ダイバー奮闘記

 〜ライセンス取得編〜    


文責:植松



 みなさん、こんにちは。臼尻実験所1年目の植松です。



臼尻実験所に配属された初日のミーティングで担当教員の宗原先生に

「まず臼尻の生活になれろ」みたいなことを言われました。

宗原先生、好きです、、、臼尻という土地が。(もちろん宗原先生も好きです)

もうすでに臼尻に惚れこんでしまっていました。

現代の生活には物、店、人が溢れ返っています。

そして、人は時代に呑まれ時間に追われています。

そんな生活、疲れませんか?

僕は知らず知らずに疲れていました。

気づかせてくれたのは

そお、臼尻でした。



そして、ある日いつものように研究室で海を見ながら勉強していると

僕の脳内に「早く帰ってらっしゃい」という母なる海の呼びかけが。

やばい、帰らないと、

しかし今の僕は海の潜り方をしらない。

これをきっかけにダイビングライセンスを取ることを決意した僕でした。

(実際は研究のため)





で。。。

とある57日。午前830(1日目)

僕は気づけば大阪で満員電車に揺られていた。

やたら大きいド派手なメッシュバックを担いで。

中には臼尻から持ってきたドライスーツ。

向かう先はダイビングスクールである。

僕がダイビングスクールに着くころには汗だくで

大阪という土地の洗礼を受けていた。臼尻に帰りてぇな、、、

ダイビングスクールで待ち合わせていたI氏と合流して

早速学科からスタート。I氏というのは同じ研究室の同期で就活中。

根はいい奴でお調子者のポンコツ人間である。まず、就活は失敗するであろう。

一応、予習ということで事前に宿題がだされていたが

I氏と手分けしてテキストを丸写ししただけだったので

まるで身になっておらず、困惑。

そして、学科が終われば筆記試験があることを知り、さらに困惑。。

筆記試験を落ちると実技試験に進めないことを知り、絶望。。。

これは何が何でも試験に通らないといけないと思い

自分でも信じられない集中力で学科を乗り切り筆記試験へ。

50点中40点で合格

I氏が47点、僕が41

なんとか合格した。

本当にいくつになっても追い込まれないと行動に移せない僕の性格には困らせられる。

反省。。。



さて、

ついにやってきました。

次はプール実習。

ダイビングという優雅なスポーツに

ようやく足を踏み入れることができる喜びと期待を胸に

いざプールサイドへ。

しかし、優雅なスポーツの裏側には

地味な基礎練習が必要不可欠であることを知った。

これを怠ると生死に関わる。。

まず、20キロもある機材の準備。汗だく

プールに入り水中でマスククリア練習

レギュレータリカバリー練習

中性浮力をとる練習

そして、一番過酷だったのが耳抜き練習である。

水深5mまで潜るときに

気持ちは潜りたいのに耳がそうさせてくれません。

とてつもない激痛。

ダイビングの洗礼。

本当に心が折れそうになった瞬間

天使が舞い降りました。

インストラクターの人がプールの中から

水面を指差していたので水面をみると

制服をきた女子高生がプールの中を泳いでいるではありませんか。

これは夢かまことか。。たまらん あー無情

僕たちの上では女子高生のスカートがひらひら。

さすがに生パンツではなくスパッツを履いていました。

僕は気づけばプールの底の水深5mにいました。

耳抜きは自然とできたようです。

が、鼻血を流しちゃいました。

鼻血は耳抜きをしすぎたのか

女子高生のせいなのかはわかりません。

しかし、確実に言えることは

これは僕にとって出血大サービスな出来事だったということです。



後から聞いた話ですが

あの女子高生の正体は

女優の卵で、映画の撮影で制服のまま海で泳ぐ練習を

僕らと同じプールでやっていたらしいです。



僕はプール実習のあと

上記の出来事が衝撃的すぎて妄想に明け暮れました。

いや、本当に神は粋なことをしてくださる

ねえーいがちゃん。。





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