文系部局

○ 芸術と文学:漢文講読‐『列女伝』を読む‐ 文学研究科・教授・弓巾 和順

主に1年次を対象とした全学教育では、大学入学後、学生がはじめて接する学問分野の授業評価が高いと聞く。おそらく新たな知的発見を期待してのことだろう。それに対して、私が担当するのは、高校の国語の授業やセンター試験でもおなじみの「漢文」である。かび臭い、堅苦しいなど、とかく負のイメージが強い「漢文」の授業を通して、学生を魅了するのは、まさに至難の業だが、それは逆に教員の腕の見せどころでもある。

ここ数年、私がテーマとしてとりあげる『列女伝』は、いまから約2000年前、前漢の劉向によってまとめられた中国古代の女性伝記集である。そこには、いわゆる良妻賢母など、古来手本とされてきた理想的な女性の伝記が主として収められるが、末尾には悪女の伝記も採録されている。また後代には、各伝記に因んだ絵画も描かれたという。このように、学生にとって親しみやすく、なおかつ各伝記そのものの完成度が高いというのが、『列女伝』を教材として選択する理由である。

授業は「漢文」で記された伝記を読解することと、それぞれの伝記の内容について考究することとからなり、その点では、すこぶるスタンダードなかたちをとっている。ただし、あつかう素材は、教科書にもしばしば登場する模範的な女性の伝記よりは、生死をかけて貞節を貫き通した女性、私情を棄てて公義に殉じた女性、弁舌によって名をなした女性など、強烈な個性をもったたくましい女性の伝記を中心とする。それは、『列女伝』の内容理解を通して、男女の別を問わず、人間としての生き方を考えるというところに、授業の最終目的を設定しているからである。

毎回の授業は、大きく前半部と後半部に分けられる。前半部では、『列女伝』における一伝記をとりあげ、私の方から、漢字の成り立ちや歴史的な背景に触れながら、原文を精読し、その内容を平明に解説する。一方、後半部では、あらかじめ指名しておいた7〜8名の学生に、ストーリー中、どの場面がポイントになるか、また女性のどのような言動が評価されたかについて発言を求め、それを踏まえて、クラス全体で考察を行う。その際、学生の発言をうながすとともに、それらを要領よくまとめて板書し、さらに問題点を浮き彫りにすることはいうまでもない。そうした中で、何より私が重視するのは、学生が自分で問題点を見出し、それを考究できるようリードするところにある。そのため、私の方から助言は行うが、正答などを示したりはしない。ましてや自身の見解を押しつけることがないよう、注意している。

また、私の授業では、ビデオやパワーポイントはほとんど使用しない。もっぱらチョークによる板書とつたない話術に頼るばかりである。しかしながら、「漢文」は負のイメージさえぬぐい去れば、それ自体に読者を惹きつける魅力がある。だから、私の役目は、そうした魅力を伝達するとともに、学生それぞれが「漢文」の世界で、みずから問題を発見し、その解決に向って、多角的に思索する手助けをするところにあると考えている。こうした思考訓練こそ、のちのちの人生において、究極の二者択一をせまられたとき、絶体絶命の場に遭遇したときなど、必ずや役立つに相違ないからである。


top先頭へ戻る