はじめに
学生による授業アンケートは,一見したところではたいへん気まぐれである。これまでの私の経験では,同じ授業しても――正確に言うと,そうしたつもりでも――,年度が変わると評価が大きく変わることがしばしばある。しかし,高い評価は学生にとって達成感が大きかったからであることはほぼ確かだ。ただ,その達成感の大小が,非常に多様な要因に依存していて単純でないために,気まぐれにみえるのでないかと考えている。今回の私の授業が高い評価を受けた要因を分析して,参考に供したい。
1.授業の概況
授業の内容は2年生前期の学生に対する民法の演習2単位であり,授業の目標は,大教室で実施された民法の授業の理解を深めることであった。選択科目で,当初に履修を希望したのは38名であったが,使用可能な教室の大きさに制限があったため,成績により26名に絞った(うち,留学生が2名)。一般的に言って,必須科目か選択科目か,希望者を全員受け入れるか成績により選抜するか,大人数か少人数かは,学生の理解度と達成感に大きく影響する。私はほぼ毎年,民法の講義も担当しているが,平均点以上の評価は受けても,特に高い評価を受けることはない。実質的に必須授業で,200名を超える大教室授業になると(試験を受けるのは300名近い),学生の理解度をみながら講義内容をコントロールすることが困難である。今回の高い評価の背景には,第1に,以上のような履修者の特性があるように思われる。
2.事前のコミュニケーション
(1)Hu-Webの活用
この演習のためにHu-Webにゼミのホームページを開設し,授業時間は金曜日の第2限の1時間半であったが,演習の前々日の火曜日の午後3時までに,履修者全員が,問題を整理し各自の私見をまとめたものと質問を書き込むことにした。当日報告者を担当する3名は,報告を準備すると同時に,書き込まれた全員の問題整理と質問をみて,質問に対してはゼミの時間に答えられるよう準備する。私自身も,事前にざっと目を通し,大体の学生の理解度を把握して授業に臨んだ。また,授業中は各自の問題整理と質問を手元に置いて,適宜,参加者の発言を求め,また,問題整理に見られた誤解を訂正した。
ホームページへの書き込みによって,全員に予習を義務づけたことは,問題点を1時間半という短い時間に整理し,解決策を明確な形で確認することを可能にした。これは,参加した履修者の獲得感,到達感を満足させたと思われる。
(2)ティーチング・アシスタントの指導
報告者の報告準備を博士課程の大学院生に指導させた。報告者は,簡単なレジュメ(当初はB4版1〜2枚にまとめるよう指示したが,次第に3〜4枚に増えた)を作成し,授業当日はそれに従って報告する。その報告の準備をティーチング・アシスタント指導した。ティーチング・アシスタントは,参照すべき文献を指示し,問題点を整理する話し相手になっていたようである。
3.事後のコミュニケーション
検討後レポートの提出と添削
報告者3名には,検討後レポートとして提出させた。ここでは,報告レジュメでは事案の解決を提示することが目的だが,それと違って,議論した問題の中でとくに関心を持った問題につき一歩踏み込んだ検討をして提出するようにさせた。これについては,添削し,文章表現を含めて訂正して返却した。これも,少人数だから可能であった。
4.教材――司法試験問題
以上の他に,今回の演習で履修者の達成感が高かった原因として,使用した教材があると思われる。
民法には4単位の科目が4つないし5つあり,分野が広く,要求される勉強量も多い。全部修得し終わるのは3年生であり,2年前期までに講義を聴いているのは民法の3分の1程度である。したがって,2年前期に教える教材にはいつも苦労してきた。実際の裁判例を教材とすると,事件の実際に触れることはできるが,同時に,個々の事件の癖を説明して,議論すべき問題の中心部分に到達するのに1時間近くを取られてしまい,1時間半の授業の中で考え方のポイントを伝えるには,不適切である。公刊されている事例問題演習を教材としたこともあるが,事例問題演習には普通解説が付いているので,学生はついそれに引きずられて,自分で考えることをしない。しかも,解説には,解説者の関心に偏ったものが多い。そこで,履修する学生の知識と能力に即した事例問題を作ったこともあるが,過不足のない問題を作るのはたいへんな作業である。それは,2人芝居のストーリーを創作するような作業である。
以上のような次第から,本年は,自作の問題を混ぜながらも,主には,過去の司法試験の問題(いわゆる「過去問」)を教材として使用することにした。もちろん,過去問の中から,1年から2年前期までに履修する範囲の問題を選んだ。この教材選択は,教材作成で苦心惨憺した結果であり,当初から計画したものではなかった。過去の司法試験問題については,大学の教師や予備校教師が執筆した解説が複数あるから,それを読んで報告するのでないかとの危惧が少しあった。しかし,公刊されている解説にはポイントを外していると思われるものが多い。そのことを授業の最初に注意して,「とにかく自分の頭で分析し,整理し,文章に書くように」と言った。「どこかの解説をみて写した報告は,少し質問して答えられなくなるから直ぐに分かる」とも言った。司法試験の問題であるという素材のオーラが,学生の取り組む意欲をかき立てたのかも知れない。学生達は,実によく調べて報告した。公刊されているいくつかの解説より遙かにしっかりした報告をした。問題を解くために,私の知らない判例を掘り出してきて,私見を構築する報告もあった。
司法試験の問題は,大学での教育の範囲や程度を考慮しつつ,法律家に要求される基礎的な能力の有無を見るように気を遣っている。しかも,今日の法律問題の主要なものを取り上げるようにしている。平均して卒業後3〜4年の受験勉強をして合格答案を書ける問題は2年前期の学生には難しいのでないかと危惧したが,1時間内に『六法』だけで解答するという制限がないので,2年前期の学生にはちょうどよい難度であった。1問の作成に相当な労力とお金を掛けている過去問は,捨てて置くにはもったいない教育上の無形文化財だとの印象を持った。
おわりに
上に述べた授業方式は,1年生ではあまり有効でないであろう。18年度に担当する同じ2年生向けの民法演習でうまく機能するかも分からない。民法以外の授業では参考にならないであろう。しかし,教材の選択・作成や,事前と事後のやり取りが,授業の成否に決定的であることは,分野を問わないのでないかと思う。