海外調査における10の心得
文責:木村
ドンドンドンドン「佐藤さーん、アメリカ行かないんですか?」
すべてはここから始まった。
函館空港8:40発の飛行機に間に合わせて、坂井の車に乗せてもらい7時に実験所を出発する予定だった。しかし7時になっても佐藤は起きてこない。部屋のドアをノックし声を掛ける坂井に、中から「ふぁい?」という何とも寝ぼけた声が届く。
我々の研究室では(というか、ボスの宗原先生は)3年ほど前から、環太平洋の様々な場所でカジカを採集し、分類やら生態やらに関する情報を集める調査を行っている。これまで北米(シアトル、バンクーバーあたり)(vol13参照)、アリューシャン(vol21参照)、ロシア(vol32 vol33参照)、と3回の調査を行い、今回が4回目。舞台をカリフォルニア州はモントレー湾に移し、何事も中庸、ボス宗原を隊長として、おなじみアルコールファイター、飯はなくとも酒は切らすながモットーの佐藤長明氏、今回もマイ包丁持参の我らが胃袋の番人、古屋康則先生に加え、学生サポート隊として実験所から佐藤と私が参加した。
函館空港に着いた佐藤と私は、宗原先生と合流し、搭乗手続き…とその時、後ろで青ざめているのは、何故か今日に限って朝寝坊の佐藤。
「…チケット」
どうやら佐藤はメールで添付されてきたeチケットを印刷することすら忘れていたらしい。いったいどうやって飛行機に乗るつもりでいたのか…。でも私たち3人は旅程が全く一緒だし、予約番号も同じだったため、ANAの優秀なお姉さんが予約を確認してくださって、佐藤はチケット無しで搭乗手続きをすることができた。これが後からトンデモナイ災いを引き起こすことになるとは、その時誰も想像しなかった。
教訓その1:何は忘れても、チケットだけは忘れるな(あと、パスポートも)
その後羽田→成田と順調に進み、いよいよサンフランシスコへ。飛行機の中でもおくりびとを見たりなんかしながら何事もなく過ごした。そして入国審査。英語に非常に苦手意識と恐怖を感じる私は、かなりびくびくしていたが、何ということもなく無事通過。残りのメンバーも続々集まり始めた。
しかし、待てど暮らせど佐藤の姿が見えない。もう荷物もすべて受け取った。次の便の人まで流れてきている。いったい何があったんだ?その時またANAの優秀な添乗員さんが私たちのところへやってきた。
「佐藤様とご一緒の方でしょうか?佐藤様はちょっと指紋が不明瞭であったため、只今確認を取らせていただいておりますが、場合によっては一日かかる場合もありますので、お外でお待ちくださった方が良いかと思います」
指紋が不明瞭って何??私たちは爆笑した。その時佐藤が拳銃を腰に携えたガタイのいいアメリカ人に囲まれ別室で尋問を受けているとはつゆ知らずに。
私たちは添乗員さんに言われたとおり外で待つことにした。その間私たちは、「今頃佐藤君カツ丼食べてたりして(爆笑)」「いや、アメリカだからマックだろ(爆笑)」とかいうトークを楽しんだ。心配なんて一切しなかった。
| 2時間は経っただろう。ようやく現れた佐藤は心身ともに疲れきっているように見えた。 「ちくしょー、帰りのチケット見せろって言われたー」 当然佐藤は帰りのチケットを持っていない。忘れてきたんだから。それどころか、行きのチケットすら持っていない。 「いったいどうやってお前はここに来れたんだ」 「いや、仲間が持っていたから」 「それは理由にならん。それに、どうやって帰るんだ」 「いや、仲間が持っているから」 「それも理由にならん」 そんな尋問を永遠受けていたらしい。まったく、チケット忘れるからいけないんだ。 いや、でも待てよ。私たちの誰も入国審査で帰りのチケットを見せろなんて言われていない。それにあの添乗員さんは指紋が不明瞭って言ってた。 |
![]() ようやく解放され、私たちの前に姿を現した佐藤 |
「え?でも私たち別に帰りのチケット見せろって言われなかったよ。」
