北海道大学・オークランド大学共同国際シンポジウム
北海道:自然環境と人間社会との共生をめざして

知床セッション・講演内容(シンポジウムパンフレットより)

環境保全の新たな地平:博物館と先住民文化
Elizabeth Rankin
オークランド大学 芸術学部美術史学科教授
 博物館は、先住民の工芸・美術品をそれに関する知識の研究と保全において重要な役割を担っている。しかし、20世紀後半から、この役割は強く問題視されてきた。作品の収集に異議が唱えられ、工芸品は元々の所有者によって返却が求められた。また先住民の工芸・美術品は正しく評価されているのか、それともいわゆる未開社会に対する近代産業化社会の優越性を誇示し、植民地支配を正当化するための政策の一部として使われてきたのかも問われている。さらなる関心は、先住民の伝統が今なお進行中の現代社会の一部としてではなく、まるで過去に凍結してしまったかのように紹介されてきたことである。
  今日博物館は、工芸・美術品を保全するだけでは不十分であり、先住民文化を紹介し、推進していくことのおいて積極的な役割を担うべきであると考えられている。そして、博物館はこれを独自で行うだけの権限を持つのだと決めてかかるべきでない。もし博物館が社会的に責任を負うべきであるなら、そのコレクションによって描写される全ての人々と協議する必要がある。
 ここでは、博物館が先住民との関係において、この問題にどのように取り組もうと試みてきたかに関して、いくつかの例を見てみる。主にニュージーランド、つまりAotearoaとしてマオリ族に知られている所からの例を参考にする。1984年ニューヨークのメトロポリタン博物館でのTe Maori展以来、ニュージーランドの先住民、マオリ族は彼らの文化と関連のある品々にどのような注意が払われ、紹介されているのかということにおいてますます重要な役割を担ってきている。
  有形であれ無形であれ保全するだけでなく、先住民文化の推進をはかるという取り組みの事例研究として、オークランド戦争記念博物館の活動に焦点を置く。マオリ族の知識や概念を表すための新たな方法や所有感を与えるために、特別なガバナンスの形態が確立された。目標は豊かな歴史的文化遺産があるというだけでなく、今なおダイナミックに生き続け発展している文化があるということを表すことである。

保護地域の生態系保全における社会参加の重要性
Maj De Poorter
国際自然保護連合外来種専門家グループコーディネーター兼「外来種」誌編集者
 保護地域の目的として今日挙げられるものには、生物的多様性の保全という中心的役割に加え、より幅広い社会的・文化的背景における自然資源の持続的利用、そして生態系サービスの保存がある。保護地域は、周囲から孤立的に管理される離れ小島というような存在ではない。例えば、「回廊」によってつながれ、生物多様性の保全にとって好ましい土地利用ネットワークの中の要素としてみる見方のように、保護地域はより広い枠組みに統合される必要があるという認識が現在では深まりつつある。また、このことは、保護地域が先住民共同体を含む地域の人々との関わり合いを必要とするということも意味する。生態系保全を達成するためには、計画および実行という全ての段階において地域の共同体と適切な関わりを持つことが不可欠であり、このようなサポートなくしては生態系保全の目標を達成することは不可能である。
  本発表では、侵略的外来種管理の事例から、保護地域の生態系保全における社会参加の重要性を示したい。保護地域の侵略的外来種管理における地域住民および先住民の積極的関与が、いかに成功への鍵をにぎるかということを、南太平洋およびその他の地域における事例研究から紹介する。

