研究調査報告 18

?プロジェクトI (アイナメ) 悲願の受理?

文責:木村

それは、社長から来た1通のメールから始まった

社長のメール: 「次号のHPの研究調査報告は、今年パブリッシュされたエコリサの論文と月刊海洋でいく。『木村博士独白、アイナメを語る』と云った見出しで、論文周辺や背景を、私事を含めながら、まとめよ

木村: (だいたいにおいて、研究調査報告らしからぬこの見出しは何?「私情を含めながら」って明らかにそっちがメインでしょ。まったく…社長じゃあるまいし、そんなプロジェクトU(Vol.41Vol.63)のようなぶっ飛んだ記事は書けませんて…。)

 

・・・ということで

 

この物語は、世間知らずのイノシシ系女子、無駄に熱く厄介な研究者のたまごが、最初の論文の受理に漕ぎ着けるまでの六年間の記録である。

 

海の中で何がおこっているのか、自分の目で確かめたい…。臼尻水産実験所の門を一人の若者(?)が叩いた。その若者の名は木村。潜水調査でのフィールド研究がしたい、人間活動による野生生物への影響に関する研究がしたい、という事を社長に伝えた。

しばらくして、社長から、新入社員への司令書が渡された

『この海域ではアイナメ属の雑種がたくさん出現する。私のヨミでは、あの防波堤が犯人だ。その証拠をつかめ。』

『やり方:ひたすら潜る』←この文言、ホントにノンフィクション(!!)

ひたすら潜るって…

同僚のもう一人の女の子には、けっこう細かい実験設定とか書いてあったのに…

 

木村は、たしかにひたすら潜った。

データのとり方なんて全然分からなかったくせに、変に背伸びをしたがるお年頃。絶対定量データを取る!とかいって、定点トランゼクトラインを設置しようとしたけど、まぁまぁ北の海の厳しさなんてその頃は何にも分かっていなかったから、設置しては波に持っていかれ、自費で買った安いロープだからすぐ切れて絡まったりして、観察どころじゃなかった。社長は、あきれていたに違いない。

 

アナウンサー: なるほど、北の海での潜水調査は、本当に大変なのですね。

木村: はい。その厳しさを知っている社長は、定点観測ではなくて、3種がどういう場所にいるのか、観察記録をつけるだけにしろとアドバイスをくれてはいたのですがね、何しろ私は血気盛んだったものですから、定量データにこだわったんですね…。それがデータを取るのを遅らせる事にもなりましたね。「基質複雑くん」という自作マシーンを使って、縄張り形成場所の起伏を定量的に測ろうともしましたが、まぁ、あのデータは捨てるはめになりましたね(笑)

アナウンサー: それでも、なんとか交雑の犯人の証拠はつかむ事が出来たのですか?

木村: ええ、センサスごとにトランゼクトラインを引く方法に切り替えて、環境調査をコドラードでの植生調査に絞る事にして、何とか調査を終えました。防波堤では、アイナメの好む深場の環境と、クジメやスジアイナメが好む浅場の藻場の環境が混在していて、そのため3種が入り交じって繁殖している事が分かったんです。

 

(半年後)

 

木村はどうしても英語で出すと言い張った。学術論文が何たるかも全然分かっていなかったくせに、国際誌に載せないと意味がないと思っていた。

しかし社長は知っていた。こいつにいきなり英語で論文なんか書ける訳が無い。日本語の論文で、きっちりロジックを組み立てる訓練をした方が生産的であろう。

とにかく和文で!いや絶対英語で出す!そんな口論を幾度も続けたあげく、社長はとんでもない要求をしてきた。

 

社長:「完璧な英語で原稿を持ってくる事が出来るんなら、英語で出しても良い。出来ないならあきらめろ。」

 

なんて事だ。論文を見てもらうためには、とにかく英語を完璧にしなければ…。英語の苦手意識は、中学生の時から染み付いている。自分の力だけで完璧な英語など書けるはずが無い…。

 

崖っぷちの木村は、とんでもない行動に出た。とにかくネイティブの先生にチェックしてもらわなければ…。北大の水産学部には、アメリカ出身の先生が一人いる。書いた英語の論文を、見てもらえるか、おねがいしてみた。John先生は快く引き受けてくれた。

 

(数日後)

 

社長:「もしかしてJohn先生に勝手に論文見せた?」

木村:「はい」

社長:「John先生が、今、私のところの学生の論文を見ているんだけど、あまりにひどいから、これはちゃんと私が見たものなのか?って聞いてきた。John先生も迷惑している。勝手に見せるとかありえん。」

木村(でも、英語が完璧に書けていなかったら論文見ない、って言ったじゃないか!!)

この当時木村は、「この社長と仲良くなる事は、生涯無いだろう」と思っていた(ここだけの話)。

 

アナウンサー:ずいぶんと無鉄砲な行動に出たのですね。

木村:いやぁ、あの頃の私は大変に若かったですねぇ?。

アナウンサー:一部情報では、今もそれほど変わっていない、という噂も聞こえますが

木村:・・・

アナウンサー:・・・では、そのすったもんだの論文がその後どういう運命を辿ったのかを見てみましょう。

 

英語で出せることにはなったものの、元がひどかったため、論文の添削のやり取りは何回したか分からない。先輩にもずいぶんお世話になった。やっと投稿できることがとにかくうれしくて仕方なかった。

木村は、この研究が人為的な生息地改変が交雑を引き起こし得る事を示した、「保全生物学」において意義のある結果だと信じていた。根拠の無い自信に満ちあふれていた。恐れを知らない若者だった。