「なんでたまたま俺だけ聞かれるんだよー。ツイてないよー」
「顔写真撮って、右、左、って指紋とって、それだけだったよ」
「…あ、俺、二回とも左手出した…」
「え?だってrightって言われたでしょ?」
「…」
「それに、図入りで手順書いてたじゃん」
「…」
「そりゃあ両手の指紋とってんのに2回とも左手出したんじゃ、明らかに怪しいじゃん」
「…」
「だから質問が増えたんだよー」
「…」
「たまたま運が悪かったんじゃなくって、結局指示に従わなかった自分が悪いんじゃん」
「うっせーよ。怖かったんだよ。」
佐藤はキレた。
教訓その2:右手を出せと言われて、左手を出すな。
| その後佐藤は、夜の反省会(という名の飲み会)用に長明氏が自費で買った結構高価なウイスキーの瓶を早速割り、せっかく冷やしていたビール瓶を割り、それだけでは飽き足らず、長明氏が特性ドレッシングを作ってくれると言って購入したワインビネガーを割り、部屋中を酸っぱさで充満させ、挙句、ワインビネガー浸しになった紙袋の底を抜かし、中に入ったお弁当を、道にぶちまけた。まったく…何かに憑かれているとしか言いようがない。 教訓その3:別室で拳銃を腰に携えた人たちに囲まれたからって、精神を取り乱すな。 |
![]() 佐藤が割ったウイスキー |
| さて、そんなこんなで、出だしっから佐藤にはペースを取り乱されたが、ま、こっちとしてはおもしろかったし、気を取り直して調査だ。初日に、宿を世話してくれた現地の日本人の方に、ちょうど次の日からサマータイムに切り替わることを聞いた。次の日は、調査に協力してくれるジム(ダイビング船の船長)との待ち合わせがあるんだ。いやぁ、サマータイムになったことを知っといてよかった。私たちはさっそく現地時間に合わせた自分の時計を、さらに一時間、遅らせた。 そしていよいよ調査開始。その日は9時出発とボートマンと打ち合わせていた。私たちは8時半に約束の港に着いた。「意外と早く着いたねー」なんて暢気なことを言っていたが、何ともう港でジムは待っているではないか。 「君たち、もう10時半だよ。サマータイムに切り替わったことを知っていたかい?」 (…え?いや、だから、一時間時計を遅らせ…あ、そうか、サマータイムは一時間時計を早めるんだ!!) 思い返せば前の日の打ち合わせの時も、1時の待ち合わせなのに約束の場所には彼はいなくって、結局電話して会うことができたんだった。昨日も2時間遅刻してたんだ…。皮肉なことに、サマータイムに切り替わることを知らなかったら1時間の遅刻ですんだものを、逆に時計を回してしまったために2時間の遅刻になってしまった。いやぁ、日本人にはなじみのないサマータイム。良く考えればわかったことなのだが、いやはや、迷惑をかけてしまった。 教訓その4:サマータイムは時計を一時間早める! |
![]() ジムの船で働いているダイブマスターのマイケルと うちのボス 何ともビックリ、マイケルは御年50歳だそうだ。 信じがたい… 50歳コンビでパシャリ。 |
| 待ち合わせを巡るトラブルはまだある。ジムの船での4日間の調査を終え、次の日からはUCSC(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)のMarine
Laboratoryの大学院生であるジャレットに船を出してもらう。この日はジャレットとの打ち合わせのあと遅れてくる古屋先生をサンノゼの駅に迎えに行くことになっていた。さて、いざMarine
