、スポーツ競技や文化活動のコンクールでの成績優秀者を表彰するため「北大えるむ賞」や「北大ペンハロー賞」を設けています。

 「国際性の涵養」という教育研究に関する基本理念の意義は、自国の文化の自覚に裏づけられた異文化理解能力を養い、国際的に活躍できる人材を育成するところにあります。北海道大学には、現在、800名を超える外国人留学生が学んでいます。まずは、身近なところで、留学生の友人を持つことは、異文化や外国語を学ぶ契機になります。皆さんが留学生と積極的に交流することを願っています。
 北海道大学の卒業生には、JICA(国際協力機構)や青年海外協力隊で働く人が多数います。JICAのトップにある緒方貞子理事長は、10年にわたって国連難民高等弁務官として国際社会で難民救済活動の指揮をとられました。緒方さんの「世界に出て行く若者たちへ」と題するメッセージを若い皆さんに伝えたいと思います。
 それは、「国際機関で働きたいと思っている人だけではなく、日本のあらゆる若い世代に、『何でもみてやろう』『何でもしてやろう』という姿勢を持ってもらいたいと思います。」「若い世代に申し上げたいことは、国際社会で言葉はとても大切だということです。しっかりとした言語能力がなければ、実のある行動はできません。自分の意志を伝えたり、用を足す手段としてだけに考えず、相手の文化を学ぶ材料だととらえるべきです。さまざまな言い回しに、その言語が生んだ文化がそのまま表れているのです。言語は文化であることを自覚して学び、使うことが必要です。言語を通して開ける新しい世界、ひとつの文化、別の価値体系との遭遇が、遠い国の人々に対して連帯感を持つことにつながります。」というメッセージです。
 緒方さんのメッセージにあるとおり、皆さんが一年次に学ぶ外国語科目は、異文化を学び、言語によるコミュニケーション能力を養い、「国際性の涵養」にとって大きな意味を持っていることを理解してください。

 「フロンティア精神」は、北海道大学の建学の精神を最も良く表した基本理念であります。卒業生の多くは、クラーク博士の”Boys, Be ambitious”の言葉に勇気づけられてきました。本日、入学式の後の「本学の卒業生からのメッセージ」でご講演をいただく松田昌士先輩は、今から20年前、国鉄改革で国鉄の分割民営化のために中心的な役割を果たし、その後JR東日本の副社長、社長、会長を経て現在相談役についておられます。松田先輩は、著書『なせばなる民営化 JR東日本』のエピローグで、「ボーイズ・ビー・アンビシャス」は、「開拓者精神、フロンティア精神を持て」ということであり、「北海道で過ごした少年の日々、そして北海道大学における学生生活。北海道の土地で育まれた私の心にくっきり刻み込まれたのは、荒野を切り拓くこの開拓者精神に他ならない」のであり、「私は、何か困難にぶつかる度に、この『拓』という言葉を思い起こして、自分の気持ちを奮い立たせてきた」と述べておられます。北海道大学の建学の精神を身をもって実現してきた先輩の生の声に、ぜひ耳を傾けてください。

 大学は、教育の面では、「学生中心の大学」でなければならないと考えます。学生による授業評価は、本学では10年以上の蓄積があり、授業の改善に役立っています。また、授業や施設などに対する学生からの要望については、大学側から懇切に文書で回答することにしています。
 ヨーロッパにおける大学の歴史は、中世に誕生したフランスのパリ大学とイタリアのボローニア大学にその源流があります。パリ大学が「教師の大学」であったのに対して、ボローニア大学は、「学生の大学」であったと云われています。ボローニアでは、学生が集まって大学を作り、雇われた教師が一定の条件にしたがって授業や試験を行ない、学生に学位を授与しました。条件に違反した教師に対する罰則は厳しく、授業に遅刻したり休講する教師、決められた期限内に授業を終了しない教師、学生の期待する学問水準に達しない教師は罰金や罷免の対象になったそうであります。ヨーロッパでは、パリ大学型が主流になっていきますが、ボローニア大学型の学生中心という精神は消滅したわけではなく、現在の大学に引き継がれています。大学における教育にとって、学生の自発性や主体性がいかに大切であるかをこの大学の歴史は物語っています。

 北の大地に根ざし、長い伝統を有する北海道大学を選んで入学した皆さんが、将来国の内外において志を大きく抱いて活躍することを確信しています。北海道の豊かな自然を背景に、美しく広大なキャンパスで、12の学部を備えた総合大学の利点を十分活かして学生生活を送ることを願って、入学式の告辞を結びます。


平成19年4月6日

北海道大学総長 中 村 睦 男