市民に支持される侵略的外来種対策-ニュージーランドの経験から-
Michael Clout
オークランド大学 地理・環境科学部、生物化学学部兼任教授
国際自然保護連合外来種専門家グループ議長
  侵略的外来種(IAS)対策は、一般市民の支援を得ないことには成功の見込みがない。新たなIAS特定の際に役立つばかりでなく、一般市民によって成し遂げられることは多い。市民の支持を得るための鍵は、その意識の向上に努め、IAS問題に地域社会を積極的に関わらせることにある。例えば、ニュージーランドにはIASを管理もしくは根絶することによって在来種を保護しようと努めている地域団体が多数存在する(例:カロリ野生生物保護区、マンワ・コカコ・トラスト)。その他の支援獲得の方法は、現地の団体に新たなIAS侵入を発見し、その拡散を防ぐことへの奨励である。IAS教育の学校のカリキュラムへの導入、また増大する侵入植物問題からニュージーランドの環境を保護する目的を持つ「雑草撲滅」プログラムなど、いくつかの意識高揚および教育プログラムが成功を収めている。最終的には、メディアが「国境パトロール」などといった一般向けテレビ番組でIASの侵入やそれに対する反応について定期的に報道することで、ニュージーランドの生物安全保障(Biosecurity)問題に対する意識を高めている。
 しかし、最近のいくつかの問題にみられるように、万人がIAS対策を支持しているわけではない。
  例えば、オークランドのthe painted apple moth根絶キャンペーンは、使用する薬剤の健康面への影響に対する懸念から、空中散布に反対する住民の抵抗にあった。IAS対策に反対する別の例としては、特定のIASの維持により利益を授かるレクリエーション団体からのものがある。ニュージーランドに導入された種の大部分(シカ・ブタ、マスなど)が環境に有害な影響を及ぼしてきたにもかかわらず、狩猟や釣りといった側面で重宝されてきたことがその例である。レクリエーション団体の持つ影響力に加え、いくつかの種(マスなど)はその主幹産業の一部になっていることから、これらの種は根絶されそうにない。また、残虐性を懸念する動物保護団体と、ナンヨウネズミなど文化的に重要な種の根絶を心配する現地のマオリ族からも反対が出ている。
 大衆の支持を得るには、リスクに関する正確な情報の提供、IAS管理による利点の広報、利害関係者との協議と意見聴取、代替策の考案と進行状況についての定期的な情報フィードバックが不可欠である。万人を満足させることは滅多にできることではないが、このような措置が講じられれば、大多数の社会的一般市民からの支持を得ることが期待できる。

ニュージーランドにおける遺産保護をめぐる争い
Brad Coombes
オークランド大学 地理・環境科学部、芸術学部兼任講師
 自然保護は、しばしば例外なき公益のように扱われる。しかし社会的には、土地と文化的集団をめぐる不均衡という問題を生む。これはつまり、政策決定をする際に文化的および歴史的な文脈に注意を払えるような保護区管理者が必要だということである。1840年のワイタンギ条約により、ニュージーランド先住民であるマオリ族には、天然資源を利用する権利が付与された。しかしそれは、州の保護計画とは折り合わないものだった。それゆえ同条約の条項は無視され、州条例による土地の没収、強制収用、いかがわしい土地取引などが行われた。これが、ニュージーランドの保護区のひな形であった。それゆえマオリ族は、14すべての国立公園における州管理の違法性を訴えている。本発表では、ワイタンギ裁判所が諮問したテ・ウレウェラTe Urewera先住民居住区において自然保護がマオリ族に与えた影響の調査結果を紹介し、政策立案者がこれらの歴史的経緯を明言しない限りTe Urewera国立公園の自然保護が成功しないことを述べる。"協働的"自然保護を支持するならば、国立公園の管理と所有権との間に重要な関係があることを認める必要があるだろう。地域に根ざし、社会正義と歴史正儀に広く深く根ざした政策でなければ、先住民との協働は実現しないのである。

知床世界遺産候補地の自然環境と歴史
中村 元
知床博物館長
  知床半島は約860万年前の新第三紀の火山活動によって基盤が作られ、数万年前から現在に至る羅臼岳や硫黄山など第四紀の火山活動で現在の姿が形づくられた。地形は険しく、河川は急流となって海に落ちる。気候は海の影響をを強く受けており、冬はオホーツク海を南下した流氷が半島を取り囲む。植生は海岸の自然草原から低山帯の針広混交林、その上部のダケカンバ林、高山帯のハイマツ林と標高に応じて変化し、森林の中には知床五湖などの湖沼群や羅臼湖周辺などの高地湿原が分布する。知床半島は狭く急峻な地形の中に多様な環境、多様な植生が圧縮されたように分布していることが大きな特徴である。
  ここに生息する生物も多様で、これまでに確認された陸上生物は817種、陸上哺乳類は34種、鳥類は264種、河川の淡水魚類は42種となっているほか、周辺の海には28種の海凄哺乳類や223種の海水魚類が確認されている。多様な生物相と海域と陸域がセットになった特徴ある自然生態系は、世界で最も低緯度に見られる海水域と原生的な陸上の生態系が接することで成り立っている。流氷がもたらす豊富な植物プランクトンをベースに、沿岸海域では海獣類、海岸ではオオジロワシやオオワシ、サケマスの上る河川ではヒグマやシマフクロウを頂点とした食物連鎖関係が成り立っている。知床にはレッドリストに記載された希少種が多いことも特徴だ。
  知床における人の歴史は縄文時代にさかのぼる。遺産候補地内には8000年前の縄文時代早期以来の各時代の遺跡が残されている。17世紀には知床岬やルシャに多くのアイヌが居住していたことが文書に残る一方、19世紀半ばにここを訪れた松浦武四郎はアイヌコタンの衰退ぶりを記録している。知床硫黄山では19世紀半ばから約100年間にわたって硫黄採掘が行われた。農業開拓の歴史は浅く、岩尾別原野に始めて開拓者が入ったのは1914年のことである。開拓は戦後開拓を最後に三たび試みられたが奥地の火山台地の開拓は困難を極めた。
  一方、1953年には知床で初めての学術調査が行われ、知床の景観と原始性が専門家や国民に知られてゆく。1964年知床は国立公園に指定された保護区としての歩みを始めるが、その前年に着工した知床横断道路の建設が続くなど、しばらくは保護と開発の並立する時期が続く。岩尾別開拓地は国立公園に残された唯一のスタートした知床百平方メートル運動により、土地の買い取りと植林が進められ自然復元が図られた。1980年代に入って知床の保護区としての歩みは加速し、遠音別岳原生自然環境保全地域(1980年)、国設知床鳥獣保護区(1982年)が指定された。
  1986年におきた知床国有林伐採問題は保護と開発をめぐる最後の衝突となったが、この問題を契機に林野庁は保護林制度を改変し新しい保護区、知床森林生態系保護地域(1990年)を設置した。国立公園、鳥獣保護区、森林生態系保護地域と3つの保護区が重なり合い、原生自然環境保全地域を加えて知床は我が国でも最も保護の進んだ国立公園となった。ソフト面ではヒグマと人との接触の回避など、調査結果に基づいた保護管理策が現在まで継続されている。