Laboratoryへ向けて出発…と行きたいところだが、 「先生?どうやって行ったらいいですか?」 「ん?しらない。ま、サンタクルーズまで行けば表示が出てくるでしょう」 実際、サンプル処理などでお世話になっているモスランディングマリンラボの場所も調べてこなかったが、走っていたら偶然見つけたんだった。今回もそんなにうまくいくのか? しかし、表示なんて一切出てこないし、そもそもどこでハイウェイ降りたらいいのかわからない。埒が明かない。しびれを切らして、ガソリンスタンドで聞くことに。 「Marine Laboratoryへはどうやって行ったらいいですか?」 「ん?」 「あの、UCSCの…」 「あぁ、UCSCね、ここの通りを行って8つ目の信号機を右よ」 ラッキー、カンがさえている。そんなこんなでUCSCにはたどり着いた。しかし、大学、恐ろしく広いのだ。その中で目的のMarine Laboratoryに到着するのは至難の技だった。 先生が聞いてきてくれた。 「ここをぐるっと回っていくらしい」 一向にそれらしい看板も表示も出てこない。 また聞いた 「ここを下っていくらしい」 あれ、さっき来た道戻ってない? また聞いた 「キャンパスをオフしてずっと行くらしい」 キャンパスをオフって、どこからがキャンパスの外なんだ?それにずっと行くってどの通りを?約束の時間はとっくに過ぎている。 私「あのー、正面玄関がありましたよね。そこから入れば受付か何かあるかもしれないし、キャンパスの地図もあるんじゃないですか?」 ということでキャンパスを出て正面からもう一度キャンパスに入る。 すると先生「キャンパスをオフしろって言ったんだ(怒)何でまたキャンパス入るんだ(怒)」 そして佐藤「でも先生、キャンパス出てからのプランはあるんですか?(怒)」 みんなピリピリしていた。 |
![]() UCSCの学生さんでボートマンを務めてくれた ジャレット 見るからにフィールドマン ボロボロになった帽子には 「ROCKFISH!」と刻まれていた |
と、目に飛び込んできたのは大学構内にあるPOLICEの文字。
長明氏「あそこで聞いてみましょう」
なんと、Marine Laboratoryは北大でいうところの臼尻実験所みたいなもので、キャンパスから結構離れた海沿いの場所にあった。あのまま大学内をぐるぐるしていたら絶対にたどりつけなかった。親切にもキャンパスポリスでは、そこへ行くまでの地図も印刷してくれ、どの通りを行き、どこで曲がる、とか、そんなことも教えてくれた。約束の時間は2時間ほど過ぎていた。このあとサンノゼに古屋先生を迎えに行かなければいけない。サンノゼの駅の場所も分からない、というのはまあ今さら敢えて言うことでもあるまい。私たちは迷わずさっきのポリスへ行った。驚くほど順調にサンノゼの駅へ向かうことができた…が古屋先生はここで1時間半待ったらしい。ま、そうだよね。サンノゼ駅で2時の待ち合わせなのに、サンタクルーズで打ち合わせが終わったのが2時だったもん。
教訓その5:困った時はポリス
(というか、困らないように、待ち合わせ場所は、あらかじめ(日本にいるうちに)確認しておこうね)
| なんか、ハプニング集みたいになってきたが、ほんとそうなんだ。毎日毎日、これでもかってぐらいハプニング続きだ。そして最大にして最悪の、致命的なミスを犯したのは私だった。サンプルはホルマリン固定して日本に持ち帰ることになっていた。固定用ホルマリンは日本から持って行けないので、現地の大学で購入してもらっていた。同じ形状をした瓶が2つ用意されており、片方にはホルマリンとラベルがついていた。私はバケツに10%ホルマリンを作り、そこに次々サンプルを入れていった。が、バケツの中から微妙に腐敗臭がするような気がした。2本の瓶のうち、片方はエタノールだったのだが、どういうわけか私は、2本ともホルマリンだと信じて疑わなかった(DNAサンプル用のエタノールはあらかじめエッペンに詰めて日本から持っていったから)。私は何の迷いもなく10%エタノールを作り、それにどんどん魚をほおりこんでいたのだ。あぁ。。。幸い最初に少量のホルマリンが入っていたことと気温が低かったことが幸いし、それほど悲惨なことにはならなかったが、私にとっては一番貴重なアイナメが一匹、ぐちゃぐちゃになっていた… 教訓その6:10%エタノールに固定効果はない (というか、ラベルを確認しようね) |
