研究調査報告22
文責 佐藤
全世界二兆六千億人の月刊うすじりファンの皆様、お久しぶりです。
初代、そして3代目管理人として皆様から愛された、あの佐藤が誌上に(嫌々ながら)帰ってきました。
というのも僕のヒメイカ研究3本目の論文が昨年、Journal of Zoologyという(インパクトファクターはそんなに高くないけど)由緒ある動物学の雑誌に載ったのです。そうなれば、月刊うすじりに記事を書くのは必然ですよね。
我が師、マスター宗原直々の依頼とあっては、たとえ火の中、水の中。概要だけを書いて、さっさとすませようなんてこれっぽっちも思うはずもなく、この論文にまつわる熱い気持ち、思い出も含めて記事を書かせて頂きます。
月刊うすじり内でも、これまでイカの繁殖についていくつかの記事がありますので是非参考にして頂きたいのですが(参照:vol.10臼尻フィールドガイド第八弾、vol.44南アフリカ調査報告)、イカの繁殖を簡単に説明すると彼らは交尾ではなく精子の詰まったカプセル(精夾)を渡す交接という様式でことをなしています。この雄から渡された精子ですが、雌は貯精嚢(人によっては受精嚢)とよばれる精子の保管袋を持っており、産卵までここに保存しています。今回の論文は簡単に言うとヒメイカの貯精嚢の構造と、この袋の中で精子はどのように保管されているかを記したものです。
実はイカ類全般にわたって精子の受け渡しから、貯蔵、受精に至る過程について調べた研究は非常に少なく、ヒメイカの情報とはいえ、それなりにインパクトがあったようで、オンラインで出てから5,6件くらい別刷り請求がありました。こんなことは初めてで、秀樹感激!といった記念すべき3本目になりました。秀樹じゃねぇけど。
今回の論文は別刷り請求の多さに関係なく、僕にとって大きな意味を持つものでした。動物の行動についての研究がしたく、臼尻実験所の門をたたいた僕ですが、はじめからヒメイカの行動研究を行ったわけではありません。当時の僕の研究に対する認識、知識は本当に修士課程ですか?というほどあまりに酷く、時に痛々しいと表現できるくらいでした。とにかくいろんなイカの行動を手当たり次第観察しますというアホみたいな計画を立てる僕に、基礎からやれという意味で生活史の研究を勧めたマスター宗原。修士の間はそれに従い、行動学の研究に取り組んだのは博士課程から。そんな道のりを経て、成果が初めてまとまった、そういう意味で感慨深い論文です。
・・・なんてこんな風に書くと、初志貫徹、博士から決意の転向、ヒメイカ研究の下地にあたる修士の時の観察を元にして、練りに練られた計画で1年目から口を挟む余地すら与えない緻密な実験を行ったような印象を受けるかもしれません。
え?受けない?そういわずに受けることにしてよ。
「とりあえず」が信条のこの佐藤がそんなクールな研究者な訳ないじゃない。下積みの修士2年間を経て、作り上げられたその計画は蜂の巣のように無数の穴が空いていました。ヒメイカの繁殖は未解明な部分が多いにも関わらず、大志だけは大きかった僕は基礎観察もろくにすることなく、操作実験をガンガンやりだしたのです。その上行動観察のド素人。上手くいくはずがありません。博士過程4年のうち2年はデータをむざむざ捨てたようなものでした。論文が書けた今となってはそれもいい思い出ですね。
さて、この論文の図表にはうちの研究所と関係の深いダイビングサービス:グラントスカルピンの佐藤長明さんの写真を使わせてもらっています。ヒメイカの交接の瞬間を納めたこの写真はイカの繁殖を説明するのに非常にいい素材で、ある海外の研究者に見せた時は講義に使わせてくれと言われたこともあるものです。編集者にもこの写真の素晴らしさは伝わったみたいで、なんとこの論文が載った号の表紙を飾りました。
それでは見て頂こう。これだ!
ワン・ツー・スリー!

ちなみに、元の写真はこれ

強引に縦にされてる・・・けど、ま、いいか。
※長明氏には許可をとっています。
Structure of the seminal receptacle and sperm storage in the
Japanese pygmy squid
N. Sato, T. Ksugai, Y.Ikeda and H. Munehara
Journal of Zoology 282: 151-156 (2010).
要旨: ヒメイカの精子貯蔵メカニズムを調べるために、交接行動と交接後の貯精嚢と精子の形態の観察を行った。貯精嚢は口球内を囲む囲口膜の腹側にあり、その入口は囲口膜の内側に向いていた。貯精嚢の内部はバナナの房のように、おおよそ6つに枝分かれしており、繊毛を持つ、立方上皮細胞でできていた。複数の液胞がそれぞれの房の底部に分布していた。これらの組織学、形態学的特徴はこれまでヤリイカやコウイカで行われてきた研究による結果とは異なるものだった。本研究ではほぼすべての貯精嚢で、精子は底部に貯められており、その向きも底部を向いていた。一つのサンプルだけ、貯精嚢の入り口部分に精子を観察することができた。これらの結果は精子が貯精嚢内を活発に泳いでいることを示した。8回交接したイカの貯精量は29回交接したイカとほとんど差は見られなかったため、8回ほどの交接で貯精嚢は精子で満たされることが示唆された。9回交接を行った雌では、産卵後にもかかわらず貯精嚢内に多くの精子が残っていたことから、産卵ですべての精子を使用するわけではないことも明らかとなった。