『メイキング オブ スレッジネット』 

- 阿部康二氏に捧ぐ -

 宗原

(中)



 前号まで(VOL57)のあらすじ


 潜水調査中に、市販の金魚網を使って見知らぬ稚魚をとり損ねたことをきっかけに、着底稚魚に注目すると、面白くかつ重要な研究をやれそうなことが分かってきた。そこで倉庫に残っていた端材を使って網を作ったのだが、これが全くの駄作。どうやら、着底した稚魚を捕るための専用の網を製作しなくてはならないようだ。次の試作品やいかに。




4章 浪費


 「とにかく、もっと大きい網が欲しい。」

 「一個体づつしか獲れないタモ網のような代物ではなく、定量的な採集が出来るヤツが欲しい」

 しかし、ただ大きくするだけでは、水の抵抗を受けて自由に操作ができない。稚魚と言えども海中では侮れない動きをする生き物なのだ。

 そこで、少し真面目に網について調べてみると、一つのコンセプトが見えてきた。


 198090年代にかけて、全国で放流した種苗や天然繁殖したヒラメの資源調査が盛んに行われていた。その時代に、底物の魚を捕るための小型底引き網の開発が進められたのだ。ヒラメは全国で広く漁業資源として利用されているため、当初は、それぞれの地域で、様々な形状の網が独自に試作されていた。

 しかし、それでは、採集する魚のサイズや効率がまちまちになるため、資源量などを地域間で比較することが当然難しくなる。そこで、水産庁の西海区あるいは日本海区水産研究所あたりが中心になって、調査試験用の網を規格化する動きが出てきた。その際には、同じく水産庁の水産工学研究所も参加したようだ(文献情報からの推測なので、実際は少し違うかも知れない)。


 そうして開発されたのがヒラメ幼魚調査試験用の曳き網だ。

 金属で網枠を作り、網口の高さを20センチ程度と低く抑え、反対に横幅を1メートルあるいは2メートルと広くとった、横に平べったい曳き網がスタンダードとなった。

 網の高さが低い理由は、底物の魚は、驚いても海底から高く飛び上がることがないためであることは経験からもすぐに理解できる。この理由以上に、海面に浮かんだ船がこの網を曳く際に、網が海底を引き摺られながら進むようにするには、水の抵抗を下げるとともに、上部の網に内側から上向きのかかる揚力で、網が海底から浮き上がり、網の下部が海底から離れてしまわないようにすることが、優先された結果だろう。また、無駄に大きくても限られたスペースしかない船上では、扱いにくい厄介な物体になってしまうと言う事情もあっただろう。


 こちらで作ろうとしている網は、コンブ養殖場の近くで、海底の岩盤の隠れ根や古タイヤ、ロープなど廃棄された生活・漁業資材などが散在する場所での使用を想定している。海底の様子がわからないまま、盲滅法に船で曳く「漁具」では、パッチ状に分布する様々なタイプの砂底生息地では使い物にならないのだ。したがって「揚力」は考慮する要素ではなかった。それでも、形状などは、十分に参考になった。

 これをもとに試作したのが、下の網だ。





図1






図2






図3


 網部分は高さが15センチ、幅が50センチ、奥行きが55センチほどの直方体で、図2に示すように、網の奥には取り外し可能なボトルがつけてある。ボトル部分は、いわゆるコッドエンドで、網を持ち上げ、立てて揺すると、魚がボトルに落ちる。天蓋を切り取ったフタがネット側に固く取り付けてあり、ボトルを捻るだけで簡単に取り外すことが出来る。別に用意したフタをかぶせることで、コッドエンドがそのまま標本瓶になるという優れものだ。いくつもの調査地を一度の潜水でやり終えることが出来る。まさにアイデアの結晶だ。図の3にある網口の両脇についているステンレスのボードは、網が近づいた時に魚が横っ飛びに逃げることが多かったので、後からつけた逃亡防止の側板である。


 高価なステンレスをふんだんに使った、この網は、網と言うよりは四角いザルという方がぴったりかもしれない。いっそのこと、この章では、以後ザルと呼ぶことにしよう。それに、別な意味でもこの網はザルなのだから。

