私はかなり不真面目な学生でした。たいていの授業は最初の一,二回出たきりで,後はサボって街を歩いたり,濫読にふけったりという学生生活でした。あの頃の私は生意気にも,「授業で先生が言っていることは,本を読めば分かる」とでも思っていたのでしょう。教員となった今となっては,それは少し悔やまれることでもあります。なぜなら授業を受けた経験が乏しいために,自分の中に大学の授業のモデルがあまりなくて,北大に赴任して間もない頃は授業の準備に大いに戸惑うはめになったからです。また猫に小判というか,当時の自分には価値が分からなかった,質の高い授業もあったに違いありません。しかしそれは今さら言っても仕方ないですから,開き直った私が授業を構想するときの方針としているのは,自分が学生だったなら出たいと思える授業をするということと,自分が面白いと感じるものを伝えるということです。
1 授業の目的・内容
このアンケートの対象となった授業は,文化人類学的に平和というテーマにアプローチすることが目的でした。日本の大学では「平和学」の講座もまだなくて,その教育も立ち遅れています。この授業でしか,平和学に触れる機会のない学生も多くいることと思われました。ですから,文化人類学だけでなく,平和学についても詳しい解説を心がけました。そのとき抽象的な学説史の解説をするのではなく,具体的なトピックを取り上げて,それに関わる範囲で概念や理論を述べることにしました。そこで取り上げたトピックとは,難民問題,被爆体験それに紛争地域での和解でした。
2 授業実施上の取組・工夫
この授業の方向付けとして念頭に置いたことは,次の4点にまとめられるでしょうか:(1)問題志向,(2)事例志向,(3)体験志向,(4)映像資料の活用。(1)問題志向とは,問題を出発点にして授業を展開するということです。現実の世界の問題には,一義的な解答があることはまれで,一つの問題に対し,部分的に正しく部分的に間違っている解答が複数存在するのが通例ということも,具体例を挙げながら強調しました。またレポート課題として,学生自身に問題を見つけさせ,それについて自分で調べて考察を加えさせました。(2)事例志向は,1の最後で挙げたトピックに関わる具体例を扱うということです。例えば難民問題に関し,私が実際にドイツで調査をしている地域住民による難民保護運動を取り上げました。これとも重なることですが,(3)体験志向とは,私自身がフィールドで体験したことを意識的に話すことでもあり,またトピックに関わる体験者をゲストとして招くということでもあります。この授業では北海道被爆者協会からゲストをお招きし,その方の被爆体験をお話していただきました。学生に対し,そのインパクトがかなり大きかったことは,アンケート自由意見欄からも伺えました(例「被爆者の方にゲストとして来ていただいてお話を聞いた回がとても印象深かった」)。授業はもっぱらパワーポイントを用いて進めました。その利点のひとつは写真を取り入れるのが容易になることです。他にも(4)映像資料の活用に関して,ドキュメンタリー番組などをなるべく見せました。百聞は一見に如かずということであり,映像には長く記憶に留まり続ける力があると思えるからです。