卒論製作を終えて
文責:鈴木
「卒論は英語でかきます。」
そう先生に宣言したのは今年の一月のこと。言ったそばから自分大丈夫か?と思い続けていましたが,二ヶ月後には何とか完成までたどり着けました。
そもそも一月まで何をしていたんだ?と言いますと,必要な画像が全くそろわないという状態が12月まで続いていました。最初は成魚で実験をしていたのですが全然うまくいかず,アイナメの産卵期が始まった時に,荒井先生に胚体を使ったら必ず見れると教えて頂きました。そこで,潜って卵をとって来たり,人工授精してみたり,でもクジメの産卵期が終わってて卵がなくて焦ったり,そこに宗原先生が佐渡からクジメの卵を持ってきてくれたりして,なんとか三種類の染色体が揃ったのが12月のこと。
ほっとしたのもつかの間,今度は画像編集ソフトがうまく使えず,染色体が分りにくい核型標本しか作れませんでした。いろいろ試してみて何とか形が分るようになったのが一月の頭で下。そこから発表用のスライドを作り,文献を探し,本格的に書き始めたのは二月に入ってからで,最初に書き始めた時は,何で英語にしたんだろうと思い続けていました。
それでも,まず方法から書き始めて,結果までは同じようなことをしている論文を参考にそこそこ書けました。ただ,背景と考察は,,,困りました。日本語ですらうまくまとめる事が出来ているのかも怪しいのに英語だとなおのこと分りません。とりあえず発表の原稿をそのまま英語に直すところから始め,その中で同じことを言っているところを削り,不足を足して,という具合に初稿を書きましたが,案の定半分くらいになって返ってきました。つまりそれだけまとまっていないんです。それから添削して頂いたところを直してまた出してを何度か繰り返し,つい先週,ようやく完成しました。自分でもよく英語で書いたなぁと思うんですが,最初は辞書を調べる時間の方が多かったのが,後半は英語の文献が理解できる(と思ってはいるんですが)程度に英語力はついたと思います。今思えば,英語にすると宣言しておいてよかったなと思っています。
卒論の話ばかりになってしまいましたが,他にもひろめ祭りやダイビングライセンスの取得など数々のイベントが臼尻で行われ,目まぐるしく一年が過ぎていきました。それだけ充実していたのかなと思います。ほんとにあっという間でした。
来年以降は周りの環境も少し変り,どうなるかは分りませんが,きっと楽しく過ごせるんではないかと思います。やりたいこともまだまだあるので頑張っていきたいです。
今年一年お世話になった先生方,先輩方,本当にありがとうございました。そして,来年以降もよろしくお願いします。