調査研究報告17 = プロジェクトU完結編





あれから2年、みんな何処へ行った

海原のヌメリ

大部屋のヌメリ戦士たち、

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プロジェクトU 挑戦者たち

 〜舞い上がれヌメリ、北の海原へ〜

完結編


(作者注:このコーナーは、中島みゆきの「地上の星」をハミングしながら、お読み下さい)
http://www.yooy.jp/chijounohosi.htm



ナレーター (それは、社長から来た1通のメールから始まった)

社長のメール 「ヌメリプロジェクトを立ち上げる。セトヌメリ(*Callionymus ornatipinni)の産卵をみよう」





♪ 風の中のすばる?     
           砂の中のヌメリ? ・・・♪
    みんな何処へ行った・・・

   ヌメリよ 地上の星は今 何処にあるのだろう・・♪




ナレーター (薄暗い夕暮れの海、沖にはホオジロザメも現れる海、幾人ものダイバーを飲み込んだ冷たい北の海、そんな危険な海を喜々として潜る若者たちがいた。 彼らと彼らに見守られたヌメリたちは、2年経った今、どこで、どうしているだろう)


アナウンサー(男) 「こんばんは、今日は死滅回遊魚と見られたセトヌメリが北海道でも産卵することを突きとめた北海道大学臼尻水産実験所のみなさんの偉業をたたえ、『プロジェクトU完結編』として、その続報をお届けします。今回は、前回参加されなかった社長にお越しいただきました。


アナウンサー(女性) 「今日は、よろしくお願いします。」


社長 「こちらこそ、よろしくお願いします。」

アナウンサー(男) 早速ですが、あれから2年が経ちましたね。今日はヌメリとヌメリ戦士たちのその後についてお伺いしたいと思います。先ず、ヌメリについてお尋ねします。どうですか、繁殖が確認されたヌメリ達は、増えましたか?」


社長  「いや、それが今年は最悪なんですよ。セトヌメリが非常に少ないんです。定量的なデータは無いので、あくまで潜った時に観察した印象なんですが、今年はこの数年で最も個体数が少ない年だと思います。」

アナウンサー(男) 「へー、それは、いったい、どうしてですか?

社長 「水温でしょうね。『プロジェクトU』で明らかにできたことの一つは、セトヌメリの産卵には、水温が約19℃以上必要であることでした。まずは過去10年間の表面水温のデータを旬毎にまとめた表1をご覧ください。



表.1 過去10年間(平成12〜平成21年)の平均表面水温(毎日観測)

上旬      中旬      下旬     
 8月   19.2℃ 19.6℃ 19.6℃
 9月  19.7℃ 19.9℃ 18.9℃



社長 「19.0℃以上になる期間を赤字で示しています。この表は、毎日計測したデータですが、表面水温です。ヌメリは底魚ですから、水深10mの30年間の水温データを表2に示します。こちらは10日置きですが、30年間の平均です。ヌメリの生息環境の水温に近いと思います。」



表.2 過去30年間(1980-2009)の水深10mにおける平均水温

 上旬  中旬  下旬
 8月  16.8℃ 17.5℃ 18.4℃
 9月  18.9℃ 18.5℃ 17.9℃



アナウンサー(女) 「わあー、やっぱり底は少し冷たいのですね。19℃を越える期間がないのですね。」


社長 「そうなんです。臼尻の水温環境は、セトヌメリにとって繁殖可能限界なんです。セトヌメリは東シナ海にも生息する温帯系の魚種ですからね。臼尻は分布北限なんですよ。」


アナウンサー(男) 「実際に平成20年はどうだったのですか?」


社長 「『プロジェクトU』が行われた年の水温と言うことですね。それは表3に示しました。」



表.3 平成20年の水深10mにおける各旬の水温


 上旬  中旬  下旬
 8月  18.5℃ 13.0℃ 18.6℃
 9月  20.6℃ 18.7℃ 17.5℃



アナウンサー(女) 「9月上旬が20.6℃とものすごく高く、中旬も19℃近くあったんですね。」


アナウンサー(男) 「『プロジェクトU』では、9月上旬から中旬に産卵が観察されたということですから、まさにデータ通り、完璧じゃないですか。」


社長 「慌てないでください。このデータと観察地点の水温データをもとに、水温19℃がリミットであると推測したのですから、このデータが『プロジェクトU』の結果と一致するのはあたりまえのことです。」


アナウンサー(女) 「2年前は良かったのに、今年は個体数が少ないということは、どういうことですか?」


社長 「セトヌメリは、1年で成熟するんです。つまり、今年産卵する個体は、去年の夏に生まれて、臼尻で冬を越すことができた個体ということです。」


アナウンサー(男) 「ということは、昨年夏の水温が低く、産卵に適した日が少なかったと言うことか、それとも冬をうまく越せなかったのか。昨年の夏はどうでしたか?」


社長「まずは、昨年の夏の水温データをお見せします。表4です。」



表.4 平成21年の水深10mにおける各旬の水温(括弧内は前年との差)

