調査研究報告 26&27
マイクロサテライト開発とプライマーノート
文責:宗原
1985年ネイチャーに掲載されたドフリースの繰り返し配列の報告,さらに1987年にサイキとマリスらによるPCR法の確立,以来20年あまりの間に,遺伝マーカーの開発とそれを利用した遺伝学や生態学に関する各種研究が急速に発展した。それほど大きなインパクトがあった。
多型性に富み最も感度が良い遺伝マーカーとして,現在広く用いられているのは,マイクロサテライトマーカーであろう。しかし,この遺伝マーカーの大きな欠点は,PCRプライマーを見つけ出す煩雑な実験が必要なことで,さらに見つけ出したプライマーが近縁種でも使えない場合があるなど,研究に必要な数の遺伝マーカーを探し出すためのご苦労にけっこうなコスト(時間,技術習得の労苦,お金)がかかることである。その労に報いるためもあって,数年前まではプライマーノートが多くの雑誌に掲載されていた。しかし,加速度的に湧きだすプライマー情報量の多さと塩基配列情報が登録されるジーンバンクが十分機能することから,現在ではプライマーノートを記載してくれる雑誌は少なくなってきた。そして,決定的なことは次世代シーケンサーの出現により,労苦の多い実験を研究者がせずとも,お金のみで解決できる時代が,遂にやってきたことである。
次世代シーケンサーの力業で,マイクロサテライト遺伝子座を探し出す作業がなくなると,残る作業はプライマーをテストする単調な実験だけで,目的とする遺伝マーカーを手にすることができる。プライマーの開発は,様々な遺伝子実験から成る。遺伝学,生化学,遺伝子の構造や遺伝子工学技術や発展の歴史を学ぶために,とてもいい経験をできる行程である。大学院の前段階としての卒業研究はともかく,プライマーの開発のみをコンテンツとした修士研究は,今後は認められなくなるかもしれない。
科学技術の最先端は,試行錯誤で積み上げられて形成されるまでのそれぞれの歴史を持っている。だから,遺伝子や遺伝マーカーにかかわる研究を始めたばかりの学生がこの過程を自分で経験して理解することは,その後の大きなステップアップにつなげることができる。「個体発生は系統発生を繰り返す」というヘッケルの生物発生原則同様な,院生成長原則があるのだ。
プライマー開発を機械に任せられるようになることは,便利なので,これから活用していくことになるだろう。しかし,人を育てる行程を一つ失うという意味では,誠に惜しい。
(研究調査報告26)
Isolation and characterization of microsatellite markers in the nudibranch
Chromodoris tinctoria
(邦訳---サラサウミウシのマイクロサテライトマーカーの開発)
Noriyoshi SATO, Ayami SKIZAWA, Satoshi AWATA, Hiroyuki MUNEHARA & Yasuhiro
NAKASHIMA
Venus 69(3): 214-217 (2011)
【要旨】
同時的雌雄同体であるサラサウミウシにおいて8遺伝子座のマイクロサテライトマーカーを開発した。これらのマーカーでは,1遺伝子座あたり対立遺伝子数は1から30,平均が15と高い多型性が認められた。多型性を示す7遺伝子座のマーカーヘテロ接合度の実測値と予測値は,それぞれ0.409から0.905,0.518から0.960の範囲であった。以上,サラサウミウシの親子判定に使用可能と考えられる多様性の高いマイクロサテライトマーカーを特定した。

(研究調査報告27)
Isolation and characterization of 13 polymorphic microsatellites fort he
Hokkai shrimp, Pandalus latirostris
(邦訳---ホッカイエビのマイクロサテライト13遺伝子座の開発と特徴)
Noriko AZUMA, Yuta SEKI, Yoshiaki KIKKAWA, Tomoyuki NAKAGAWA, Yoko IWATA,
Taku SATO, Hiroyuki MUNEHARA & Susumu CHIBA
Conservation Genetics Resources 3: 529-531 (2011)
【要旨】
ホッカイエビの遺伝学的研究を進めるための効果的なツールとして,多型性に富むマイクロサテライト13遺伝子座を開発したので,その特徴を記載する。これらのマーカーは,いずれも連鎖平衡あるいはハーディーワインベルグ則から逸脱してはいない。能取湖から採集した32個体において,対立遺伝子は7〜22こ観察され,ヘテロ出現率の期待値は0.84〜0.95であった。これらのことから,今回開発したマーカーは,この種の生態研究や保全遺伝学的研究において有用であることが示された。
