プロジェクトU 挑戦者たち 〜舞い上がれヌメリ 北の海原へ〜         文責:宗原


(作者注:このコーナーは、中島みゆきの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」をハミングしながら、お読み下さい)


ナレーター (それは、社長から来た1通のメールから始まった)

社長のメール 「ヌメリプロジェクトを立ち上げる。セトヌメリ(Repomucenus ornatipinni)の産卵をみよう」

♪ 風の中のすばる〜     
           
            砂の中のヌメリ〜   ・・・♪


ナレーター (薄暗い夕暮れの海、沖にはホオジロザメも現れる海、幾人ものダイバーを飲み込んだ冷たい北の海、
        そんな危険な海を喜々として潜る若者たちがいた)

アナウンサー(男) 「こんばんは、今日は死滅回遊魚と見られたセトヌメリが北海道でも産卵することを突きとめた北
            海道大学臼尻水産実験所のみなさんにお越しいただきました」

アナウンサー(女性) 「先ずは、自己紹介からお願いします」

佐藤 「佐藤です。よろしくお願いします」

安房田 「安房田です。よろしく」        

木村 「木村です」

坂井 「坂井です」

アナウンサー(男) 「あれ、6名じゃなかったのですか?」

木村 「そうでしたが、社長は急な都合で留守番することになり、私たちには好きなことを話してこいと、送り出してくれました。
     ひょっとしたら、この記事を書いているのかも知れません」

佐藤 「もうひとり、南三陸町から参加したOBが途中まで一緒だったのですが・・・」

坂井 「前に出演した民放では、迎えの車がきたのに、この局は自分に対する扱いが
    なってない、とかブツブツ文句言って、そのうちに怒り出して帰りました」

木村 「あの時の迎車は、クチバシカジカとダンゴウオをスタジオに運搬するためだったのに・・・」

アナウンサー(女性) 「スポットライトを浴びて、自分を見失ったのですね」

アナウンサー(男) 「まあ、いいです。始めましょう。最初にヌメリプロジェクトについてご説明下さい」

木村 「うちの社長から、8月のゼミの2日くらい前に、冒頭のメールがありまして、ゼミで話し合うことになったのです」

佐藤 「メールを見た時、ああ、またか、と思いまして、正直腹が立ちました」

木村 「社長は、いつも突然に言い出すことが多くて・・・」

佐藤 「私たちは、8月はシュノーケリング教室とか、臨海実習とかあって、9月も中旬にいくつか実習の予定がありまして、
     自分の仕事をする時間が欲しかったのです」

坂井 「僕は今年ダイビングのライセンスをとったばかりで、夜の海は不安でした」

安房田 「このとおり、誰も賛成する人はいませんでした」

アナウンサー(男) 「では、どうしてこのプロジェクトを始めることになったのですか?」

木村 「(視線をそらす)・・・」

坂井 「(下を向く)・・・」

佐藤 「(怒りながら)誰も止められなかったんです」

アナウンサー(女性) 「賛成者がいなかったヌメリプロジェクト。成功するまでの道のりは簡単ではありませんでした。
              そのあたりを最初のVTRにまとめました。ご覧下さい」

ナレーター(ゼミの後、メンバーらは数日間の夏休みに入った。休み中、社長が鉛線のラインを引き、観察ポイントの
       準備が整う手筈になっていた。8月27日、佐藤、坂井、安房田が戻り、第1回目のヌメリ会議に備え、佐藤
       がアポイントをとって社長から進行状況の説明を受けた。しかし、思いがけない言葉に一瞬耳を疑った。「ま
       だやってない。明日から出張だ。後はよろしく」。えっ、まじかよ。佐藤はまたも怒った。 「自分が動くしかない。
       俺が一番に見てやる」。人一倍責任感と好奇心の強い佐藤は立ち上がった。ドライスーツに身を包み、まだ誰
       も見たことのない野外でのセトヌメリの産卵行動を頭の中にイメージし、現場に向かった。  佐藤が指揮を執り、
       社長が戻るまでの間、メンバーが交代でプロジェクトにあたった。  4日間が過ぎた。その間、ヌメリはたくさん
       見かけるものの、繁殖活動らしき行動は、全く観察されなかった。深い絶望で失意の底に沈み、抜けることのない
       疲労だけが気だるく残った。自分の研究時間を賭けた代償は、余りにもむごい仕打ちだった)