知床地域における市民参加型保全活動の可能性
宇仁 義和
宇仁自然歴史研究所代表
  知床半島の自然保全制度は陸域では全国でも最も充実した内容になっている。国立公園、原生自然環境保全地域、国設鳥獣保護区、森林生態系保護地域、100平米運動地など幾重にも保護の網が掛けられ、開発行為は事実上不可能な状態にある。しかし、これらの地域指定ははじめから存在したものではなく、学術団体の意見表明や自然保護運動が歴史的な役割を似ない、現在の各種の保全制度が実現してきた。
  世界遺産登録を目前に控え、課題となっている保全対象は、河川と海である。河川は国や道が責任をもつ一級河川と二級河川については、1997年の河川法改正によって河川の管理目的に従来からの治水と利水に加え、環境保全が加わった。斜里川の管理計画の作成でも、鳥類や魚類の専門家、市民団体「斜里川を考える会」が委員に加わり、具体的な提案が取り入れ始められている。しかし、半島部の河川は小規模な普通河川であり、その管理は林野庁の手にゆだねられたままで、市民参加の機会がない。
  小規模な河川の場合、それぞれに管理計画を策定することは現実的でなく、また森林と一体となった環境保全策が求められる。知床半島の河川は小規模とはいえ、シマフクロウが本来の生活を営み、サケやマスが自然産卵する国内では希有な生態系を保持している。今後は、川と森を一貫して保全する面的な保全制度を専門家や市民が参加して作り上げることが必要である。
  最大の難関は海域の保全である。国内には海の保全制度は公害対策として作られた汚染物質規制はあるものの、生き物の保全を目的としたものがない。ごく狭い面積を対象とする海中公園、地域指定の天然記念物があるのみで、極度に保全の制度や施策が不足している。根室海峡を隔てた北方四島の充実した海の保護区とは対称的な状況にある。なぜか。
  根底に「海は終点」という思想があったためではないか。すべてを消化する無限の浄化槽としての海、幸い、それは公害時代に転換した。そして近年になって、サケが森を作る、海鳥の羽が海岸昆虫のエサになっているなど、海と陸の間には物質も命も循環していることが、ようやく広く認知されるように至った。これには知床の世界遺産推薦が大きな役割を果たしたと考える。
  漁業は失面に立たされている状態にあるが、沿岸漁業は水田と同じく千年以上にわたって持続的な利用を可能にした実績があり、燃料の問題はあるが地産池消が可能な食料資源の供給者として21世紀も存続すべきだ。そして海を見続けてき漁業者の持つ潜在的な環境モニタリング能力を保全活動に活かすことが出来れば、オリジナルな取組みとして国際的な評価を受けるだろう。
  知床はいまなお辺境の地にある。ここには研究機関や専門家が常駐せず、地域住民に代わる環境保全活動の担い手は存在しないのである。

