研究調査報告 28

文責:宗原

 

 (論文余話) 

 『偶然と必然』 

 本ホームページのアイナメ類に関した話題では、「網袋」と「結い目」がしばしば出てくる。難のことはない、粘着卵を産むアイナメの産卵基質のことで、海底に沈められている砕石入りの網袋のことだ。河川工事や護岸工事の際に、コンクリートで造られた堤に沿って、何段かに積み重ねられた網袋を誰しも一度や二度くらい見たことがあるだろう。

 砕石が流されないようにと、大きな網に入れたのだろう、ということは、素人でも見当はつくものの、あの網を見ると、コンクリート代をケチって、こんなことをしているのか疑ったり、牢屋に入れられ「出してくれ」と石が叫んでいるようにも見えて、印象には残るが、如何にも中途半端な公共工事に思えて安心感が持てない。それでも作業現場に出くわすと、スチール製の直方体に造られた網を整然と積み上げていく重機操縦者の凄技には感心してしまう。その一方で、たまに見かける化学繊維製の網袋は、まったく持っていただけない。袋の形状がそもそも不定形で、並べ方にも規則性が伺えない。懐疑的な思いが一層深まる。

 臼尻では、その化学繊維の網袋が一帯に沈められている。海底ならダイバー以外は見ないから手抜きしたのか。設置から10年経ち、網が切れた箇所も増えてきた。10年と云えば、工事の保証期間が過ぎる頃だ。全てを計算尽くした手抜き違いない。部分的にしか網袋が敷設されてないところも怪しい。いやいや、待てよ。海水では鉄の腐食が速い可能性がある。急速に弱体するのを避けた合理的工法なのかもしれない。真相は分からぬままである。

「なぜ、臼尻では網袋が鉄ではなく化学繊維なのか」、海洋土木工学の専門家として設計会議(コンペティション)に加わった佐伯宏北大総長に、昨年、実験所を視察された際に尋ねた。しばらく遠くを眺めるように思案し首を傾げながら「網袋は生き物の棲み場や逃げ場になり、生態系に配慮した工法として、一般的に使われている。しかし、材質に関した議論の記憶がないなあ」という回答だった。

総長に尋ねる前に、開発局の漁港担当の責任者の方にお会いする機会があった。同じ質問をしたが、化学繊維の網袋が使われていることすら知らなかった。

材質に何を使うかは、強度が水準以上なら、発注サイドにとっては、重要な問題ではなく、請け負ったゼネコンを核とする共同事業体が作業現場で適当に決める事項なのかもしれない。タンパク質にコードしない塩基配列の変異のごとく、偶然に臼尻の網袋は化繊になったのだろうか、真相を知りたい。

これを読まれた共同事業体関係者の方が居られましたら、是非ご教示をお願いします。

化繊の網袋のお陰で起きた、良いこともお話したい。

 

もし、鉄網が使われていたなら

当然「結い目」は無いのだから、結い目を好むアイナメは産卵のために集まってくることはないだろう。個体数が少なくデータが得難い。研究も今ほど力を注げなかったかもしれない。アイナメが集まる網袋帯には、そんな偶然と必然が交錯した事情が満ちている。

当初の研究目的は、「なぜ、種間交雑が多いのか」を解明することであった。二階建て堤防の造成コストは一坪50万円、総額数億円も要するので、「公共事業による生態系への負の影響を暴く」といった社会派的動機もあった。交雑と公共事業との関係は、予想と違うことが明らかになりつつある今となっては、的をすこし外した論文と言えなくもない。しかし、アイナメ属3種間でしっかりとした生殖前隔離機構があることを示し、その後遺伝学的に明らかになった「代々の雑種集団があり、種間交雑は現在ほとんどない」という事実を裏付ける意義深い生態研究だ。野球にたとえると、サインと逆玉になってきわどいコースに行った決め球、サッカーならクロスバーに跳ね返りディフェンダーの手に当たったシュートと云うところ。結果は悪くない。保全生態学や雑種研究の分野で注目され、被引用回数が増えてくることを期待したい。

 

 

Spawning substrata are important for breeding habitat selection but do not determine premating reproductive isolation in three sympatric Hexagrammos species

 

(邦訳---3種のアイナメ属魚類において、産卵基質は繁殖場所選択に重要であるが生殖前隔離機構にはならない)

 

Motoko KIMURA & Hiroyuki MUNEHARA

 

Journal of Fish Biology 78: 112-126 (2011)

 

【要旨】

 アイナメ属魚類の生殖隔離における生息場所分岐の関わりを明らかにするために生息地利用と産卵場所選択の3種間(スジアイナメ、クジメ、アイナメ)の相違が調べられた。3種の産卵場所は異なり、スジアイナメは小型紅藻類、クジメはスガモの根元、アイナメはコケムシ類を好み、彼らの繁殖なわばりは、それらが多く分布するエリアで見られた。それとは対照的に3種の非なわばり個体は、同種のなわばりよりも広い範囲に出現した。その結果、非なわばり個体の分布は、3種間で部分的に重複した。雑種が頻繁に出現することから、産卵場所や繁殖なわばり内の微少生息地の相違は、雌が他種の雄と出会うことを妨げていない。このように、アイナメ属3種間の生殖前隔離が完全に機能するためには、生息地の違いに加えて、行動の分化といった他の要素が働いているはずだ。

 

  

(図5. 消波ブロック帯の海底部に設置されている網袋結い目に設けられたアイナメのなわばり(a)となわばり内の産卵基質として利用された結い目(b)

 

  

(図1. アイナメ属3種の分布 (Shinohara 1994)と交雑帯(Balanov & Antonenko 1999)および本研究場所

 

  

(図2. 調査地の概観。浅場岩礁SR1, 浅場岩礁SR2, 深場DS, 消波帯エリアBW

 

  

(図3.アイナメ属3種と雑種のなわばり個体と非なわばり個体の分布パターン。)

(表1. 本研究で実施された各生息地(消波帯エリアBW, 深場砂地DS, 浅場岩礁SR1, 浅場岩礁SR2)における、水深、底質、被覆タイプ毎のコドラット(1平方メートル)数)

  

 

(図4.アイナメ属3種と雑種の非なわばり個体(NT)となわばり個体(T)との間の生息地関係。◆-水深、◇-底質、-被覆タイプをそれぞれ示す)

(表2. 繁殖期間中の4タイプの生息地におけるなわばり個体と非なわばり個体の出現頻度)

  

(表3. なわばり個体および雑種を含む非なわばり個体の多項ロジスティック回帰モデルと赤池情報量基準(AIC

  

(表4. 各調査エリアにおけるアイナメ属3種の繁殖なわばりで利用された産卵基質とそこに産みつけられた卵塊数)

 




表紙に戻る