 この網、元へ「ザル」の使い方は、冬季オリンピック種目のスケルトンの選手のようにうつ伏せの格好でザルの上に位置し、上部についている取っ手をつかんで、水平に強めに泳ぐことで、ザルが滑るように進む。---はずだった。


 実際には、滑らなかった。


 海底に密着させて進もうとしても、海底には砂紋があり、スムーズには行かない。砂の抵抗も大きい。そのために、ザルが進まず、体が前のめりになる。大きな砂紋に突っ込んだ時などは、つんのめり、勢い余って前転しそうになった。

 それならばと、フィンを脱いで取っ手を掴んで、海底をゆっくり走ってみる。前屈みにザルを滑らせる格好は、今度はスケルトンの選手がスタート直後に加速する時の姿勢みたいになる。操っている人間が中年であるところなんかもそっくりだ。

 ヒラメの調査では、速度は2?3km/hで行う。歩く速度よりも遅い。陸上なら何十分でもできることだが、水中では1分と続かなかった。水の抵抗も大きいし、網高が低いため前屈の姿勢がつらく、ドライスーツでは非常に動きづらいのだ。

 時速100キロ以上のスピードで滑り降りるスケルトンも1分で終わる。こんなところも似ているが、こちらは1分では何らの調査もできない。


 まあ、結局のところ、ステンレス製の贅をこらした最高級のザルは、魚も予算もスルーさせるザルで終わったのだ。

 そう言えば、着脱式コッドエンドは、一度も出番がなかった気がする。

 




5章 科研費申請と採択


 何が問題なのだろうか。冷静に考えてみると、網を滑らせないと砂地では早く進めないこと、それと、どんなに頑張っても気合いと体力だけでは、潜水調査は続かないということが明らかになった。

 それでは、「どうすればよいか。」

網が滑らかに動く工夫と網を駆動させる外部動力が必要だ。


 度重なる失敗を繰り返していた、この頃。平成16年度の文部科学省科学研究費補助金、略して「科研費」の申請のしめ切りが迫っていた。研究が発展し得る装置の開発のためには、「萌芽研究」という申請枠が用意されている。これから開発しようとする着底稚魚採集用のネットは、萌芽研究にふさわしい。なんとしても、申請して助成を受けよう。

 とはいうものの、申請するアイデアが採択されるためには、実現可能で、しかも目的に適った装置でなければならない。

 知恵を絞っても、「これならイケル」、というプロトタイプの設計はなかなか思い浮かばなかった。しめ切りが迫る中、来年がダメでも再来年のために、一応出しておこうと言うことで申請書を作った。そのとき作った書類の一部をコピーしたのが下の図だ。








 「どうすればよいか。」という悩みを、実に率直に図案化にした素直な作品、と言えるが、、、。6年経って、改めて見ると、何の工夫もなく誠に恥ずかしい。


 しかし、強運が味方してくれたのだろう。この半年後には、採択通知を受け取ることができた。やはりチャレンジがなにより大切だ。失敗を恐れてはイカンのだ。

 新規課題の採択率が10以下の「萌芽研究」への採択は、大きな自信になったが、失敗が許されなくなったことも意味する。採択通知は、このような採集機材開発のニーズが認められたことである。だが、この図のまま試作品を製作しても、おそらく上手くいかない。実現に向けて再度知恵を絞った。


 上図を見て、ソリネットの記事を思い出した方は、お気づきになったかも知れません。下記のURLにある実際に作った採集装置と、申請書に書かれた装置では、かなり違うものになっています。

http://www.hokudai.ac.jp/fsc/usujiri/0906gekkan/0906report10/0906report10.html


 なにより注目すべきは、申請書の段階では、海底を滑らせる方法として、『ソリ』は、まだ俎上に上がらず、イメージの外にあったのだ。

 どうしてこうなったのか。この過程には、函館市内の老舗網メーカーに勤めていた、ひとりの網設計技師との出会いがあった。

(つづく)




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