【研究室訪問「研ぐ」】

「環境科学」を研ぐ


北海道大学北極域研究センター
安成 哲平 准教授
YASUNARI Teppei J.

博士(環境科学)。大気汚染・森林火災・雪氷・気候変動に関する研究に従事。北海道大学大学院環境科学院地球圏科学専攻博士後期課程修了。総合地球環境学研究所 プロジェクト研究員、米国NASAでの約6年にわたる研究活動を経て、2015年北海道大学大学院工学研究院助教に着任。2021年7月から現職。文部科学大臣表彰 若手科学者賞(2019年)、日本気象学会北海道支部賞(2021年)を受賞。2022年4月には本学ディスティングイッシュトリサーチャーの称号が付与されるなど、今後の活躍が期待される研究者である。



気象データ解析・影響評価から予測を立て、持続可能な未来の構築へ


人生の転機となったアイスコアとの出会い

 「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)からの定期的な報告書により、近年、地球温暖化の実態が明らかになってきており、地球温暖化とそれに伴う気候変動に関連して、今後の人類の存続のための方策検討が喫緊の課題となりつつある。人類の持続に関する議論において、「自然災害」「気候変動」「健康」及び「大気汚染」は不可欠なキーワードだ。これらの4つの事象変化予測に直結する知見を開拓するとともに、その予測や適応策を確立することを目指し、環境科学分野の気象、大気エアロゾル(大気汚染微粒子)及び雪氷に関する研究を展開しているのが、北極域研究センターの安成哲平准教授である。

 「高校生の頃に、北海道大学の工学部で南極から採取されたアイスコア(円柱状の雪氷サンプル)を見学する機会に恵まれました。このアイスコアの中に過去数十万年の大気環境の情報が保存されていて、それを調べることで当時の大気環境がわかるということを教えていただき、非常に感銘を受けました」と話す安成准教授。当時は建築家を志望していたが、このことをきっかけとして研究者になることに興味を持ったのだという。中高一貫校である茗溪学園中学校高等学校(茨城県つくば市)を卒業後、1999年に青森県の弘前大学に進学し、気象学を学んだ。そして、同大学卒業後の2003年に本学大学院地球環境科学研究科(修士課程)、2005年に大学院環境科学院(博士後期課程)に進学し、雪氷学と気象学を融合させた研究を進めた。「大学院での研究で、アラスカの氷河から掘削されたアイスコアが利用できる状況にあり、また、弘前大学時代に気象学を勉強していたことで、アイスコアの研究(雪氷学)と気象学を組みわせた分野の研究に大変興味を持ち、その方向性での研究成果が博士論文となりました。さらに、その後の雪氷圏大気汚染に関する研究へとつながっていきました」と当時を振り返る。


図1:2014年7月のシベリア森林火災により、
大気汚染微粒子PM2.5が北海道に流れてきて
いる様子(緑色の部分)。(Yasunari et al.,
2018, doi:10.1038/s41598-018-24335-w
の図1bより)


図2:2021年に明らかにした、夏季シベリア・
亜寒帯北米の森林火災と西欧熱波を同時誘発さ
せうる気候パターン。夏季に西欧からシベリア、
亜寒帯北米にある3つの高気圧が北極周辺を環
状に取り囲む特徴から、この気候パターンを
circum-Arctic wave(CAW)パターンと命名。
(Yasunari et al., 2021, doi: 10.1088/1748-
9326/abf7efの図9の日本語版;図クレジット
:「はやのん理系漫画制作室(Hayanon,
noguchi.m, 2021)」)


大気汚染モニタリング拠点の構築

 2008年に本学大学院環境科学院博士後期課程を修了後、総合地球環境学研究所(京都市)を経て、2009年に渡米した安成准教授。アメリカ航空宇宙局(NASA)のGoddard SpaceFlight Centerにおいて2015年までの6年間、太陽光吸収性エアロゾルによる積雪汚染に関する研究活動を行った。「NASAでは、ヒマラヤの氷河に沈着するブラックカーボンが与える影響について調べるとともに、大気エアロゾルによる積雪汚染影響を計算するモジュールを開発し、NASAが開発する全球地球システムモデルGEOS-5に導入しました。さらに、導入したモジュールを使って全球気候モデル計算を行うことで、積雪汚染が北半球の春の気候に与える影響を解明しました」と話す。2015年に本学大学院工学研究院に着任した安成准教授。本学を、北日本の大気汚染を常時モニタリングできる拠点にするため、NASAと共同でエアロゾルの光学測定を行うNASA AERONETサイトを、また、国立環境研究所と共同でライダー(レーザー光を使って大気汚染を観測する機器)をそれぞれ工学部屋上等に設置するなど、観測機器の整備と定常観測を行ってきた。近年は、北極・南極のような極寒になる場所でも通年で測定ができる寒冷地仕様のPM2.5測定装置(写真左上の白いボックス)の開発を名古屋大学と共同で行っており、北極を含めた様々な雪氷・寒冷圏の大気汚染の状況を把握するため、国内外にこの装置を設置している。

 現在は北極域研究センターにおいて、北極域(北極圏とその周辺域)の森林火災とそれによる大気汚染への影響評価に加え、これらを予測する手法の開発を進めている安成准教授。その初期的研究成果として、2018年には図1のように、北海道に大気汚染をもたらした東ユーラシアの大規模森林火災3事例の発生要因を明らかにした。また、2021年には、夏季シベリア・亜寒帯北米(アラスカ・カナダ)の森林火災と西欧熱波を同時誘発させうる近年のみ見られる気候パターンを発見した(図2参照)。

 「人が住んでいるような場所の近くで森林火災が発生すると、直接的な火災による被害から火災に伴い発生した大気汚染まで、その影響は当然大きくなります。森林火災を早期に予測することができれば、その未然防止策、あるいは発生時の十分な対策が取れますので、これらにつなげられるような研究手法の確立を目指しています」と、意気込みを語る安成准教授。大気汚染や気候の観点から、将来の人類の持続可能性を高めるための研究に挑み続ける。




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