 上旬  中旬  下旬
 8月  16.3℃(-2.2℃) 16.0℃(+3.0℃) 18.9℃(+0.3℃)
 9月  18.4℃(-2.2℃) 18.5℃(-0.2℃) 17.8℃(+0.3℃)



アナウンサー(女) 「18℃台がひと月続いたようですが、19℃を越えた期間はないですね。」


アナウンサー(男) 「確かにそうですね。うーん、でも8月下旬から9月中旬までは19℃に近いですし、表2の過去30年間の平均とも同じくらいじゃないですか。昨年の産卵が少ないというのは、これでは、今ひとつ説得力にかけるように思いますが、いかがでしょう。」


社長 「そのとおりです。昨年の夏は例年通りだったと思います。」


アナウンサー(女) 「えっ、では、どうして、今年は少ないの?」


社長 「やはり水温です。但し、夏ではなく、冬です。先ほど申しましたように、セトヌメリはもともと温帯域に生息している魚ですから、寒いのは苦手なんです。表5に過去30年間と今年の2月と3月の水深10mの水温を示します。」



表.5 過去30年間(1980-2009)の水深10mにおける平均水温と平成22年の水温(括弧内は過去30年平均との差)

 上旬  中旬  下旬
過去30年の1月 6.6℃ 5.7℃ 4.5℃
過去30年の2月 3.8℃ 3.0℃ 2.8℃
過去30年の3月 2.8℃ 2.8℃ 3.1℃
今年の1月 4.8℃(-1.8℃) 3.7℃(-2.0℃) 3.5℃(-1.0℃)
今年の2月 2.8℃(-1.0℃) 2.2℃(-0.8℃) 2.3℃(-0.5℃)
今年の3月 1.6℃(-1.2℃) 1.7℃(-1.1℃) 2.0℃(-1.1℃)



アナウンサー(女) 「うわー、今年の冬はずーっと平年以下だったのですね。」


社長 「そうなんです。9年ぶりに漁港が凍結した日もありましたし、新設したばかりの人感センサーの電子トイレ4台が凍って管が破裂し(vol.58、メーカーが保証してくれないために、30万円かけて修理する羽目にもなり、散散な冬でした。あっ、すいません。つい、愚痴ってしまって。」


アナウンサー(男) 「低温だったのは分かりました。セトヌメリへの影響はどれほどなんですか?」


社長 「ここに『北海道南部臼尻沿岸に出現するセトヌメリ*Repomucenus ornatipinnisの生活史に関する生態学的研究』と題された田中善規君の修士論文があります。セトヌメリが臼尻で繁殖している可能性を初めて示唆した論文ですが、これには、セトヌメリの低水温耐性を水槽実験で調べた結果も出ています。これによると、水温4.0℃で餌を食べなくなり、1.5℃で全滅したとあります。今年の3月は1.6℃まで下がってますから、おそらくかなりの個体が低温によって死亡したのではないかと考えられます。」


アナウンサー(女) 「ということは、去年生まれた個体数は、例年並みだったけど、冬に大量に死亡して、今年のセトヌメリは最低の状態だと云うことですね。」


社長 「おおよそ、そんなところです。」


アナウンサー(男) 「なるほど。個体群が縮小してしまったわけですね。元に戻るには、何年もかかるのでしょうね。」


社長 「いや、すぐに戻ると思います。というのは、臼尻のセトヌメリ個体群は、南からの漂着個体がほとんどだと思われるからです。」


アナウンサー(女) 「えっ、臼尻で生まれた稚魚が、臼尻の個体群を構成しているわけではないのですか!?


社長 「『プロジェクトU』で、臼尻ではセトヌメリは9月に繁殖していることを突きとめました。しかし、臼尻で生まれた個体が生き残れるかどうかまでは確認できていません。臼尻の繁殖期の頃に、着底した稚魚が現れます。明らかに、これらの個体は、もっと南の場所でもっと早い時期に生まれた個体です。臼尻で9月に繁殖する個体の多くは、ひょっとしたら全部が、これらかもしれないのです。」


アナウンサー(男) 「これは、驚きました。繁殖が確認されても、その場所に定着したと云うことではないのですね。」


社長 「セトヌメリは通常の臼尻の冬は乗り切ることができます。また、今年のように極端に低温年でも、個体数は減っても全滅しないので「死滅漂流」ではありません。繁殖が確認されたので、単なる「成長回遊」でもありません。北海道に流れ着く南日本に分布中心を持つ温帯性魚類で、繁殖している魚種がいることを突きとめた『プロジェクトU』の功績は大きいです。しかし、繁殖が確認されても、その卵から生まれた稚魚の生残が確認されていないので「定着した」とも云いがたいのです。」


アナウンサー(男) 「海のような障壁のない環境で、魚が分布を拡大する過程の話は面白いですね。続けてください。」


社長 「環境が変わることによって、生物の分布は変わります。毎年、南方からたくさんの種類の魚が北海道に漂着します。地球温暖化が進めば、温帯系の魚たちが北海道でももっとたくさん見られるようになるでしょう。その過程で、セトヌメリを含め漂着した魚たちは、その地で生残し、子孫を残すことにチャレンジします。多くは最初の障壁である「越冬」で敗北します。セトヌメリだけです。「越冬」、「成長」、そして「繁殖」まで成功が確認できた魚は。さらに、ふ化した稚魚が生き残り、個体群に「加入」できた時に、この地に「定着」となるわけです。」