![]() サンプル処理。DNA用に鰭を切ってエタノール保存。 魚体はラベルを付けてホルマリンに、のはずが… |
エタノールで固定していたことが判明し、これは大変!と急いで固定液を作り直し、大型の魚にはホルマリン原液を腹腔に注射することにした。私は自分の実験で腹腔注射を行っていたので注射器と注射針はたくさん持っていた。あぁ、私の不注意でみんなの労力も、予算も、何もかもすべて無駄にしてしまった…自責の念にさいなまれながら、アイナメの腹腔にホルマリンをうち込んだ…と、その時、アイナメのお腹から私の頭めがけて、ぴゅーっとホルマリンが飛びかかってくるではないか!以前私が自分の実験で注射したときの穴が、ふさがっていないまま固定されていたのだ。あぁ…10%エタノールに付け込まれていたアイナメの恨み、ラベルを確認しなかった報いなのだろう、頭から作業着から、何もかもホルマリン(しかも原液)にまみれることとなった。
教訓その7:注射の針穴にはご用心(というかさ、ラベルさ、確認しようね)
さて、そんなこんなで調査も終了し(というか、調査のこと、何も書いてないですよね・・・)、飛行機に乗る前の減圧を兼ねた休養を取るために、一行はサンフランシスコへ向かった。しかし、人間5人に加え、潜水器材、撮影器材、実験器材、サンプル…とてもじゃないが一台の車には載らない。そこで車班(長明氏&佐藤)と電車班に分かれ、ホテルで合流することにした。電車班が到着すると、すでにホテルに到着しているはずの車班2人は、どういうわけか車に乗ったまま、まだ駐車場にいるではないか。しかも顔には疲れと怒りに満ちた表情を浮かべている。車から降りてきた長明氏が最初に発した言葉は
「先生…、ずーーーーーーーーーっと電話してたんですよ(怒)」
「え??」
あわてて携帯電話を確認すると、車班が着いた3時ずぎから電車班が到着する8時までの間、びっしりと長明氏からの着信履歴が残っていた。
事の顛末はこうだ。私たちがサンフランシスコで滞在する予定の宿は、サンフランシスコ州立大学内にある(おそらく外部からの短期滞在研究者用の)ホテルだった。3時過ぎにはサンフランシスコについていた車班は、まずは安心安全を確保しようと、まっさきにホテルに向かったらしい。でも先生から伝えられていた住所にはホテルなんてなく、土曜日の大学はどこもかしこもドアが閉まっており、あちこち探し回りポリスに聞いたりしながら、ようやくたどり着いたのは、学生寮みたいな場所の窓口。そこにいた当直の学生に尋ねると、予約なんてものは受けていないし、そもそもここはホテルじゃない、みたいな返事が返ってきたらしい。でもその兄ちゃんははとても親切で、先輩に相談したりいろんなところに電話掛けてくれたりして状況の打開を試みてくれたらしい。予約を取った本人に電話はつながらないのか?ということで、ずーーーーーーーーーっと電話をかけていたらしい…が、そのころ電車班は2階建て電車から見える広大なアメリカの大地を堪能していたので、電話には全く気付かなかった。そもそも、電車班の到着が8時というのも遅すぎた。それほど到着時間にズレがなければ、予約のメールを一緒に確認することもできたし、為すすべなく、トイレにも行けず、4時間以上も不安を抱えながら待つことも無かっただろうに。
教訓その8:携帯電話…掛けても出なければ、音の鳴るただの金属
(というか、二手に分かれるときは到着時間を出来るだけ揃える)