先住民族のガバナンスと世界遺産-シレトコ世界遺産へのアイヌ民族の参加-
小野 有五
北海道大学 地球環境科学研究科教授
  先住民の関与しない世界遺産はありえない。世界遺産地域の自然資源管理を、政府(ガバメント)に対する先住民族の統治(ガバナンス)という視点で考えてみたい。実際これまでに設定された世界遺産では、さまざまな意味で先住民族がその管理に関わっている。
  ニュージーランド(マオリ語ではアオテアロア)では、北島のトンガリロ国立公園地域と、南島のサザン・アルプスを含む広い地域(「テ・ワヒポウナム」:マオリ語で"宝のあるところ"の意味)が世界遺産に指定されている。トンガリロ地域は北島の中心部にそびえる火山群であり、先住民族マオリにとっては、創世神話に結びついた神聖な山岳地域であった。ここは、ナイ・トゥワレトアとナティ・ランギという二つの部族の土地であったが、とくに19世紀後半から、白人の一方的な入植・開拓による森林伐採・自然破壊が激しさを増し、これに抵抗しきれないと判断したマオリの首長、ホノルク・テ・ヘウヘウ・トゥキノ4世は、トンガリロの自然を守るために、1885年、トンガリロ全体を自然保護地域として、ニュージーランド国民に寄贈した。これを受けて、ニュージーランド議会は1894年、ここを最初の国立公園に指定した。トンガリロ地域は1990年、世界遺産のなかの自然遺産に指定されたが、マオリ文化の重要性を尊重する意味から、1993年には文化遺産も含めた複合遺産として指定された。
  南島の「テ・ワヒポウナム」は、ニュージーランドの最高峰アオラキ(マウント・クック)の周辺から、南部のフィヨルドランドまでを含む広大な世界遺産である。ここでも、アオラキの核心地域は、南島マオリの主力部族であるナイ・タフ族から、彼らのマナ(権威と自然保護)を尊重するという条件付で、ニュージーランド国民に寄贈されている。
  それぞれの世界遺産地域では、委員会や協議を通じてマオリがその管理に関与しているほか、ビジターセンターやホテルなどで雇用されているマオリも少なくない。
  不平等な条約であったとはいえ、1840年にイギリスとワイタンギ条約を締結し、それを根拠に近年さまざまな復権を果たしてきたマオリに比べると、一切の条約も無しに明治政府により一方的に土地や自然管理権を奪われ、そのような不平等を国民の多くが黙認したまま現在に至っている日本では、アイヌ民族のガバナンスは大きく立ち遅れている。
  しかし、もしシレトコがユネスコによって世界遺産に指定されるならば、とくにその自然資源の管理においては、国際的にも認められている先住民族の権利が保障されなければならない。IUCNによって問題点が指摘されている水産資源の管理、自然河川の安全などについても、アイヌ民族との協働のもとに、アイヌ民族が行ってきたような持続的な自然管理を見直すことが、シレトコ世界遺産地域では特に重要であろう。アイヌ文化振興法が求めるアイヌ文化の振興も、これらを含めた視点から推進されるべきである。

知床世界自然遺産候補地の適正な管理
鳥居 敏男
環境省東北海道地区自然保護事務所次長
  世界自然遺産に推薦した知床は、国立公園、原生自然環境保全地域、鳥獣保護区、森林生態系保護地域など様々な保護地域制度により保護されている、日本では数少ない原始性の高い地域です。これらの制度は複数の行政機関によって所管されていますが、遺産候補地として一体的な管理を行うため、2003年には関係行政機関と地元関係団体が密接な連携協力を推進することを目的として「地域連絡会議」が設置されました。
  2004年1月の世界自然遺産候推薦に際しては、「地域連絡会議」で検討を進めた「知床世界自然遺産候補地管理計画」が推薦書に添付される形でIUCNに提出されました。
  この管理計画に基づき、同年7月には、候補地の管理を行う行政機関に対し、科学的な観点から助言を行うため、各分野の専門家によって構成される「科学委員会」が設置されました。科学委員会では、候補地の調査、モニタリングに関する事項を検討するほか、エゾシカ保護管理、河川工作物、海域の保全という3つの重要課題に関するワーキンググループを科学委員会のもとに設置し、検討を進めています。
  また、「国立公園利用適正化検討会議」や「エコツーリズム推進会議」を設置し、今後予想される国立公園の利用を適正化するため、地域の特性に応じた計画やルール作りの検討を行っています。
  「世界遺産」は、登録されることが目的であってはなりません。知床が世界の遺産となることより、このすばらしい自然環境を次の世代に引き継いでいくことが重要です。以上のような枠組みが十分に機能するよう、行政や専門家が地域の方々との連携をこれまで以上に深めていく必要があります。世界遺産登録に向けた取組は、まさにその始まりと言えます。



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