アナウンサー(女) 「なるほど、セトヌメリはもう少しで「定着」というところにある現在進行形の魚だといいたいのですね。」


社長 「温暖化といった環境要因に加えて、自然淘汰によって今の臼尻の環境に適したセトヌメリが増えることが「定着」のキーポイントと言えます。現在の臼尻に漂着する集団と臼尻で繁殖する集団が遺伝的に異なってくるということです。この場合、時間はかかりますけどね。いずれにしても、そうなった時に、この時代が進行形だったとなるでしょう。」


アナウンサー(男) 「そろそろ、時間がきました。最後に、ヌメリ戦士のその後は、どうなりましたか?」


社長 「前回のエンディング(vol.41)にあったヌメリ戦士たちのその後の予想と、実際の現在までの状況を表6にまとめました。」



表.6 ヌメリ戦士達の2年前のエンディングに書かれた予想と実際の比較。

2年前のエンディングの記述 現在までの状況
佐藤成祥 出す論文すべてが一発でアクセプトされ、瞬く間に学位論文も仕上がった。 『プロジェクトU』の論文他3報がアクセプト、今年3月学位取得、現在水産研究所研究支援員
木村幹子

人目をひく発表スキルに長けプレゼン賞を総なめにしてきた木村だったが、論文書きにもようやく慣れ、Natureに掲載された論文により学会奨励賞を受賞した。

博士課程の実績が評価され、北海道大学大塚賞受賞。東北大G-COE研究員として環境学に覚醒
安房田智司

同時に届いた複数の採用通知の中から、ベルン大学准教授の職を選び、ハイジの国に旅立った。

新宿発「特急かいじ」の終点、甲府の先にある日本アルプス近郊の水産研究所研究員として大活躍
坂井慶多 修士論文を仕上げる前に、投稿した論文がアクセプトされた。 『プロジェクトU』の論文が印刷され、修士課程修了後、第一志望の会社入社
社長 相変わらずであった。 相変わらずである。



社長 「臼尻を旅立ち、それぞれ活躍しているようです。」


アナウンサー(女) 「なるほど、社長を除き彼らもまたセトヌメリ同様に現在進行形ということですね。」


アナウンサー(男) 「本日は、どうもありがとうございました。」


社長 「こちらこそ、ありがとうございました。」


アナウンサー(二人) 「それでは、みなさん、さようなら。」



 (♪ 中島みゆきの歌が流れる ♪) http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=12526



♪   行く先を照らすのは
    まだ咲かぬ見果てぬ夢
    遥か後ろを照らすのは
    ヌメリ ヌメリ 
      ヘッドライト テールライト
    ・・・まだ終わらない・・・・・♪



  * セトヌメリの属名は『日本産魚類検索』(第二版)(2000)ではRepomucenus であるが、Fricke (2002)ではCallionymusとなっている。




分布北限域におけるセトヌメリCallionymus ornatipinnisの繁殖期、産卵時間、産卵行動


Breeding season, spawning time, and description of spawning behaviour in the Japanese ornate dragonet, Callionymus ornatipinnis: a preliminary field study at the northern limit of its range.


 学会報告のポスターもご覧下さい(月刊うすじりVol. 48



著者: 安房田智司・木村幹子・佐藤成祥・坂井慶多・阿部拓三・宗原弘幸

出典: Ichthyological Research 57: 16-23 (2010)




要旨: セトヌメリ(Callionymus ornatipinnis)の分布北限域と考えられる北海道南部臼尻町沿岸において、繁殖行動を野外観察し、本種が寒流域でも繁殖することを確認した。また、本研究はセトヌメリの繁殖行動を詳しく記載した初めての報告となった。オスはメスが集まる砂地を泳ぎ回り、執拗にメスに接近し求愛した。オスはメスの目の前で鰭を広げるといった求愛行動を行った。メスはオスの求愛を受け入れると、雌雄のペアは砂底から0.7-1.2m上昇し産卵を行った。卵は浮性卵であった。産卵は毎日日没頃の約1時間の間に起こり、水中が真っ暗になると繁殖行動は見られなくなった。繁殖活性は水温に関係しており、水温が19度以上になると産卵が見られた。臼尻での本種の繁殖期は9月のたった1ヶ月に限定され、温帯域に生息する他のネズッポ科魚類の繁殖期に比べてきわめて短い。これは水温が19度を超える時期が臼尻では9月の1ヶ月間に限られることが大きな要因であると考えられた。





1. セトヌメリの分布図(上)と調査地周辺の地図(下)。★が調査で水深5.2-8.2





2. セトヌメリの産卵行動. 雄によって始められる求愛行動の後、雌雄は上昇する。挿入写真は、産卵放精中のペア(大きい方が雄)。





3. 産卵活性と水温の時間的変化



4. 産卵活性の日周性






1. ネズッポ科5種の雄の体長と産卵上昇の高さ




臼尻top