文系部局

○チェコ語入門A  メディア・コミュニケーション研究院准教授  橋本 聡 

1.授業の目的・内容

この授業の目的と内容は、具体的には授業題目「チェコ語入門」が示すとおり、入門レヴェルのチェコ語を身につけること、に尽きます。ただし、より上位の目的が3つあり、折に触れて受講生にも説明しています。

 1)新しい異言語を学ぶことで総体としてのコミュニケーション能力を強化する
 個人のコミュニケーション能力は、日本語のそれ、英語のそれ、と個別にあるのではなく、それらをすべてひっくるめた総体として構造化されています。そして、状況に応じて新しい言語=コミュニケーション・コードを前向きに学ぼうとする態度や、それをどう学べばよいのかという方略を体験的に身につけていることも、その能力の一部をなします。母語(L1)と英語(L2)、そして大学で学び始めた初習外国語(L3)に加え、さらにL4(ないしLn、ここではチェコ語)を学ぶことで個人としてのコミュニケーション能力全般を強化する、それがこの授業のメタレヴェルでの目的です。

2)ことばを通じて他者を知る
 他者のことばを学ぶことは、他者を知ろうとする行為でもあります。ことばを学べば、そのことばが用いられている社会についても関心が湧きます。逆に、ある社会への関心がことばの学習に結びつくこともあるでしょう。いずれにせよ、そこには自分とは異なる言語を持つ人たちへの関心が芽生えているはずで、その関心を知的なものへと変換させる手引きをすることが、教壇に立つ者の責務となります。この授業では、軸足は言語習得に置きつつも、映像資料等を活用して受講者を異文化世界への旅に誘うよう心がけています。

3)「養子縁組言語」としてのチェコ語

 以上は、いわゆる複言語主義 Plurilingualismや、言語習得を生涯学習の重要な一分野として位置づける考え方に基づいています。つまり、受講生にのちのち新しいLnを学ぶきっかけが生じたとき、この授業での体験を役立ててもらおう、という趣旨です。その意味で、受講者の学ぶLnがチェコ語でなければならない理由はとくにありません。

 とはいえ、この授業はあくまでもチェコ語の授業ですから、受講生には授業を契機に今後長くチェコへの関心を持ち続けてもらいたい、というのが教える側の本音です。

 EUは昨年2008年を「異文化対話年」と位置づけ、市民に対し「養子縁組言語=自分の人生にとって運命的に大切な異言語」を持とう、という呼びかけをしていました。市場価値の高い言語(その典型例がlingua francaとしての英語)だけでなく、任意のLnが何らかの理由で個人にとってかけがえのない言語となりうることを指摘し、異言語とのそうした関係性を大切にしてほしい、異言語を学ぶことに前向きであってほしい、というメッセージを込めていました。受講生の皆さんに、北大でチェコ語を学んだことを契機にチェコ語と特別な関係を結んで貰うこと、それもやはりこの授業の目的の一つです。(もちろん私にとってもチェコ語は「養子縁組言語」そのものです。)

2.具体的取り組み

 この授業の特徴は、書記言語態ではなく、音声言語態を重視している点です。たった15回で完結する授業ですので、とにかくチェコ語でコミュニケーションしてみることを最優先に授業を展開しています。

 その際、「話す」というスキルをinteraction (話し相手(たち)と意思疎通する能力)とspoken production(まとまった内容を1人で話しきる能力)の2つに分け、その両方を訓練するようにしています。とくに後者は、日本の伝統的言語教育の弱点でもありますから、意識的な練習を促しています。例えば最終試験では、最低5つぐらいのセンテンスを使って何かまとまったことを話すよう受講者に求めています。これは、英語圏で一般的なfive-paragraph essayを書くという作文トレーニングにヒントを得て、各パラグラフ冒頭に配置するはずのトピック文を5つ集めて話す、つまり5つ程度のセンテンスでもそれらを論理的に組み合わせれば、骨格のしっかりしたspoken productionができあがるはずだ、入門レヴェルでもそうしたトレーニングが必要だし可能なはずだ、という私なりの考えに基づいています。もっとも、トレーニング法の開発がまだ不十分で、今後おおいに改善が必要です。

3.その他

 試験や成績評価を含め、できない点を厳しくチェックするというよりも、受講者が自律的な判断で学び取ったことを肯定的にカウントしていく、というのが基本方針です。その意味で評価はやや甘め、プレッシャーの少ない授業と言えるかもしれません。しかし「秀」を取得するにはかなりの頑張りが必要で、難しいことにあえてチャレンジし、しかもその挑戦に成功した人にだけ認めるようにしています。嬉しいことに、毎学期必ず数人の受講生が、たった15回でそこまでできるようになるものかと、教えた方が驚くほどの成果を上げています。

 北大でチェコ語を教え始めてからもう10年以上になりますが、これまでそうした学生たちの中から数人が、プラハ大学の夏学校などでさらに力を磨き、非常に高度な水準までチェコ語を学び続けてくれました。その人たちにとってチェコ語は、おそらく養子縁組言語になったのだろうと密かに想像しています。この授業が契機だったとすれば、担当者として望外の喜びです。


top先頭へ戻る