Conservation Biology  … 3日目でエディターリジェクト

Biological Conservation  … 2週間でエディターリジェクト

Animal Conservation … 3ヶ月待ったのに、エディターリジェクト・・・

 

もうConservationと名のつく雑誌では、出せるカードが無くなった。途方に暮れて現在のボスの河田先生(東北大学)に相談すると、この論文は保全の分野じゃない。生態学系の雑誌に投稿したほうが良い、というアドバイスをいただいた。イントロを大幅に変え、Biological Journal of Linnean Societyに投稿した。

 

初めてレフリーからのコメントがもらえた!門前払いしか経験の無かった木村には、このコメントがうれしくて仕方なかった。結果が「再投稿を認めるリジェクト」だったので、がんばって直せばチャンスはあると信じた。

 

(1年半後…)

 

3度目の「再投稿を認めるリジェクト」だ。レフリーのコメントも割と好感触なように思えるにもかかわらず。ただ、何かにつけて「臼尻でしか観察していない」という事を言われた。そんな事言われても、このぐらいの精度の観察を何地点かで同時にやるのは、私が5人ぐらいいないと無理だ。どうにも出来ない。「きっともう、こういうネガティブコメントが1つでもあると、絶対に受理しない、っていう方針なんだろう。何度出してもこの雑誌は望みが無い」と悟った。悟るのに2年かかった。

 

生態学とか、生物学とか、そういう雑誌にはきっとこのネタは受け入れてもらえないんだな、と思っていた。ここはもう、重いっきり範囲を狭めて、魚類の専門誌にするしかない。そして、魚類の専門誌の中でも、『淡水魚の云々』とか、そういう対象とならない雑誌を除いては最もインパクトファクターの低い雑誌を選んだ。もう、どこでも良いから、早くこの論文とつきあうのをやめたかった。正直「ここでいいや」という気持ちだった。

 

3ヶ月後ぐらいに返事が来た。

With regret, …”

 

ここでもダメか…。かなり詳細に、細かい部分にもレフリーからのコメントがもらえているにも関わらず…。直すチャンスも与えられないのか…。このときにはもう、この論文がどこかにアクセプトされる事があるんだろうか?という気持ちになっていた。アクセプトされる瞬間が全く想像できなかった。すでに論文を書き始めてから5年以上が経過していた。

 

 

 

200962日 ついにその瞬間が訪れた。投稿から2ヶ月もたたずにアクセプトをいただく事ができた。今までの全く進まなかった行程を思うと、信じられない急展開だった。レフリーのコメントもとても建設的で、感動すら覚えた。全く想像できなかったその瞬間を目にしたとき、やったー!という気持ちよりも、エディターやレフリーの先生方に対する、深い感謝の気持ちがこみ上げてきた。長い道のりだった。でも、おそらく誰もが初めに歩む道、決して無駄ではなかったと信じたい。

 

♪ ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない・・・♪

c中島みゆき http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=12526

 

筆者談:プロジェクトUのノリで書くの、けっこうツライ(涙)

    社長のテンションはスゴイ…

 

 

モザイク状の生息地を作り出す人為的生息地改変による

アイナメ属3種の生息地隔離の崩壊

The disruption of habitat isolation among three Hexagrammos species

by artificial habitat alterations that create mosaic-habitat

 

著者: 木村幹子・宗原弘幸

出典: Ecological Research (2010) 25: 41?50

 

要旨: 北海道南部の海域には、亜寒帯性のスジアイナメ、温帯性のアイナメ、クジメの3種が同所的に生息し、交雑帯を形成している。これまで浅場に生息するスジアイナメやクジメと深場に生息するアイナメは分布水深の違いにより交雑しない(生息地隔離)と思われていたが、アイナメとスジアイナメとの雑種が頻繁に採集される。そこで、どこで交雑が生じているのかを明らかにするために、3種の繁殖場所を調査した。天然の海域では、スジアイナメやクジメが浅瀬の藻場に繁殖縄張りを形成しているのに対し、アイナメは海藻がほとんど生えない深場に縄張りを構えており、これまでに報告されていたようにアイナメと他の2種の分布は重複しなかった。しかし、防波堤周辺の人為的な環境では、3種の繁殖縄張りの分布が重複していた。消波ブロックが複雑に積み重なり、急峻な地形を形成している防波堤では、海藻が繁茂する浅場の環境と、海藻が生えない深場の環境がモザイク状に混在し、繁殖場所の選好性が異なる3種が同所的に繁殖できる環境が作られている事が明らかになった。本研究で、人為的に、異なる環境のモザイクが形成される事で、生息地隔離が崩壊しうる事が示唆された。

 

図1 アイナメ属3種の分布(a)と調査地の概要(b).SR,DR,DSは天然海域、BWが防波堤周辺の人為的環境

 

2 繁殖期の非なわばり個体(a)となわばり雄(b)の分布.

 

表1 コドラード法を用いた植生調査の結果(クラスター分析).各クラスターに分類されたコドラードの平均植生

 

2 アイナメ属3種の繁殖なわばり内の植生の違い.クジメやスジアイナメのなわばりには海藻が繁茂しているが、アイナメのなわばりにはコケムシが優占するか裸地となっている.

 

表3 各調査地の植生の違い.クジメやスジアイナメのなわばりが形成されていた浅場には海藻が繁茂しているが、アイナメのなわばりが形成されていた深場にはコケムシが優占するか裸地になっている.3種の分布が重複した防波堤周辺(BW)では、海藻もコケムシも裸地もあり、浅場と深場のモザイクになっている.




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