写真1 ヌメリ会議。前日撮影したビデオをもとに、
     その日の観察方針を協議する。
写真2 ヌメリの会議。砂地に群れるセトヌメリRepomucenus ornatipinni
     「今日は何時に産もうかしら」
     「あらやだ、あの人また来てるわ」「今日はやめましょっ」

写真3 夕暮れ、観察に向かうメンバー。 写真4 オートフォーカスは便利だが、水中を動く被写体を離れて
     撮影するのは、結構難しい。被写体をファインダーの中央
     に入れないと、すぐにピンぼけするし、うまくライトを当てな
     いと、卵が映らない。


アナウンサー(男) 「失敗が続いたのですね」

安房田 「社長が思っているとおりに簡単に事が運んだ試しがないので想定内でした。それでも予兆というか、気配と言ったものが
     全く感じられなかったので、さすがに不安になりました」

木村 「それが、翌日ガラッと変わったんです」

アナウンサー(女性) 「そのあたりをVTRでご覧下さい」

ナレーター (佐藤と安房田は、夜の帳(とばり)が落ちた真っ暗な岸辺にたたずみ、その日、初めて参加するメンバーが海から
        戻るのを待っていた。佐藤はつぶやいた、「どうせ、今日もダメだろう」。すでに自信を失い始めていたのだ。 「どう
        だった」。スロープの上から見下すように、佐藤はたずねた。 海から上がったメンバーのひとりは、「3回産卵を見た」
        と、やや興奮気味に答え、その時の様子を語り始めた。  佐藤は、それを黙って聞いていたが、自分の中で何かが崩
        れるのを感じた。  しばらくつづいた歯ぎしりが止まると、佐藤はようやく冷静さを取り戻した。 「(これで肩の荷が降りる)」
        その後、3日間見られない日も続いたが、1週間以内にはメンバー全員がヌメリの産卵を何回も観察することができた。
        プロジェクトは成功したのだ。  最後のヌメリ会議。「なんだかんだと言って、やっぱり社長の考えることは正解だ」。
        木村は佐藤の方に顔を向け、大きく何度も頷いた。  苦悩続きであったが、充実した2週間が過ぎ、もう2度とは戻ってこな
        い臼尻水産実験所の2008年の夏が終わった)

写真5 こんなに強力なライトでも、産卵ピーク時のヌメ  
     リは、気にせず産卵する。
      写真6 お疲れさん。戻ってくる頃には、もう真っ暗。


アナウンサー(女性) 「(涙ぐみながら)ついに成功したんですね」

木村 「そうですね」

坂井 「はじめて見た時は、感動しました」

アナウンサー(男) 「あれほど、いやがっていたのに、快挙じゃないですか」

佐藤 「ええ、まあ。はははっ」

アナウンサー(女性) 「今回の結果は、どうなさるのですか?」

安房田 「僕が発表する予定なんですが、結果を全部分析してみてから最終的な判断をするつもりです」

アナウンサー(男) 「最後に、メンバーの“その後”をご覧いただきながら、みなさんとお別れです」

写真7 セトヌメリのランデブー。     写真8 産卵。


 (♪ 中島みゆきの歌が流れる ♪)

ナレーター (プロジェクトでつぶれた時間を取り返すため、寸暇を惜しみ、メンバーはそれまで以上にそれぞれの研究に
        打ち込んだ。佐藤は出す論文すべてが一発でアクセプトされ、瞬く間に学位論文も仕上がった。人目をひく発
        表スキルに長けプレゼン賞を総なめにしてきた木村だったが、論文書きにもようやく慣れ、Natureに掲載され
        た論文により学会奨励賞を受賞した。安房田は同時に届いた複数の採用通知の中から、ベルン大学准教授
        の職を選び、ハイジの国に旅立った。最年少の坂井も修士論文を仕上げる前に、投稿した論文がアクセプトさ
        れた。ただ、社長だけは、相変わらずであった)  


♪   語り継ぐ 人もなく
    吹きすさぶ 海の中へ
    まぎれ散らばる 卵の主は
     ヌメリ ヌメリ 
      ヘッドライト テールライト
                 研究はまだ終わらない     ・・・   ♪


(作者注:番組の都合上、一部にまだノンフィクションとなっていないところがありますが、数年後ご期待下さい)





臼尻Top