さて、先生が予約の確認メールを当直の兄ちゃんに見せた。兄ちゃんは、それを見て、あぁなるほど、と理解した。とても丁寧に、あなた方が行く場所はここです、と教えてくれた。早速向かう。そこには確かに受付らしい建物が。しかし、そこに人の姿はなく、部屋の中は真っ暗で、「朝九時に空きます」という看板が空しくかかっていた。正規のホテルじゃないから、受付はきっとしっかり九時五時で閉まっちゃうんだな…やっぱり夜8時に合流ってのは危機管理上良くなかった…今晩このホテルに泊まることは不可能であることがこの時点で確定した。仕方ない、今日は他に近くの安いホテルを探してそこに泊まろう。明日の朝には解決するだろう。近くのホテルを探して、そこへ向かう…なんか周りの景色がどんどんあやしくなる…ここは…あまり治安が良くなさそうだな…。不安を感じた一行は、もう一度あの親切な兄ちゃんに、相談してみることにした。
あぁ、このときほど人を温かいと感じたことがあろうか、兄ちゃんの粋な計らいにより、寮が運営する宿なのだろうか、今日チェックアウトしたけどまだ掃除とかしていない部屋があるから、と言って、そこに泊めてもらえることになった。明日の朝、もう一度、さっき教えてもらった受付に行ってみよう、そしたらすべて解決するのだ。急にお腹がすいてきた。それもそのはず、10時を軽くまわっていた。
教訓その9:最後の最後で頼りになるのは人の親切(異国の人には親切にしよう。兄ちゃんありがとう)
朝になった。さて、受付が空く時間だ。兄ちゃんの裁量で泊めてもらった部屋は予想以上に快適で(もれなく2人は、というか、佐藤と私は床に寝ることにはなるが)、もしなんならホテルをキャンセルして、ここに今日も泊まってもいいよね〜なんて、のんきなことを言いつつ受付に向かう…が、人がいない、電気もついていない…日曜日はやっぱり、大学の窓口はすべてクローズなのだ。でも私たちに悲壮感は無かった。ま、今日もあそこに泊まろう。
部屋に戻り、改めてメールを見直す。土日はクローズなんだったら、ちゃんとそう書いてくれればいいのに…。受付が閉まってたって言えばキャンセル可能なんじゃない?
…ん?このKey Box No.ってのと、暗証番号ってのは…何ですかねぇ…?
ん?『チェックインの方法:あなたの部屋の鍵は、ここにあります。Box No.:Box2 暗証番号:****。 チェックアウトの方法:カギ返却Boxに鍵を返してください。』
…これってさ、あそこの受付にさ、カギ置いてあるんじゃない?なんか、落ち着いてメールを見てみると、パニック状態の昨日は見えなかった様々な状況が浮かび上がってきた。
もう一度受付に戻る。カギ箱がある。Box2もある。ナンバーを押すボタンもある…。押してみる…。
ガチャッ…
開いた。中から封筒が出てきた。
『Munehara様』
中には部屋の場所を示した地図。駐車場の地図。駐車許可証。そして、部屋の鍵…。無線ランの接続方法まで書いてある。そして言わずもがな、その隣にはカギ返却Boxも。
そうか、そういうことだったのか、兄ちゃん、ごめん、昨日教えてくれたことは何ひとつ間違ってなかったんだ。でも気付かなかったんだよ、ここにカギがあることを。
教訓その10:カギはカギ箱の中(というか、メールはよく読む)
追伸:…が、2部屋予約したはずが1部屋しか用意されておらず、結局その日も佐藤と私は床で寝ることになった。
| ようやくたどり着いた安住の地、今回の滞在中はネット環境に苦労していたこともあり、無線ランが完備されている新しい(というか正規の)宿は非常に魅力的だった。引っ越してきて早速ネットを立ち上げる…と目に飛び込んできたのは、Yahooニュースのトップ記事 『成田空港 飛行機墜落 炎上』 サンフランシスコ滞在が期せずして一日延びたことで、念願のクラムチャウダーを食べることもできたし、名物の路面電車にも乗ることができた。WBC2連覇の歓喜の瞬間も共有することができた。そしてその日は、ANAが用意してくれたホテルで、床ではなくベットで!寝ることができたというのは、何ともありがたいことだった。 |
![]() 飛行機が欠航になり、ANAが用意してくれたホテルへのシャトルバスを待つ一行 |