1. 植物園前史 < 2. 博物館前史 > 3. 北大植物園の設立
<博物館前史>
植物園内にある博物館の歴史は植物園よりも古く、1877(明治10)年にさかのぼります。
開拓使顧問として招へいされていたH.ケプロンは、北海道開拓促進のためには博物館と図書館が重要な機関であるとして、1871年にその設置を提言しました。同じころ、日本は近代化をアピールするためにウィーン万国博覧会に日本の物品を出品することを決めていたこと、また内国勧業博覧会の開催も計画されていたことから、各府県や開拓使に対して出品資料の収集が指示されていたこともあり、開拓使は博物館の設置も視野に入れながら、北海道物産取調掛や博物課を設置して対応にあたっていました。
このような流れの中で、1875年に、開拓使は東京芝の東京出張所に北海道物産縦観所(翌年東京仮博物場と改称)を設置しました。この博物館の設置目的は「北海道の物産及び開拓の参考に供すべき内外の物品を陳列し」公開することにあるとされていました。展示資料は北海道の木材見本や生糸、鉱物、動物標本などが中心となっていて、北海道の自然の豊かさをアピールして、開拓にあたる人々を増加させようと考えていたこと、開拓使の活動の成果を発信しようと考えていたものと思われます。
東京における博物館活動とともに、開拓使の活動の中心である北海道にも博物館が設置されることになります。1877年に北海道に移住した人々への普及教育を目的として、現在の北海道大学キャンパスの南、偕楽園と呼ばれる公園・勧業施設の中に設置したのが、北海道初の博物館である札幌仮博物場です。これが植物園内の博物館の歴史の始まりになります。
この時代の博物館は開拓使の博物館として、北海道の自然資料や先住民族であるアイヌ民族の文化資料などを収集・展示していましたが、開拓使の活動成果を示すための缶詰資料や酒類などの産業資料も収集していたことが特徴に挙げられます。「内村鑑三」のアワビ標本としてよく知られている資料も、開拓使の水産事業の一環として行われた研究の成果資料であり、産業資料の一つとして評価されるものです。内村ら札幌農学校の卒業生は官費生であり、卒業後は開拓使に勤務することが義務付けられていました。札幌仮博物場も開拓使の機関であったため、伊藤一隆(一期生)や足立元太郎(二期生)が職員として資料の収集や研究に関わっていました。

東京仮博物場の様子
(北大附属図書館所蔵写真)

東京仮博物場由来の鳥類標本

東京仮博物場で製作された絵画資料

札幌仮博物場

内村鑑三制作のアワビの発生標本